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2006年6月11日 (日)

銭形雷 セカンド3話 クランク・アップ

 何気に今回の銭形雷の撮影はハードでした。やはり、夜の撮影が多かったせいだろうけど・・・。さらにいつもは編集で逃げるところを、アナログな方法論で手間をかけて撮影したりしたので余計に大変でありました。そのせいか、カット数もいつもより多かった。豊島の脚本は「Wの悲劇」のようなイメージと言うことだったが、登場人物がみんな増村保造ゆかりの役者の名前になっていて、どうしても増村を彷彿とさせてしまうので、劇中劇は若尾文子主演の「赤い天使」を捩ったものになったが、実際に撮った劇中映画は憲兵と従軍看護婦が何か激しいやり取りをするシーンになって、増村と言うよりは中川信夫の『憲兵と幽霊』や70年代渡辺護の反戦緊縛映画みたいになってしまった。つまり新東宝テイストと言うわけですね。

 被害者役で劇中劇にも出演した役者が参考に「赤い天使」を観たそうですが「凄すぎる内容でしたね・・・」とびびっていました。確かに、若尾文子主演の従軍看護婦ものと言うと名作文芸映画をイメージする人もいるかもしれませんが、『赤い天使』はちょっとカテゴライズするのが難しい映画です。強いて言えば戦争映画なんだろうけど・・・。「地獄の黙示録」や「プライベート・ライアン」を増村的に描くとこう言うことになるのかなあと言う・・・。いや、まじで小出さんとか観たらどんな感想洩らすんだろう・・・。

 そう言えば変死体が発見されるシーンを多摩川沿いで撮っていたら、川を挟んだところに、男が子供を投げ捨てたマンションがあってびっくりしました。特徴的な形のマンションだったので草刈さんも気がついていました。しかし、僕は実際の殺人現場の近く行ってしまいますねえ。世田谷一家殺人事件があった日も、事件のあった翌朝にその家の前を通り過ぎてしまって、聞き込みの警官に余計な推理を長々喋ったら、それからやたらにアパートに聞き込みに来て閉口したことがありました。当時は、あの家の近くに住んでいたんですよねえ。冤罪を本気で怖れましたよ。まじで。

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