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2006年9月 3日 (日)

横浜ベイスターズのいまそこにある危機

_023 本日、横浜ベイスターズの牛島監督が辞任なされた。夕方の阪神戦の完封負けの辞任会見をいつも仕事をしているBsiのチャンネルで見ながら僕は残念だとも、よかったとも、怒りももうなかった。ただ、ただ深い悲しみだけが残った。采配云々に関しては、それぞれ思うところもあるだろう。だが、現在の最下位の責任は決して牛島監督一人のせいではない。それはもう数年に渡ってキャンプの練習からシーズンの殆どの試合を見ている僕にはわかる。牛島監督が就任する前からベイスターズの内情はそれなりに把握しているつもりだ。

 ベイスターズの低迷の一番の原因は、90年代後半のドラフトの失敗に一つの原因はある。特に補強費に恵まれなかった球団は当時、契約金や栄養費(裏金)に金がかかる社会人大学生より高校生の選手を上位に指名していた。98年優勝の頃の選手たちがまだ20代中心だったので、補強の重要性を危機感を持って考えられなかったのも原因だ。ところが、99年~00年にかけて一気に主力メンバーが退団していった。抑えの佐々木、4番のロバート・ローズ、エースの野村などなど。他にも故障する選手が頻出したが、選手層が薄かったのでチーム力は一気に減退した。高校生ドラフト選手たちはその頃まだまったく戦力になっていなく、退団者までいた。

 これをチーム力の補強ではなく、監督の補強でなんとかしようとして招聘されたのが森監督だった。森監督が監督を引き受けた時点でローズの退団は聞かされていなかったらしい。森は、権藤が残したチーム力のなさに愕然とした。そこで、ない戦力でいかに戦うかを模索したが、残念ながら森はチームを建て直し出来る監督ではなく、潤いある戦力を使って常勝チームを作る監督だった。球団は監督に選手の育成や野球IQの向上を託したが、一向にチーム力が上がらない選手に森は苛立ち、外国人補強をシーズン途中でも繰り返し、選手の不甲斐なさを嘆いた。それがそのままマスコミに筒抜けとなって、森はチーム内外からの批判を浴びることになる。そしてチームは4年ぶりのBクラスで最下位に。02年の秋のことだ。「ベイスターズらしくない野球をやる監督」として地元タニマチや横浜市議会議員の球団役員の株主総会での監督更迭動議が取り沙汰され、当時の大堀社長は株主総会での騒動を起こさないために総会の前日に森監督の辞任を促した。球団の歴史的な汚点だったと思う。この時点でも編成責任者ではなく、監督が詰め腹を切らされたことになる。

 森監督就任時代のオーナー交代にも触れなくてはならないだろう。マルハが業績不振からニッポン放送への株譲渡でオーナー交代をしようとした時に読売のオーナー渡辺恒男、いわゆるナベツネからヤクルトとの株の二重保有問題で横槍を入れられ、挫折、結局青天の霹靂とも言う電撃的なTBSへの株譲渡で横浜球団はこれを乗り切った。だが、もともと球団経営に意欲があったわけではないTBSは、球団をコンテンツ利用と言う観点以外にはさしたるビジョンもないまま経営することになってしまった。球団のこれからをどうするのかは、当時のマルハからの出向社長だった大堀氏続投と言う形で任されたが、森更迭時のトラブルもあって大堀氏は去ることとなる。この時点でもTBSは球団に丸投げ状態であった。

 そして、満を持して就任したのが山下新監督だった。横浜大洋のプリンスと呼ばれた山下氏は言わば横浜大洋からの球団の切り札だった。球団は、森時代に考えられなかった30億と言う巨費を投じてMLBの4番コックス、韓国の本塁打王ウッズ、FAでダイエーのエース若田部、などを獲得し、当時のFA取得権利者たちに複数年高額契約を乱発した。戦力だけは整えたはずだった。森時代に選手離れが始まったのを阻止しようとしたのだろう。ところが、人間的には素晴らしい山下氏には采配の才能が残念ながらなかった。あったのは大洋からの生え抜きプリンスと言う称号だけだ。最初の年は歴史的な負け数で最下位、それでも04年には勝ち星は増えて采配にも光が見え始めた矢先。契約終了を理由に退団となった。チームが上向き状態にあったので、この監督更迭はやはり疑問が残った。(ところで30億補強内訳だが、コックスは7億の巨額を持ったまま故障で1軍登録が殆どなかったし、若田部も奇病で戦力にはならず、ウッズは本塁打王になったが中日に巨額で取られてしまった。FA複数年選手たちはほぼ全員が不振に陥った)

 そこで呼ばれたのが監督経験のないTBS解説者だった牛島監督である。去年3位になったのは監督もおかげもあったと思う。それでも今季、チーム低迷のため辞任となった。原因は「補強のなさ」だと言う。監督とは孤独なものだ。試合に勝てば(映画がヒットすれば)選手が(役者)がよければ彼らが賞賛され、試合が負ければ(映画がこければ)監督が責められる。映画でも野球でも監督は割に合わない職業なのかもしれない。今回で言えば、昨年オフのあまりに貧しい補強が今年の低迷の原因だと断言できる。だが、これからは映画界以上にプロ野球界は苦しい。巨人によりかかりで、放映権をあてにしていた経営が成り立たなくなってきている。ベイスターズは累積赤字が39億とも言われている。まともに利益を追求すれば経営できない数字だろう。MLBのようにNPBは公共財と言う意識がない。補強もそうは出来ないのが現状だろう。そんな中でチームを強くしていくには監督一人ではどうにもできない。球団の、オーナーの哲学が確りしていなければ球団の存続すら危ないだろう。映画で言えばプロデューサー不在なのがいまのベイスターズ球団なのだ。牛島監督に見捨てられたベイスターズはこれからどこにいくのだろう?この10年間の歴史を踏まえてこれからの球団改革をお願いしたい。

 牛島監督お疲れ様でした。僕が監督した「ケータイ刑事 THE MOVIE」には横浜ベイスターズ監督としてのあなたの姿がほんの一瞬ではありますが映っています。それは僕の誇りだと記しておきましょう。

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コメント

でも、球団フロントは監督や選手よりも裏方ですよね。結果を残せば監督選手の手柄、悪ければ監督はフロントの補強が悪いと一方的に責任逃れで、英雄気取りで辞任。最下位の結果は、フロントと現場両方にあるのが普通の考え方なのに、フロントはかわいそうですよね、本当に。

投稿: ベイFan | 2006年9月22日 (金) 16時26分

おっしゃられるとおりだと思います。
ただ、繰り返される監督交代劇を見てもわかるとおりこの球団はフロントの責任が追及されることより圧倒的に監督の理不尽とも言える交代劇が多い。次期監督として名前が挙がっている大矢氏も辞める時はフロントとの衝突が原因でした。
その時とは面子も変わっているのでしょうが、フロントも含めた球団体質が変わらない限りこの球団はよくなるとは思えません。
 TBSが大鉈を振るって球団改革でもやってくれれば別でしょうが・・・自浄努力は期待できないようです。
 数年前に球団改革を掲げてアマ球界からフロント入りした山中氏も、その年のオフに大改革を断行しようとして、抵抗勢力の反対にあって敢え無く挫折しいるようです(これは、毎日新聞の記事を検索すれば読めます)
 こうした体質の改善を行わずに現場の責任だけで終始しているのがここ5年間の低迷の一番の原因だと思います。

投稿: sasaki | 2006年10月 2日 (月) 12時19分

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