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2007年1月14日 - 2007年1月20日

2007年1月18日 (木)

曲谷守平な日

 午前中に「海女の化け物屋敷」を観て、昼を挟んで、午後は14時からシネマヴェーラ渋谷で「白蝋城の妖鬼」を観ると言う曲谷守平な日を過ごしてしまう。「海女の化け物屋敷」は昔、大井武蔵野で観て以来なので殆ど物語を忘れていたが、かつて黒沢清が「怪奇映画調のサスペンススリラー映画と言うジャンルが新東宝にはあって、これがかなり怖いんだ」と言っていたが、これもそういったジャンルに属するものだろう。今見ると突っ込みどころ満載で笑えるところもあるが、「映画の闇」を充分に感じさせる場面はたくさんあって、この監督の才を感じさせる。余談になるが水中銃で悪役が心臓を撃ちぬかれると言うアクションは1度はやってみたいアクションだが、これは東宝の「東京湾炎上」の水谷豊の水中銃串刺し磔が白眉だろう。
「白蝋城の妖鬼」は、丹波哲郎追悼上映の中の怪奇ロマン時代活劇で、こちらも冒頭から映画的な活劇シーンが満載の楽しい映画。主人公がパーなので、途中の推理劇は退屈するが(これは主に脚本的な問題と主役の魅力のなさだろう)、ロングショットを多用した騎馬アクションとクライマックスのタンバの変身シーンは充分にみごたえあるが、悪役襲撃のシーンは殆ど省略しているのに、一族が押し込んだ後の無惨な殺され方を映すだけで相当に残虐な一味であることをわからせる演出はなかなかだ。いや、本当に惨い感じなんだよね。襖の破れ方とか、土壁に飛んだ血飛沫とか、死体の配置が。明朗快活な東映時代劇や格調ある大映時代劇とはやはり一線を画す映画だった。
 
 夜帰ったら、遠藤氏が音楽効果をあててくれた「法則」のDVDコピーが届いていて家のテレビで見直すが、現場の同録がうまくいっていないところがいくつかあり、これも3月10日の公開までにアフレコすることに。

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2007年1月17日 (水)

東京帰還

本日東京へ戻ってきました。
 昨夜は、父親と北海道の寿司を食べられたのが今回唯一よかったことかな。この寿司屋は札幌市の住宅街にひっそりとある小さなところなんですが、メチャクチャうまい。店内は靴を脱いで上がるプチ料亭風なんですが、実は夫婦2人で切り盛りしており、とにかく店主が食通なのか、素材を生かしたその日の一品が美味い。この日は、小樽港水揚げのあんこうの肝の酢もの。あん肝。これがとんでもなくうまい。こんなに美味いあん肝は生まれて初めて。寒い道を歩いていったので、熱燗にこのあん肝が格別だった。続いて食べたのは、岩内漁港水揚げの平目の刺身。これもいい。「えんがわ」なんかコリコリして酒が進む進む。北海道の地物だけではないのもこ店の特徴。この日は、長崎県で水揚げされたと言う〆鯖がお勧めだったのだが、この〆方がまた絶品。浅く〆て、刺身と〆鯖の丁度中間具合が素晴らしかった。
 父親と2人で御銚子5本を飲みながら、これらの刺身を食べてから、寿司を握ってもらったが、さすがに結構おなかがいっぱいだったので、3,4種類握ってもらって上がり。最後はお茶請けにと、自家製の大根で漬けた千枚漬けが出てきたんだけど、これもカブの千枚漬けとはまた違って、あっさりしていて、日本酒で口の中がすこし甘くなったところに少し辛味もあって、まさに『上がり』には最適な食材だった。

 寒くて寒くて風邪まで引いてしまいましたが、まあ、この寿司屋に救われた旅であったかな。
 

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9月15日

 4年ぶりの冬の帰郷。もう、身体が慣れなくなってしまって、生まれてから23年僕はこの土地で暮らしていたのに・・・。いまは、もう別の国に来た感じがします。冷凍庫の中を歩いている感じです。
 母の方は認知症を併発し始めているようで、鬱だった昔のようにひたすら暗い感じはないのだが、会話が一瞬のうちに飛ぶのがある意味衝撃的だった。芝居であれは再現できないだろう。文節が変わらず違う話しになってしまうのだ。
 僕のことはわかるようで、尋ねて行った事が嬉しそうだが、妻の写真を見て「滝本ゆにさん」と言う女優であることは思い出しても、それが僕の妻であることを一瞬忘れてしまっていたり。これは、まあ初期症状ではないかと言うこと。今日は、到着が夕方になってしまったので、医者には会えず、明日の午前中に担当医に会って話を聞く予定。

 夜は父親と色々話してホテルへ。このホテルにスパがついているのが唯一の救いだな。今日は温泉入ってもう寝ます。

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9月14日

母親の状態が悪くなったと聞いたのは11月下旬だったが、『学校の階段』の撮影が迫っていたので、電話連絡だけで病状を聞いていたが、やはり年が明けて一度は帰って医者と打ち合わせしないといかんなあと。編集の方も一段落ついたので、札幌へ帰ることに。
 うちは、父親が僕が幼少の頃に家を出てしまい、僕はこの母親と殆ど二人暮らしのまま大学まで出してもらったのだが、今から18年ほど前に大怪我をして、歩けない状態になってしまい、そのことと、丁度更年期障害の時期が重なって壮年生の鬱病にかかって、それがどんどん悪くなり、12年位前からずっと入院暮らしを続けている。父親とも離婚して、天涯孤独のまま病院暮らしを続けていた。僕が丁度助監督から監督になる頃に病状が悪化したので、僕としても映画を撮るのに必死だったので映画の仕事を捨てて札幌に帰るわけにもいかず、母親を救えなかったと言う悔いは今でも残っている。
 それでも、この10年くらいは安定して、特に僕が結婚してからは、そのことをとても喜んでくれて元気だったのだが、去年の11月に突然病状が悪化してしまい、自殺未遂事件まで起こしてしまったらしいのだ。
 9月に妻と一緒に会いに行った時は元気だったのに、なぜまた突然病状が悪化してしまったのか?その原因も追究したい。とりあえず明日は、札幌に住む父親のもとへと行く予定。2人は離婚しているけど、僕にとっては変わることのない親ですからね。いろいろ相談もしてこなくては。

 まあ、僕は元気でいないとね。にしても、更年期障害は甘く見てはいけないようですなあ。

 17日の午後には東京へ帰ってくるツアーで行ってきます

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2007年1月14日 (日)

編集休み

 休みの日は映画でも観にいこうかと思ったが、前日に上がった血圧の状態があんまりよくなさそうなので、終日家で過ごす。奥さんは午後から、某事務所の個人レッスンに。オーディション直前になるといつも呼ばれますが、これがそれなりに功を奏しているようなので、繰り返しレッスンがあるんだろうな。それでも今回は小学校3年生なので、発声だとか演技の基礎以外に、しつけ的なこともやらなくちゃいけないようだし、一緒に遊んだりもしなくてはいけないようで、これは僕にはできないなあ。ただ、将来的には相当な美人になる素材のようで、内山理名や堀北真希の次々世代の育成として事務所も継続的に力を入れているのだろう。
 僕は、「学校の階段」の編集ビデオを観ながら音のプランを考え始めるが、気がつくと去年の初秋に撮った短編映画のMAが残っていて、これも遠藤が音効をやることになっているので、こっちの打ち合わせもしなくちゃいけないことに気がつき、慌てて編集上がりを見直す。これ実は3月にアップリンクで公開なんだよなあ。こちらは「学校の階段」とは違ってワンシーンワカットで4シーン。15分4カットの映画です。

 と言うわけで今月末に撮る予定のBsiの短編も含めて、今年は2月までにもう3本の新作が上がるわけです。

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