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2008年1月 4日 (金)

川島雄三監督 丹羽文雄原作「飢える魂 完全版」

飢える魂 完全版 DVD 飢える魂 完全版

販売元:日活
発売日:2006/05/12
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香港映画の「空飛ぶギロチン2」に続いて観たのが川島雄三「飢える魂」「続 飢える魂」の連作。プログラムピクチュア連作していた日活時代のこの映画を購入したのは、一つには2年前に丹羽多聞アンドリウ氏のお爺さまである丹羽文雄氏の原作で「小説 舟橋聖一」の一編を「恋する日曜日 文学の唄 彼女の告白」として映像化した時に、丹羽文学に興味を抱いたからであった。大衆文学と純文学の間で読ませてくれる微妙な日本独特の文芸表現は、そのまま50年代の日本映画の大衆娯楽映画と文芸映画が「娯楽」と「芸術」といった具合に背反せずに存在していた作品群に共通するものであり、今日本映画に最も欠けているこうした「中間」の表現を考えるにいい機会だと思ったからだ。もうひとつの理由は、この映画が当時の新聞に相当に酷評され、尚且つ、撮影前の段階でも助監督で川島シンパの今村昌平、浦山桐郎らに脚本を前にして「どうしてこんなものを撮るのだと」糾弾された作品だったからだ。当然のごとくに川島雄三は「セイカツのタメデス」とさらりと流して撮ったらしい。しかも、準備期間と撮影期間がきわめて短く、「ロケハンもせずに」撮った。と聞いては見ておかずにはいられなくなったのだった。

で、その本編の方であるが、これが中々面白い。勿論大傑作と言う映画ではないが、メロドラマと呼ぶには余りに異形で個性的な登場人物の(芝居)によるキャラ付けが魅力的なのだ。例えば、主人公の1人である轟夕紀子の肉感性。冒頭のシーンで、小林旭演じる息子(なんとデビュー作!)がふと見ると、母親轟夕紀子の着替え姿が目に入るのであるが、この見た目のワンカットに映る太った母親のシミーズ姿がその後に起こる展開を全て予感させてしまう演出とか、その母親が結ばれるなんとも矮小な初老の大坂志郎との京都の宿での「腕だけ」で見せるベッドシーンとか、太った中年女の欲望と言うか、「女」そのものの表現が生々しくリアルで素晴らしい。メロドラマを単に恋愛を美化して描くのではなく、欲望と言うものの発露を「映像による立体的な芝居を通して」丁寧に描いて見せるのだ。勿論、会社の要求で撮ったと思える日本全国の名所の観光映画的なシーンのワンカット足りとて手抜きなく素晴らしい。

ライナーノーツによれば、鬼のような今村昌平チーフ助監督のスケジュールはその作品以上に凄まじく、前述の観光シーンを全て撮り切るために、26日と言う車中泊で乗り切った。ロケ隊はこの間俳優陣も含めて旅館に泊まることなくロケし通しだったらしい。

こう言うエピソードを読むと、まだまだ甘いですね我々は。僕は長崎俊一監督の「夜のストレンジャー」と言う東映Ⅴシネマの助監督時代に無泊3日と言うロケ出発して一度も帰らず3日間撮影しまくって、しかもカーアクションばかり撮ったと言うのが鬼畜撮影体験の最大のものでありました。

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