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2008年1月22日 (火)

編集&飲み会

 昨日は多村選手PVの本編。サクサクと順調に繋げて、そのまま武蔵小杉に移動して「岡村洋一のシネマストリート」のメンバーと合流して新年会に。この日ゲストだった或るプロデューサーの方と意気投合して、映画の話で大いに盛り上がる。力を持った人とまた新しく知り合えるのは嬉しい。ここから新しい映画が生まれれば「シネマストリート」で生まれる初めての映画になるんじゃないかと岡村さんも喜んでいた。僕も、大いにモチベーションが上がる。そして、話をしていくうちに驚いたのはこの人が多聞さんの大学時代の仲間だったと言うこと。「多聞は凄い、この時代に自分の好きな監督を集めて、しかも黒字を出して儲けているところが凄い」と言っておられました。世間は狭いなあ。と言うか、80年代に自主映画を経験していた人たちは僕も含めてかなりしぶとく業界に残っていると言うことだ。

 80年代ニューウエーブなんて言われて、自主映画がブームになりそこから黒沢清監督、長崎俊一監督と言った僕の師匠筋にあたる人たちが生まれてきたわけですが、あの時代になんらかの形で自主映画に関わり、そして、その後プロを目指して業界入りした人たちは生き残り率高いのではないかと思います。ただ、一方で自分の才能を過信してインディーズだけでなんとかなるとたかをくくっていた人はみんな消えていった。いや、自主映画だけで自分の世界を築いて今でも自主映画を撮り続けている人はそれは立派なことだと思うが、そうじゃなくて、仕事としての映画を選択したいけどかと言って業界入りはいやと言う人はいたのですよ。そう言う人は僕のように助監督をやったり、多聞さんのようにテレビ局に入社して下積むのを蔑んでいたように思うけど、そう言う人は逆に消えて行きましたね。まあ、やはり「兎と亀」のおとぎ話はまんざら嘘ではないと言うことではないでしょうか?

 僕らもこれからどれだけやれるかわからないけど、とりあえず、映画やテレビドラマを内側からその構造を確り知るためにも下積みは長くやるものではないが、やはり経験した方がいいと思います。僕は9年間も助監督やってしまいましたが、そんなに長くやる必要もなく、青山のように3,4年やって監督になるのが理想かもしれない。いずれにしても、あらゆる勉強に時間を惜しんではいけないと言うことだと思います。

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