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2008年2月12日 (火)

小説 田中絹代

演出家としての新藤兼人の監督作品と言うのはあまり面白いと思って観た記憶はない。実際のところ隅々まで観ていないから傑作はあるかもしれないので今回は触れずにおきますが、脚本作品は傑作揃いだ。特に大映で増村保造監督に提供した数々の脚本は本当に素晴らしい。特に男女の異常な関係を描かせたらピカイチだった。新藤脚本に出てくる女はみな異形で醜悪でエロティックで、それを増村の演出と若尾文子が演じるからさらにさらに深くなっていく。逆にミステリなんかを書かせると途端につまらなかった記憶がある(「妻二人」とか「配達されない三通の手紙」とか)結局、脚本構成の論理の人ではなかったと言うことなのか・・・。

その新藤兼人が女優の田中絹代の人生を書きつづったのがこの「小説 田中絹代」だが、まさにここに出てくる田中絹代が、新藤脚本、増村演出に出てくるような強烈なキャラクターとして登場して来て面白い。実際、故人だらけだからいいんだろうけど、溝口健二と田中絹代の描き方なんか、「講釈師観てきたような嘘を言い」の如くに生生しく描く。例えばこんな感じ。

「絹代はあられもなく淫らになった。いつも仕事場で溝口のどんらんな目に晒され、着物の隅々まで見つめられた恥を、今度こそ恥ではなく、溝口の目で確かめさしてやろう、とした」

まあ、これなんかは優しいほどで、この本全体を読むと「田中絹代」と言う人が常に性欲が強く、相当に奇天烈な性格の人だったとばかりに描き出している。まああくまで「小説 田中絹代」なので、相当に新藤兼人による脚色部分もあるんだろうけど、依田義賢と溝口のやりとりなんかを読むだけでも相当に読みごたえはある。この本で溝口の映画の勉強になるとかそう言うものではなく、むしろ、増村の脚本を書いていた頃の「えげつない女性象」と言うものを楽しみたい時にはどうぞ、と言う種類のものだった。

ちなみに、この本をもとに新藤兼人が脚本を書き、市川昆が「映画女優」と言う映画を吉永小百合主演で映画化しているが、見事にその醜悪な田中絹代像は消えていてつまらない映画になっていた。

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