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2008年5月 1日 (木)

新企画打ち合わせと「アイム・ノット・ゼア」

 赤坂の某会社でライターとプロットの打ち合わせ。5月下旬からクランクインする映画の会社と同じ会社なので、スタッフの前で別な企画の打ち合わせをしていると言うのはあまり気持ちのいいものではない。この企画は低予算ながら僕にとっても和製ホラーというジャンルにとっても挑戦的なものになるので、安易な妥協はできないと思っている。なので、出がらしのような実録心霊表現をできるだけ排除していくと次に怖いものは何か?という原初的な問題にも突き当り、ライターの方には苦労をかけると思うがやはり新しい表現を追求していかないと映画は細くなっていく。「ホラーはもう当たらないよね」という言葉をなんとか覆してやりたいのだ!ホラーが当たらないんじゃなくて、ジャンル映画を重要視せずに安易な表現の繰り返しが市場を飽和させてしまっただけなのだから・・・。そういった玉石混交の中から、清水君の「輪廻」のような、或いは僕らが「怪談新耳袋」の何本かでで挑戦していったことは継続していかなくてはいけない。

打ち合わせの後は気候のせいか、非常に身体が全体がだるく重くなり早く帰りたいと言う欲望も出てくるが(ホラーの打ち合わせの後だったせいかなあ)、川崎で妻と待ち合わせしているので、なんとか力を振り絞ってチネチッタまで行く。「アイム・ノット・ゼア」という映画を観に行くためだ。

「アイム・ノット・ゼア」はボブ・ディランの人生を実に大胆な表現で描いた音楽映画の傑作だ。役者も設定も世界観も違うボブ・ディランの物語をどこに重点をおくでもなく、平行に描き出すので映画やドラマと言うものを、「物語を一人の主人公に思い入れをしながら見ていく」と言う制度的な見方をしてしまうと、あまりに突拍子もなく視点が次々と変わるのでついていけなくなる人も多いかと思うが、映画の流れの中に自分を放り込んで映画の流れていく時間軸に自分の脳をセットするとそれほど難解でもなく、自然と楽しめる。デビッド・リンチなんかもそうなんですが、構成や設定は突拍子もないけどワンシーンごとの表現は、カット割りだとかカットごとの編集は極めてオーソドックスで固いと言う映画が僕は結構好きなので、今回も芸達者な俳優をそこここに配置してあくまでオーソドックスに描き出していくこの映画はなかなか楽しかった。ただ、何と言うか、僕らが知っているボブ・ディランの人生を新しい表現で描き出したと言う点においては非常に面白かったのだけど、ここまで来たら最後に何か突き抜ける、飛躍する展開が最後にあってもよかったかなと。

それにしてもアメリカ映画の裾野は広い。経済的な意味だけではなくいろいろな意味で日本映画がアメリカ映画に勝てる日は来るのだろうか?

帰ってスカパーをつけたら、横浜が中日に追い付かれながらも突き放していくところだった。首位中日に対してようやく1勝目。今年は1カ月目にして順位を気にせず一つの勝ちを喜び、負けは試合は無視と言う境地に入っています。頑張れベイ

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