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2008年7月

2008年7月30日 (水)

翼に賭ける命とボリショイサーカス

 早朝に来月撮るドラマの脚本が送られて来たので出かけるまで2本読んで、簡単な感想をライターの三宅君に送りながらダグラス・サークいくべしと言うメッセージを書く。

 と言うわけで、11時からまた渋谷でダグラス・サーク特集の「翼に賭ける命」を観て、また体中を完璧なる映画の技に身も心も震わせてしまう。文武両道と言うか、これほどまでにアクションシーンがダイナミックに描けながらロック・ハドソンとドロシー・マローンのシーン始め芝居場の撮り方がここまで完璧なのはもうお手上げだ。人物の配置からカメラ、人物が動いた時の影の具合、芝居の仕草ひとつひとつが全て言うことなしなのだ。さらにあれだけの激しいアクションシーンの後に飛行機事故で死んだ死体が無造作に投げ出されると言う死の瞬間まで捉えている。それが、ダミー人形のようには見えないとか操演技術の賜物であるとかいうことを超えて死を感じさせてしまう。CGでは絶対出せないスペクタクルとその結果の死をフィルムに焼きつかせてしまったと言う凄さなのだ。最近のハリウッド映画のアクション監督はこのシーンを絶対に見るべきだ。個人的にはプロペラ飛行機の回転するプロペラに異常な執念を燃やす、現代の文武両道監督スピルバーグに「翼に賭ける命」をリメイクしてほしいなと思いました。

 でも、この凄さはDVDだけで確認できるものなのだろうか、やはり劇場のしかもシネスコサイズで体感できるものではないだろうか、家の40インチモニターでもダメだ。だからDVDボックスを買っても劇場に通わなくてはいけない使命感に燃えてしまうのだ。

 今日は1本だけ観て、速攻で東横線に飛び乗り関内で妻と待ち合わせて横浜文化体育館で「ボリショイサーカス」を一緒に観に行く。生まれて初めてのサーカス体験だったが、「翼に賭ける命」が飛行機サーカスが失敗してしまうと言う話だったので、終始緊張感を持って観る。でも、これは楽しかったなあ。空中ブランコと言うのは、テレビの映像とかで観るとそんなに怖くないんだけど、間近で見上げて、例えばブランコからブランコに飛び乗る瞬間の筋肉の瞬発的な伸縮を直接見ると、それが人間の力だけで為されている業であるかをまざまざと感じさせられて、それだけに落下の恐怖感はまさに今そこに迫っていたのだと感じて鳥肌が立ってしまった。なんにせよ、2時間のエンターティメントは心を潤沢にしてくれた。

 ところで、ダグラス・サーク特集で会った中原昌也君に「これからボリショイ行くんだ」と言ったら「僕はもう先週見ましたよ」とすぐに切り返され、その隣にいた青山真治が「え、なんで?みんなサーカスに」と言いたげに思わず中原君を見たのはおかしかった。

 明日は脚本のお勉強の為、サーク特集は一休み。明後日の最終日、もう一度駆けつけることにします。「いつも明日がある」はもう一度観ないとなあ。

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ダグラス・サーク いつも明日がある

 今日も午後から渋谷へ出向いてダグラス・サーク特集「いつも明日がある」。これ描き様によっては成瀬巳喜男が映画化するととんでもない陰鬱なペシミスティックな内容になったんではないかなと思うような絶望的な家庭劇。ただ、最終的にはバーバラ・スタンウイックが啖呵を切るシーンが2回あって、その凛々しさに痺れてしまった。映画としての面白さは登場人物の主観と客観が次々に入れ替わって、特に「室内」と「窓」「扉」と言うものを介在して登場人物の感情と感情を交錯させていく演出。カットと人物の位置の配分が絶妙。それでもやはりバーバラ・スタンウイックは美しく切なく、男らしくてかっこいい。バーバラ・スタンウイックで勿論女優なんだけど、僕が好きなバーバラが演じる役柄はいつも男ですね。ハワード・ホークスの「教授と美女」のゲーリー・クーパーは白雪姫で彼女が王子だし、ビリーワイルダー監督作の中では数少ない傑作の「深夜の告白」では主人公をどん底に突き落とすファムファタールだし(これも男はフレッド・マクマレイだった)、サミュエル・フラーの「四十挺の拳銃」は盗賊の頭だし、今回も主人公のフレッド・マクマレイよりよほど男らしいキャラクターを演じて素晴らしかった。フレッド・マクマレイと言う男優も男の絶望を演じさせると絶妙なのかもしれない。これを高峰秀子と森雅之でやっていたら、或いは小林圭樹でやっていたらもっと悲惨な映画になっただろうか・・・。

 今日は会場で青山や安藤尋など様々な監督に会ったが、DVD化されていない作品はやはり人が多いですな。帰りに「学校の階段」のアシスタントプロデューサーをやってもらった、本業は映画監督の小沼さんとちょっとだけお茶して、彼が次回作で撮るであろう映画のことについて話したが、困難なことはいろいろあるとは思うけど頑張ってほしいと思った。

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2008年7月29日 (火)

アパッチの怒り 南の誘惑

 朝からぴあフィルムフェスティバルでダグラス・サークの「アパッチの怒り」と「南の誘惑」を連続鑑賞。「アパッチの怒り」はダグラス・サークが撮った唯一の西部劇で、馬と斜面を使ったアクションはとても初めて西部劇を撮った監督とは思えないほどのダイナミックさがあった。ただ、時折微妙な間合いでカメラ目線の単独カットが入るのはこの映画が3D立体映画として創られていたからだろう。ロック・ハドソンがインディアンの主人公をコスプレしながら、それでいて途中で騎兵隊姿にならなくてはいけないと言うかなり捻った異形の姿が面白い。それだけで映画の主人公に常に爆弾を抱え出す演出になっており、主人公がこの騎兵隊衣装をかなぐり捨て半裸になって戦闘に駆け付ける姿に映画的な感動を覚えた。

 「南の誘惑」はドイツ製のミュージカルだが、後半は陰謀サスペンスメロドラマになっているのが面白かった。この映画もヒロインがクライマックスで「10年間で嫌いになった」ハバネロを無理に歌い上げていくシーンと同時にサスペンスが盛り上がる演出が素晴らしい。これこそが活劇の語り口と言うことではないかと思った。非常に面白い映画だった。

 この2本の映画を観た後は武蔵小杉に移動してFM川崎のラジオ出演。「トリコン!!!リターンズ」の話とか、ダグラス・サーク、それに8月に川崎の市民ミュージアムで上映される成瀬の「流れる」や「女が階段を上がる時」などについて語る。

 もうすぐまた疾風怒涛の準備が始まるので今は束の間の時間を使って映画を観まくらなくてはと思っています。

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2008年7月28日 (月)

映画「シャッター」

 落合正幸監督のハリウッド映画「シャッター」を試写で観させていただく。

http://movies.foxjapan.com/shutter/

タイ映画のハリウッドリメイクを日本人監督&スタッフ混成部隊が撮り、アメリカ人俳優と日本人の俳優が演じると言う、一見実話心霊テイストではあるけど、むしろ日本の怪談映画に近く人間の情念が怖いぞと言う物語。それをハリウッドスタイルのジェットコースタームービー的な展開で見せる。湿った東南アジアホラーを乾いたテンポのアメリカ映画として創られているのであるが、これが案外違和感がなくって、特に後半ミステリ的な展開からスラッシャー的な展開になっていくところは演出と編集の力を感じた。撮影のジミーさん(外国人ではなく、外国人のような彫りの深い顔をしていたから、仙元誠三さんのチーフだった時代からこの愛称で呼ばれていた柳島カメラマン)のカメラワークもダイナミックで静と動がうまく噛み合って心地よかった(ホラーとして)。

 アメリカから異国へやってきて、現地の女に酷いことをすると、その呪いが海を越えてやってきてしまうと言う話は僕も何度か考えたことがあるが、異文化ゆえに理屈では通らない怖さがある。この映画では宗教感のようなものは意図的に排除してあるけど、異国の呪いに「キリスト教的救い」がない分だけ、十字架で怯むドラキュラや聖水に絶叫をあげる悪魔よりも手に負えない怖さがある。いくら十字架振りかざしても異国の呪いには「そんなん知らんがな」と通じないからだ。そのせいか、この映画の後半に日本の火葬場が出てくるけど、僕らにとっては日常の儀式に見えるこの火葬場のシーンが妙に怖く感じたりする。

 奥菜恵の亡霊は怖くて切なくて、被虐的でエロティックで素晴らしい。僕が日本人だからか、妙にこの女亡霊に感情移入してしまったりもする。そう言った怖さと、どこかせつない部分と悪い奴らが順番に殺される爽快感を味わいたければ、9月からお台場シネマメディアージュで公開されるので是非!スラッシャーの定義の一つである、悪い奴は徹底的に酷い殺され方をするってのはやはり映画として正しい。

ところで、出てくる脇役の日本人俳優の多くは、英語を話せることが前提となってしまうので、バイリンガルで尚且つ芝居も上手いと言う役者などはそう数いるものでもなく、それでもアメリカ市場を考えると英語が話せる人を優先的に使わざるを得ず、要するにこれからの日本の俳優さんは、ある程度は英語話せるようになった方がいいかなと思った。アクションやダンスが出来るように英語も出来る方が若い役者さんは、これからはチャンスが多いかもしれません。だってアメリカ映画に出られるチャンスはそこにもうあるんだし・・・。

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2008年7月21日 (月)

ダグラス・サークに酔おう

 今日からぴあフィルムフェスティバルでダグラス・サーク特集が始まるので、とりあえず最初の回の「風と共に散る」を鑑賞。今回の上映作品のほとんどがDVDでも観たことがあるのだが、やはり35ミリプリントで観なくてはいけないと思い立ったのだ。「風と共に散る」は、20年前にダニエル・シュミットの「人生の幻影」と言う、ダグラス・サーク自身を追いかけたドキュメンタリー映画の中で紹介されていた時に、ドロシー・マローンが踊りながら服を着替えていくシーンが非常に扇情的で、その後字幕なしのプリントを観たり、DVD買ったりはしていたけど、久々にこの映画を観ると、このシーンはダニエル・シュミットがテクストとして挿入していたのが当たり前のように素晴らしい。ドロシーマローンのセクシャルなダンス(当時31歳のようだからこの年代ではもう容色衰え始めている年代なのに不良娘の役と言うのがエグイ)しながら服を一枚一枚脱ぎ去っていき、そこに音楽がどんどん盛り上がっていく場面と、怒りに打ち震える父親が複雑な心境で階段を上がっていく場面と、ローレン・バコールが不安に想いを馳せる場面が絶妙のモンタージュで構成され、音楽が最高潮に達した時に、父親がこの階段を一気に落下していくと言うまさに運動する個体が感情をほとばしらせていく「これが映画の最高の表現だ!」と言うべき表現だった。ここではドロシー・マローンがスイッチを入れた電気蓄音器のレコードの音が、そのまま劇伴になって、リアルでは音が届かない父親の登って行く階段とローレン・バコールの部屋を結ぶのだが、この音の使い方も絶妙だ。

 こう言う最良の映画を観ると自分なんか恥ずかしくって恥ずかしくっていられなくなるが、一方でまだまだ映画の表現は再構築すべきことがたくさんあると奮起したくなります。これから2週間、ぴあフィルムフェスティバルは続きますが、これを機会に是非とも「ダグラス・サーク特集」を観て、「本物の映画とは何か?」を体感してきて欲しいと願います。ここにこそ映画の全ての面白さが詰まっていると言えるのです。

 http://www.pia.co.jp/pff/festival/30th/lineup/index.html

 そう言えば会場では柳下さんと会って軽く歓談し、終了後はぴあの森本さんに会ったけど、森本さんは、20年以上前に僕がぴあフェスで映写のバイトをしてい頃からの知り合いでいつも顔を合わすと、物凄く爽やかな笑顔を見せてくれる人です。東京に出てきた年から知り合いになって、今でもこの業界にる数少ない人の一人になりました。

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2008年7月20日 (日)

FOMAで快適

 NMPを使ってようやくKDDIからDOCOMOへ機種変。FOMA F905iをバリュー一括で購入。安く買うために夫婦で新浦安まで行ってのキャリア変えだったが、メールとネット接続中心に考えるなら繋がり易いDOCOMOがやはり快適。それにどうせ買うならスペックが低いauの新機種よりFOMAの方が絶対にお得だと思ったからだ。2年前まではauの方が機種も悪くなかったしインフラ面でも問題なかったんだけど、ここ数年のDOCOMOのインフラ整備による繋がりの良さと、ワンセグ機種になってからauの機種のスペックの低さはどう考えてもMNPでDOCOMOから流出が多いことへ胡坐をかいていたとしか思えない。そうこうしているうちにDOCOMOが価格面でも市場に殴りこみをかけてきて、最早auにこだわる理由はなくなった。まあ、僕はもともと激安だった時代のTUKAユーザーでauにTUKAが統合されて自動的ににauユーザーになっただけだったのだが・・・。

 そう言えば音楽の遠藤氏からiPhoneを見せて貰ったけど、あれは携帯電話と言うよりは電話も出来るモバイルPCと言った感じですね。日本の携帯電話ヘビイユーザーが欲しがるものとはまた別なもののような気がします。ただ、僕らのような仕事をしているものにとってはあれだけのギガ数の端末は魅力的で、クイックタイムで編集された映像を自宅以外でも開けて確認できたるすると、今後さらに作業は早くなりそうな気はします。iPhoneがDOCOMOからも出てメール機能やワンセグが使えると絶対購入したくなるかも。

 

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2008年7月19日 (土)

歩いても歩いても

 阿部寛さんから頂いたチケットで「歩いても歩いても」を鑑賞。三浦海岸を舞台にした、どこにでもありそうな、それでいてちょっと複雑な家族の1日を描いた秀作。いや、日常を描く映画って多いんですが、この映画の俳優さんたちくらいの実力者が出てくる映画はあまりない。まあ、原田芳雄さんが年寄りにはまだ見えなかったり、YOUはやっぱり好きではないんですが、樹木希林さんの独壇場の芝居はやはり見応えがあった。現役の年齢の役者では一番うまいんじゃないかなと。それが演出によるものなのか、俳優の独自のアイディアなのかわからないが、終始主婦として常に何か動きながら芝居をしているのに感心する。それもどれもさりげなくリアルだ。芝居になっていないようで明らかに芝居で、それでいて映画全体の調律を狂わせてしまうようなおこがましさもない。全てが物語に奉仕しながら極めて禁欲的でそれでいて攻撃的な芝居。最近観た映画の芝居でも特筆すべきものだろう。僕は昔から樹木希林さんに憧れていたが、これは彼女の代表作になり得る映画ではないかと思った。映画の方はそれまで一回も移動撮影がなくラストで突如クレーンアップするが、ロッセリーニの「イタリア旅行」のようなたった一回のクレーンの動きに大きな情動を呼び起こすマジックがなかったのがちょっと残念。ここは最後まで禁欲的でも良かったんじゃないかなと。

 阿部寛さんは、生活感がなくってそれが漂泊している都会の男と言うものを説明させないキャラクターで成功していると思いました。まだこれから見る人も多いと思うので詳しくは書けませんが、成瀬巳喜男の映画の中に出てくる上原謙のような不安定な二枚目と言うか、それでいて主役しかやってはいけないキャラクターとして絶対的に映画には必要な存在だと思わせました。彼が主役だから、脇の樹木希林さんが初めて生きて来るし、また樹木希林さんがいるからこそ阿部寛さんも生きてくる。溝口流に言えば「反射している芝居」がそこにある。と言うことなのでしょう。

 いずれにしろ、どれもこれも同じような映画に見える単館系の若い監督の撮った映画の予告編に絶望させられる中、映画としての芯をしっかり持った日本映画に心を癒された気にさせられました。

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2008年7月16日 (水)

トリコン!!!リターンズ&東京少女 岡本杏理編 川の匂い 同日完成

 1本の映画と1本のドラマを同じ日に完成させたと言うのは監督人生初めて。昨日は午前中から午後にかけて「東京少女 岡本杏理編 川の匂い」のMAで、夕方から深夜にかけて「トリコン!!!リターンズ」のCG直し&カラコレチェック。

 「東京少女」の方は、杏理ちゃんの歌をこの日に初めて聴く。編集時に歌が間に合わなかったので、エンドタイトルは川の夕景の情景にローリングで流しておいたが、かなりアップテンポな曲だったので「桜庭ななみ編」のようにPV風の名場面集にした方が良かったかなと思うが、ああ言う編集は音楽が先に出来ていないと、曲のリズム、テンポに合わせてカッティングしていくので今回のように編集の後に歌録りがあるとああ言う編集は事実上不可能になってしまう。曲の転調でカット変わりしたりするからこそ観ていて生理的に気持ちいいものになるからだ。曲を無視して画だけ繋ぐと曲と編集のテンポが合わないととても不出来なエンディングに思わせてしまうので、出来れば曲の完成は早い方が嬉しいですね。それはそれとして、今回は出来るだけ劇伴を少なくして東京の下町の効果音に凝ったのが中々うまくいったと思う。今回の「東京少女」は自分の中でも結構お気に入りの出来上がりになったと思います。こう言う日本的な情感を撮るのは結構好きです。

 「トリコン!!!リターンズ」は、既にMAが終わっていたので、音のずれが出ないように音に影響する編集は行わず、ヴァージョンアップされたCG画面を入れ込みながら「引き」「寄り」のサイズ違いを選択していく作業と、カラコレの確認作業。しかし、さすがにそれぞれがそんなに長い時間はかかっていないのだが疲労がどっと溜まるのは、それぞれ違う作品の為に画面に集中しているのが思いの他脳みそに負担をかけるのだろう。

 ところで、テレビドラマと映画の音響設計と言うものが技師が変わることでこんなにも違うかなと言うのをまざまざと感じた。テレビドラマの方は、確りと台詞が聞き取れるように台詞を優先して現場で音響設計しているし、映画の方は台詞にも広さと言うか、空気感を持たせる立体的な音録りをしている。テレビの音の設計の方は台詞が確り聞き取れる代わりに台詞だけが浮き上がって、それを感じさせない為に音楽の数が多くなっていくが、映画の方は臨場感ある音響設計をする代わりに、時には台詞が状況に搔き消えていくようなミックスをするので画と一緒じゃないとわけがわからないこともある。これはたぶん、時には誰かと話したりご飯を食べたりしながらでも確り視聴者が把握できるように提供するテレビと、観客を暗闇の中に置いて画面に集中力を対峙させる映画との根本的なメディアの違いで、それぞれの技師たちが長年にわたって受け継がれてきたものなのだと思う。

 最近はテレビドラマの映画化も多くなり、昔は映画のスタッフが「THE MOVIE」的な映画にも参加していたが、ハイビジョン24Pシステテムのおかげでビデオクルーでも映画作りが簡単に行われるようなったが、デジタルによって音が良くなった分、平面的にクリアな音の映画も増えたように思える。僕はテレビドラマのクルーが映画創りをすることを否定するものでもなく、むしろそれによって既成概念にない映画創りが出来るのではないかと積極的に期待するが、劇場サイズの中での音の録り方、音だけではない芝居、カメラワークも映画とテレビでは方法論は変わるのだと言うことを演出レベルだけではなく技術者レベルでも研究してほしいと思う。映画的に表現すると言うことはただ単に広い画で金をかけた美術を用意すれば映画になるのではなく、映画的な表現と言う不文律は確かに存在すると思うからだ。

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2008年7月15日 (火)

暑い時は汗を流すのが一番 と吸血髑髏船 ネタバレあり

 昨日は公式行事がなかったので、いくつか試写に行こうかなと思うがこう言う日に限って観たい映画の試写がない。撮影が重なっていた時はあんなに試写あったのに・・・。と言うわけで、午前中はHDに録った松竹映画「吸血髑髏船」を観て、午後から携帯ショップを廻って機種変更とMNPでキャリア遂に変えるかどうか検討。その後、スポーツクラブへ行こうと思うが近所のジムが休みなので溝の口の系列ジムへ行き、1時間30分ほど汗を流し、プールでトレーニング。終了後サウナ入って、水分を確りとりながらマッサージで身体をほぐす。外へ出ると暑さがぐっと来るが、スポーツの後は体感が全然違う。今日はこれから「東京少女」のMAを夕方までやって、夕方から「トリコンリターンズ!!!」のCGカット差し替えとカラコレチェックとスタジオをハシゴするので昨日はよい休日になったかな。

 ちなみに松野宏軌の「吸血髑髏船」は小学校3年生の時に怪獣映画と勘違いして観に行った「昆虫大戦争」の併映で、およそ40年ぶりの再見となったが、小学校3年の時に観た記憶がほとんど間違っていなかったことを確認。基本的に「発狂する唇」とかと同じ世界観の怪奇ミステリ映画なんだけど、役者が素晴らしすぎる。当時も、出てくる俳優が嫌な大人ばかりだなあと思っていたら、金子信雄、小池朝雄、内田朝雄、西村晃と言った人たちが次々と殺されていく話で、そりゃ嫌な印象にもなるわなと言う絶妙な濃すぎるキャスティングだった。主演が松岡きっこと言うのもなんだか嫌な感じ。で、ただ一人映画の中で救いと思われる岡田真澄をキャスティングしておいてラストで思い切り暗黒世界に突き落とす演出は素晴らしすぎる。こう言う映画こそ本当にカルト映画なんだろうなあ。ただ、こういった役者がいてこその企画でもあるので、現代の日本映画で同じことはかなり難しいなあと言う思いにもさせられる。そう言えば、10年前に高橋洋さんと「発狂する唇」や「血を吸う宇宙」の打ち合わせ時にもこの映画に関して話題になったことがあったけど、同じようなことを話した記憶がある。昨日書いた山田風太郎の小説もそうなんだけど、昭和の時代に残る日本人独特の矮小な世俗感と揺るぎない土着的な悪を表現できる顔を持った役者がいなくなってしまったなあと思います。上記した俳優さんたちのようなえぐい顔がね。現代の俳優さんはみんなそれなりに垢ぬけていますもんね。時代が変わったと言えばそれまででしょうが、でもテレビのニュースで出てくる現実の政治家や悪徳業者たちはまだまだ垢ぬけていないえげつない顔をした人は多いのになあ。

 さて、そろそろ出かけますか。今日は長い1日になりそう

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2008年7月14日 (月)

忍法創世記

 今日は午後から某企画の打ち合わせで赤坂へ。この季節の都心は灼熱地獄。多摩川渡っただけで随分と気温が違う気がする。

 電車の中で山田風太郎の「忍法創世記」を読み終わる。これで現在出版されている風太郎忍法帖の長編は全て読んだことになる。短編は様々なアンソロジーの中に収録されているのでおよそ完全把握は難しい。

 ところでこの「忍法創世記」は山田風太郎最後の忍法帖でありながら、長い間出版化されていなかった、まあ風太郎先生自身が気に入らなかったと言うことなのだが中々楽しい一編だった。舞台を中世の南北朝対立の真っただ中に置いて、柳生VS伊賀の戦いからやがてはそれが柳生新陰流開祖の礎になっていくだの、伊賀忍法の始まりになるだろうとの壮大なスケールの嘘話に歴史上の人物が妖怪のようなキャラクターとして登場してくる設定の、明治ものに連なる虚実ないまぜ史実は大いに楽しめる。お馴染みの柳生十兵衛や服部半蔵が活躍する100年くらい前の話だが、それでも柳生七兵衛と言う「片目を糸のように閉じられた」と言う十兵衛そっくりの人物が先祖として登場したり、武蔵の元祖のような人物さえ登場する。風太郎先生は余ほどに柳生十兵衛と宮本武蔵がお気に入りだったと思える。さらにそこに、柳生を支える大塔八人衆と伊賀を支える菊水党八人衆と言った怪異な忍法を駆使する忍者たちが、いつものトーナメント戦を繰り広げる。

 が、作者自らが「駄作」として単行本化されなかった理由もわかる構成で、室町時代~南北朝の複雑なバックボーンの説明が長く、なんせ最初のバトルが始まるまで100ページを要している。新しい登場人物が出てくるたびにこれらの説明が長いので、肝心の柳生対伊賀の対決に割くページが短くトーナメント戦もいきなり3人殺されてしっまたり活劇としてのクオリティはそう高くない。それでも、晩年書いた室町ものに繋がる重要な一遍だと思うし、なにせ「忍法帖」としては最後の長編でもあるので、資料的価値は高い小説だった。

 これを読んでまた忍法帖~明治ものと風太郎小説を再読したくなってきた。僕自身のオリジナリティに非常に影響を与えた小説家であることは変わりなく、生涯に渡って愛すべき、目指すべきストーリーテラーこそ山田風太郎なのだ。

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2008年7月12日 (土)

西の魔女が死んだ

 助監督時代の師である長崎俊一監督の「西の魔女が死んだ」を恵比寿ガーデンシネマにて鑑賞。原作はかなり著名なものらしいけど、僕は全く未読。それゆえなんの前知識もなく、ジャンル性すらわからぬままに鑑賞。かなりフィクション性の高い物語を自然に自然に創り手の意図が見えないような演出で描き出していく静謐な描写は中々力が入っていて見応えがある。ただ、1シーンの中でトリッキーに時制が変わったり(苺狩りで祖父が死んだ話を回想する場面)、普段は殆ど人間の目高の位置にあるカメラがクレーン効果(やはり苺刈りのシーンの俯瞰)で妙にスペクタクルな映像を創りだしているところにバランスの悪さを若干感じさせるのが気になった。ただ、それが気になると言うのは他のシーンの統一感がしっかりしているからなのではないかと思いました。それにしても力作は力作です。

 長崎俊一監督の最高傑作はテレビの2時間枠で放送され、その後諸般の事情で封印された「最後のドライブ」と言うフジテレビ製作の実録犯罪ドラマだと思っている。それと「誘惑者」「闇うつ心臓(8ミリ版)」かな。長崎監督の良さは現代に生きる歪んだ人間の精神病理ぎりぎりの不条理なまでに激しいキャラクターによるメロドラマであり、日本のジョン・カサベテスになるべき監督だと思っている。いや、カサベテスにはない昇華を長崎映画には内包されていて、そここそが長崎演出の真骨頂だと思っている。

 昔、僕が脚本を書いて長崎監督が演出した日活のエロVシネがあった。もう23年くらい前の話だ。僕が書いたのは20歳そこそこの女子大生2人の明るい青春物語だったのだが、それを長崎さんは物語に主人公の心象風景を足していくことで大どんでん返しをさりげなく持って来て、僕が描いたハッピーエンドを思い切り絶望的なものにしたことがあった。当時僕はチーフ助監督も兼任していたので、ここまで演出によって物語と言うのは大きく変わるもので、それは長崎さんが演出したのだから僕は腹が立ったり驚くと言うよりは驚異と尊敬の念を持って観ていたが、シニカルと言うのとは全く違う暗い情念をクールに描き出す長崎映画の真骨頂を脚本家として助監督として目の前で直接経験できたのは非常にいい勉強になったと今でも思っている。

 ちなみに、全く偶然、「西の魔女が死んだ」の劇場でばったりとBsiプロデューサーのアンドリウさん親子に遭遇。確かに親子で観るべき映画なので、ばったりと会って当然なんですが、これだけ広い東京でこの時間に会ってしまうとは・・・いや僕は仕事今日さぼって映画観にったわけじゃありませんが・・・。

 明日はまたまた別件の打ち合わせで赤坂です。

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2008年7月11日 (金)

仕上げから仕上げの梯子の日々

 昨日は「東京少女 岡本杏理編」の本編集。編集上がりより大胆にカット尻を伸ばしていく。「どんどん伸びていますよ監督」と編集部に言われるがお構いなしにじっくり見せるところは見せる。リズムだけでカット繋ぎしている部分を間を足して芝居に情感を持たせる編集。そう言う演出してきているので、演出意図に沿って直していくだけなんですがね。で、トータルがかなり長くなってきたので大胆にドーンと切れるところは切って、出来るだけ説明過多にならないように、それでいて説明不足にならないように編集する。中江さんの脚本はリリカルで、情感を出さなくてはいけない。それに東京とそれ以外の場所とを川が繋いでと言う地理的なテーマをうまく生かそうと言う僕自身の今回のテーマもあって、それを生かすのと、さらに岡本杏理ちゃんをこれまでにないくらい可愛く見せて、2回目もちゃんと視聴者の人たちにチャンネルロックしてもらえるように頑張らなくてはいけない。もう一人秘密兵器もいたしね・・・。新人の子たちを使って1回目を撮るのは、いつもよりビジュアル的な工夫も考えなくてはいけないので大変でした。それでも徹夜に近い予習の甲斐あって、編集室での作業はあっと言う間に終了。終了後は、スポーツジムに寄って軽く筋トレ&ランニング&プールトレーニングで汗を流し、その後サウナ&ジャグジーで疲れをとる。「トリコンリターンズ!!!」MA~「東京少女」本編と殆ど休みなくスタジオ作業をした疲れが消えていく。

 本日は、午後から音楽の遠藤氏と「東京少女」の音楽効果打ち合わせ。今回はかなりSE(効果)に凝りたいので、直接細かい指示を出す。暑さもあって少々バテ気味。でもこれも面白くなりそうだ。かなりしっとりと落ち着いた「東京少女」になりそうです。夜は朝から生姜醤油に漬けて置いた「越後もち豚」を玉ねぎと一緒に焼いて妻と食べる。肉が信じられないくらいに柔らかくって、うま味成分がトロリとして大満足の夕食ではありました。

越後もち豚

http://www.sep-i.co.jp/uonuma/niku.html

 

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2008年7月10日 (木)

トリコンリターンズ!!! MA

 「トリコン!!!リターンズ」本日MAで音楽効果入れ。音楽のチェックはWebのやりとりで画に合わせた音楽を既に直し終えていたので事実上スタジオでいきなりミックスダウンと言う感じ。それでもドラマより何倍も手間がかかるダビング作業。劇場の空間を想定して台詞ひとつひとつの広がりを出したりするのが大変です。今回も音楽がかなりいいので手応え十分。何より脚本が前回よりきちんとしているから何をやるのでもやり易かった。スタジオでは予告編のダビングが行われていたが僕は今晩中にやらなくてはいけないことがあったので、お疲れ様の言葉もそこそこにとっとと帰宅。本来はダビングステージでビール飲んで軽い仕上げ打ち上げをやるところなのだが・・・。

 と言うわけで「東京少女 岡本杏理編」の編集直しチェックを朝までこれからやって、明日は朝10時から緑山スタジオで本編。その前に頭を切り替える意味でブログを書いてます。

 さすがに明日はヘロヘロになりそう。

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2008年7月 8日 (火)

東京少女 妻の声入れに付き添う

 「東京少女」のナレーション録り、と言っても僕ではなく妻の声。井口君の「東京少女 大政絢編」で忍者の頭領の奥方と言う設定で声だけの出演。まさか「東京少女」で忍者ものをやるとは思わなかったから、妻からこの話を聞いた時はてっきり「大工の棟梁」の奥さん役だと思ってしまった。下町かなんかの設定で「大工」の娘だったり、大工修行をしている少女の話かと思ったら、なんと大政絢ちゃん演じる服部絢蔵と言う現代に生きる九の一のコメディだった。それを井口昇が撮るんだから面白いでしょう。

 と言うわけで、今日は妻に付き添って赤坂のMAスタジオへ。丁度音楽の遠藤も来るから「岡本杏理編」の音楽効果打ち合わせの日程も決められるかなと思ったのだ。いや、遠藤氏はメチャクチャ忙しいしこれから杏理ちゃんの歌録りもあるから、1週間後のMAまでに電話だけで打ち合わせ日程を決めるのは中々困難になるだろうとの予測があったのだ。妻のナレーション録りは順調に終了。音楽効果が入っていない一部の映像しか観られなかったが、大政絢ちゃんの忍者スタイルや元気な芝居は中々可愛かったし、井口君の演出も面白そうだった。これはオンエアが楽しみですね。

 終了後は赤坂の「一心」と言うスープカレー屋に2人で行って食事。北海道出身の僕にとっては、最近スープカレーが北海道名物になっているなんてことにまず驚く。確かにサラサラのスープカレーは学生の頃からチラホラと喫茶店で出していたりすることも多かったし、ご飯を玄米で食べさせてくれるところもあったが、ス-プカレーなんてネーミングではなく、ただの「カレー」として食していた。それがいつの間にか広まって料理の一ジャンルになっているとはね。ただ僕はこのサラサラのカレーは昔から好きで、赤坂で食べさせてくれる「一心」のカレーも好きなので嬉しいところではあります。

 

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2008年7月 7日 (月)

ジャン・ピエール・ランパル演奏「忠実なる羊飼い」が聞きたい

 昨日今日は「トリコン!!!リターンズ」の音楽チェックと、「東京少女 岡本杏理編」の編集作業を自宅PCで終日行う。先週、Webのやりとりだけで進めるのは危険だと書いたばかりだが、これらの仕事もまたデータのやりとりで進むので、指示に誤解が生まれないように丁寧にメールには書きこむ。「トリコン!!!リターンズ」の方は、全ての楽曲のチェックが終わり後は明後日のMAでのミックスダウンを待つだけになった。「東京少女」の方も、編集箇所を書きだして編集部にメールを送り、木曜の本編を待つだけに。しかし、毎日違う作品の仕上げをやるのは現場に行くより或る意味脳みその切り替えが難しいかもしれない。

 と言うわけで、次の「東京少女」の音楽参考用にとビバルディの「忠実なる羊飼い」と言うフルートソナタ曲を探すが既に廃盤となっており、探し出すのに苦労する。僕の父親はフルート奏者で、現在も日本フルートコンペンションの主催をやったり元気だが、幼少の頃クラシックに馴染みない僕にとって父のレコードコレクションの1枚としてあったジャン・ピエール・ランパル演奏の「忠実なる羊飼い」と言うソナタ集は非常に心に残る曲だったのを覚えていた。そのランパルのCDは既に廃盤だったことはわかったが、Webで調べていくうちにビバルディの作品として長年伝えられてきた「忠実なる羊飼い」が実はシェドビルと言うフランスの音楽家の手による偽作であったことがわかった。どうも、勝手にビバルディ曲として300年前に発表してしまったらしいのがそのままビバルディ作品として残ってしまったようだ。そのことが判明したのは80年代後半のようだが、90年代初頭に出て廃盤になったランパルのCDにも確りとビバルディ作曲と銘打たれている。しかし、誰が作曲しようとも名曲は名曲。素晴らしい音楽に変わりはない。

 でも、ランパルのCD聞きたいなあ。札幌の父の家では見かけたことがある気もするが、それもだいぶ前で探させるのも気がひけたので、とりあえず打ち合わせ前に別の演奏家のCDを見つけて購入。しかし、ランパルの演奏には及ばないだろう。何と言うか、昔のアナログ録音の管楽器の何とも言えない音色は新しく録音されたものより音に色気があっていいのだ。

 どなたかジャン・ピエール・ランパルの「忠実なる羊飼い」をお持ちの方がいれば適正値段で譲っていただきたいと願います。

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2008年7月 5日 (土)

箱根で温泉に浸かる

Sn340204_2 Bsi脚本家合宿で箱根集合の大号令がかかり、川崎から東海道線で小田原へ向かい、小田原で箱根登山鉄道に乗り換え、さらに箱根湯元で写真のような風情のあるケーブルカーで温泉郷へと向かった。この箱根登山鉄道は途中からひと駅ごとにスイッチバックしてゆっくり箱根の山を登って行くのだが、この風情ある車両と大きく開かれた車窓から入ってくるオゾン溢れる山間空気ですっかり異空間へ誘われたような気になっていくのが素晴らしい。この古い車両はまだ結構走っているようで、大事にメンテナンスしてまだまだ活躍してほしいところだ。

 まあ、合宿と言っても実際は温泉に浸かって美味しいものを食べて酒を呑みながら語り合っただけなんですが、丹羽さんの娘さんのななみちゃんも参加して楽しい小旅行でありました。

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二日目は朝から露天風呂へ入り、豪華な朝食を食べて、チェックアウト後は近くのアミューズメント施設で様々な風呂に浸かって温泉を満喫。ドクターフィッシュと呼ばれるコイ科の魚が足湯の中で角質化された皮膚を食べてくれるのがおかしかった。丹羽さんたちは親子で午後からさらに箱根を満喫しようと言う計画だったようだが、僕はロッカーでメールをチェックすると「トリコン!!!リターンズ」の音楽がPCのメールサーバーに届いていてすぐにチェックしなくてはいけないことを知る。と言うわけで、本当はもう一カ所ある温泉施設にも行きたかったのだがそそくさと帰路につくことに。

 夕方前に家に着くと早速音楽をダウンロード。クイックタイムで映像に音楽をあてた素材を35曲ほどチェック。今回もなかなか素晴らしい。サーフミュージックと70年代東映劇伴風の融合が面白い。いくつか修正点を書いて添付ファイルで送りほっとする。

 夜は妻と共に鹿島田商店街のお祭りへ出かけ、焼きそばや焼き鳥、岩魚の塩焼きなどを買って帰宅。二人でホッピーを呑みながら食べる。ささやかな夕餉だったがやはりうちはいい。昨日のホテルのビュッフェの食事も非常に美味しかったけど、やはり家で二人で食べる食事が一番おいしいです。

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2008年7月 4日 (金)

デジタルの弊害

 昨夜「トリコンリターンズ!!!」の方の仕上げでちょっとしたトラブルがあって、深夜まで確認作業をすることに。映像がデジタルで送受信出来るようになって、在宅のまま受注確認できるようになったのはいいんだけど、会話の行き違いと言ったアナログなミスはやはり回避出来ない。今回はスタッフ間のほんのちょっとした「言葉」「単語」の行き違いが結果的には画像クオリティにまで及ぶことになった。撮影現場の作業と言うのは、役者さんがお芝居をしてそれをカメラが撮ると言うあくまで人間と人間のアナログな作業で、こればかりはカメラのメディアが進化しようとも変わることはないだろうが、仕上げの方は日々デジタル化が進んで、例えば僕もBsiのドラマは全て自宅に映像を送って貰ってラッシュを確認するようになってきている。

 仕上げに至るとスタッフ同士が一度も顔を合わすことなく、Webメールでのやりとりとデータ化された映像、音声のやりとりだけで仕事がどんどん進んで行ってしまうことも多くなってきた。そう言ったときでも、やはり面倒でも一度は当人同士が顔を合わせて確認することは必要ではないかと思う。人間同士なので「言葉の行き違い」と言ったことが出てしまうのはしょうがないことだ。同じデジタル単語でもそれが何を指しているのか全く意味が違っていることもある。そういったことは直接顔を合わせて話していれば見えて来ることでもメールでの即物的なやりとりでは認識されないまま進んでしまうこともある。だから、やはり雑談も含めてお互いを知って仕事を進めることは必要だろう。

 僕も家のパソコンのスペックをどんどん上げて在宅でデータのやりとりで仕事をすることが多くなってきたが、利便性が生かされれば生かされるほどに単に時間短縮に走って多くの仕事をこなすことだけを考えるのではなく、一つの仕事を丁寧に創りあげていくことが必要になってくるのではないかと思う。

 今から10数年前に「ナチュラルウーマン」と言う映画をデビュー作として撮った時に試験的に「AVID社」と連携してノンリニア編集で仕上げがなされた。確か劇映画では岩井監督の映画に次いで2本目か3本目のノンリニア編集だったと思う。その時、編集作業は簡略化されても仕上げスケジュールは安易に短縮しないで利便性を生かしてクオリティを上げていくことが望ましい。と随分スタッフ間、監督間で話した気がするが、あれから10数年たってノンリニア編集が当たり前になったいま、デジタル化された仕事は本当に映画やドラマのクオリティを上げているのか常に検証しながら仕事に臨まなくてはいけないのではないかと思う。

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2008年7月 2日 (水)

トリコン!!!リターンズは大詰め

 午前中は柴崎の東映ラボテックに出向いてカメラマンの今泉さんと「トリコンリターンズ!!!」のカラコレの打ち合わせ。カラコレと言うのはカメラマンが色彩設計に従って、画の繋ぎが終わった段階で、全てのカットの色調と明るさを調整していく作業で、フィルムの場合は「カラータイミング」と呼ばれます。本当は全カット立ち会いたかったけど、午後から別件の打ち合わせが入っていたので、今泉さんと最初から一緒に観ながら、僕なりに気になったことを話して打ち合わせ。色調と言うより主に明るさの件が多かったかな。今回は2日間のストーリーのなので、撮った日の天候によって明るさが全然違うのでそこを主に調整してもらうことに。色に関してはカメラマンを信じて、僕はお昼から赤坂へ。

 午後からは赤坂で新企画の監督が集まってキャラ設定の打ち合わせ。脚本を読んだ方向とは結構違う話にもなってきて、僕らとしてもちょっと混乱があったので、今日のところは課題を持ち帰ることにさせていただく。打ち合わせ終了後、そのまま赤坂の別の会社へ移動して「トリコン!!!リターンズ」の効果打ち合わせ。本日2度目の「トリコンリターンズ!!!」ラッシュを観ながらの打ち合わせ。「トリコン!!!リターンズ」は来週いよいよ完成ですね。助監督の宮崎がオールラッシュを観て「すげえ面白いですね」と言ってくれたので元気が出る。まあこう言う一言は大事です。

 助監督たちには出来るだけMA(最終音入れ)には顔を出すように言う。助監督って殆ど仕上げに来ないけど、僕が黒沢清監督や長崎俊一監督の助監督をやっていた頃は、ギャラの拘束が解けても仕上げには顔を出していた。仕上げと言うもののシステム知らずに監督の仕事の勉強が出来るとは思えなかったからだ。おかげで、まだ独立したての効果マン柴崎憲治さんと出会えたり、音楽の入れ方やミキシング段取りを学べたと思う。何より最後に映画が出来上がっていく瞬間を観るのが楽しかった。助監督さんもなかなか忙しくて、現場から現場へ渡り鳥になってしまうことが多いが、出来れば1本の作品を準備から仕上げまで見ないと本当の映画構造を知ることはできないのになあと思う。まあ、職業助監督として一生生きていくなら仕上げはラインプロデューサーに任せておけばいいものなのだろうけど・・・。

 

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PFF ダグラス・サーク特集 

 http://www.pia.co.jp/pff/festival/30th/lineup/index.html

 去年のロバート・アルトマン特集に続いてのPFFの快挙。20数年前にはトリフォー特集、ブニュエル特集、マキノ特集と市場に出回るビデオがなかった時代に大変貴重な映画を何本も上映していたPFFですが、正直ここ10数年は敢えて行きたいと思う作品が少なかった。それが去年のアルトマン特集から何と今年はダグラス・サークだ。まるでアテネ・フランスみたいな番組ではないか・・・。この調子で、ドン・シーゲル特集だの、ジョセフ・H・リュイス特集だのやってほしいなあ。10数年前にパルコで「サミュエル・フラー特集」やって以来、いわゆる「作家主義」による映画祭は少なくなった気がします。サミュエル・フラーも去年キングレコードがドンシーゲルBOXに並ぶ快挙を遂げたばかりではありますが、やはりスクリーンで見なければね。出来れば全作通いづめたいと考えフリーパスチケットを購入しようと思いましたがあっという間に売り切れていましたね。でも、頑張って行きますよ。

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