デジタルの弊害
昨夜「トリコンリターンズ!!!」の方の仕上げでちょっとしたトラブルがあって、深夜まで確認作業をすることに。映像がデジタルで送受信出来るようになって、在宅のまま受注確認できるようになったのはいいんだけど、会話の行き違いと言ったアナログなミスはやはり回避出来ない。今回はスタッフ間のほんのちょっとした「言葉」「単語」の行き違いが結果的には画像クオリティにまで及ぶことになった。撮影現場の作業と言うのは、役者さんがお芝居をしてそれをカメラが撮ると言うあくまで人間と人間のアナログな作業で、こればかりはカメラのメディアが進化しようとも変わることはないだろうが、仕上げの方は日々デジタル化が進んで、例えば僕もBsiのドラマは全て自宅に映像を送って貰ってラッシュを確認するようになってきている。
仕上げに至るとスタッフ同士が一度も顔を合わすことなく、Webメールでのやりとりとデータ化された映像、音声のやりとりだけで仕事がどんどん進んで行ってしまうことも多くなってきた。そう言ったときでも、やはり面倒でも一度は当人同士が顔を合わせて確認することは必要ではないかと思う。人間同士なので「言葉の行き違い」と言ったことが出てしまうのはしょうがないことだ。同じデジタル単語でもそれが何を指しているのか全く意味が違っていることもある。そういったことは直接顔を合わせて話していれば見えて来ることでもメールでの即物的なやりとりでは認識されないまま進んでしまうこともある。だから、やはり雑談も含めてお互いを知って仕事を進めることは必要だろう。
僕も家のパソコンのスペックをどんどん上げて在宅でデータのやりとりで仕事をすることが多くなってきたが、利便性が生かされれば生かされるほどに単に時間短縮に走って多くの仕事をこなすことだけを考えるのではなく、一つの仕事を丁寧に創りあげていくことが必要になってくるのではないかと思う。
今から10数年前に「ナチュラルウーマン」と言う映画をデビュー作として撮った時に試験的に「AVID社」と連携してノンリニア編集で仕上げがなされた。確か劇映画では岩井監督の映画に次いで2本目か3本目のノンリニア編集だったと思う。その時、編集作業は簡略化されても仕上げスケジュールは安易に短縮しないで利便性を生かしてクオリティを上げていくことが望ましい。と随分スタッフ間、監督間で話した気がするが、あれから10数年たってノンリニア編集が当たり前になったいま、デジタル化された仕事は本当に映画やドラマのクオリティを上げているのか常に検証しながら仕事に臨まなくてはいけないのではないかと思う。
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