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2008年11月11日 (火)

私的トラック野郎論 続き

 何の脈絡もなく「ドカベン」と「トラック野郎 御意見無用」をDVDで再見した。いや鈴木則文作品と言うことでは脈絡あり過ぎるのだけど、この30年間ソクブンを時々見ないといけない症候群にかかっているのでしょうがない。今から30年前、ソクブンは最も頼れるムービーメーカーであり、職人であった。高校野球で言うならエースで4番。お正月映画とお盆映画は「トラック野朗」があり、ゴールデンウイークは「華麗なる追跡」や「ドカベン」や「多羅尾伴内」がある。つまり、1年間で興行が最も重視される観客書き入れ時には常にソクブンが登板することになっていた。いまでこそシネマヴェーラで特集される作家性の監督として評価されるようになったが、最も東映映画的には大衆に求められていた映画を監督する人だった。そこが、山口和彦や内藤誠と一線を画する。当時から異端扱いを受けていた石井輝夫や工藤栄一とも違った。一方で、作家性という事では深作や中島貞夫、工藤栄一は批評家受けがよかったが、リアルタイムでソクブンを批評できる評論家も山根さんとハスミ以外はいなかった。つまり、批評性なんか必要とせずとも常に輝いていたのがソクブンだったのだ。

 と言うわけで久々に2本を見て思ったのは、とにかく1本の映画にこれでもかっと言うくらいに何本もの娯楽映画の要素がオモチャ箱をひっくり返したかのように入ってることだ。一番顕著なのは「トッラク野朗」なのだけど、アクション、ギャグ、エロ、人情劇、それに左翼性と、当時の観客が共感するものが、それも東映映画の観客の中心であったブルーカラーの観客が本当に喜ぶ要素が全て詰まっていた。昔の東映映画の映画館と言うのは、丸の内東映、新宿東映を中心とした東映本線のチェーンと、各地名を被せられたマイナーな東映チェーン(恐らく第2東映が出来たときに編成されたチェーンだろう)の両方があって、つい最近まで○○東映と冠されながらピンク映画や洋ピンを流していた小さな映画館が結構あったが、こう行った劇場も常に東映映画を3本立てを中心に興行がされていて、劇場に入ると煙草の煙が蔓延し、ところによっては立ち食いそば屋まで併設されていて場内にそばを持ち込める劇場もあって、そばをすする音や煙草の煙の中で鑑賞(?)するのが東映映画であった。1本の映画にいくつもの映画の要素が入ってくるのはよしとされない批評は多い。だが、ソクブン映画はそれを堂々とやってのける。そして、やってのけられるだけの実力と言うか、映画的教養に裏づけされた技術が達成されていた。

 数年前に高橋洋さんと本気で「不良番長」をVシネリメイクしようと東映ビデオで企画したことがあった。老人になった梅宮辰夫や山城新伍が北朝鮮に拉致された鈴木ヤスシの娘を奪還しに海を渡るが、「喜び組」に篭絡されて戦意喪失、エロに走るが・・・と言うような内容だと思ったが、もう1度1作目から「不良番長」シリーズを見返して、その映画的クオリティの低さに企画を書き上げるモチベーションが上がらず辞めてしまったことがあった。でも30年前は内藤誠の「不良番長」の方が「トラック野郎」より、一部では評価されていた時代もあったのだ。それはどこかでメジャーを堕して、マイナーを持ちげれば批評の特性が出ると勘違いした人がいたからのではないかと邪推するが、ソクブン再評価のなかで間違ってはいけないのは、鈴木則文は決して異端な作家ではなく、加藤泰に繋がる立派な娯楽映画の監督であり、作家性と興行性の両方を勝ち取ることが出来た稀有な監督の一人だったと評価すべきなのだ。

 この項続く

 

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