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2008年6月8日 - 2008年6月14日

2008年6月14日 (土)

中田秀夫監督結婚パーティ

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 昨日は渋谷の某所で中田秀夫監督の結婚パーティ。しかし、あわや大失態をやらかすところだった。朝「トリコン!!! リターンズ」の編集で柴崎の東映ラボテックまで行ったら、プロデューサーの八木さんから「あれ監督随分軽装で、今日は中田監督の結婚パーティですよね」と言われ、焦る。「トリコン!!!」の助監督達はみんな結婚式の手伝いで朝から出払ったと言うのだ。慌てて自宅へ連絡、妻に案内状を確認して貰うと確かに13日だった。編集の方は順調で、夕方一度家へ戻って着替えてから夜パーティ会場へ向かったが、もう少しで欠席するところだった。監督本人からも電話を頂いて「出席していただけますよね?」と確認されて快諾していたのでこれは失礼にならずに済んで良かった。単純に僕が結婚式とは土日にあるものと言う思い込みから案内状を頂いたその日にカレンダーに予定を書き込んだ段階で間違えていたのだった・・・。

 結婚パーティは盛大で、中田さんは紳士的で立派で奥さんは若くて美人だった。中田さんの出身が日活のせいか、懐かしい日活関係者が多かったように思いました。最初は諏訪太朗やBOBAとばかり歓談していて、これではいつものBsiの会と一緒になってしまう・・・。と思って場内を歩き回ったけど結局清水崇とか柳ユーレイさんとか知っている人ばかりだったので、人間関係が重複しているだけなんだなと諦め、中田さんにもちゃんと挨拶をして写真を一緒に撮っていただき帰ってきました。

 中田組と佐々木組は結構スタッフが重複していたりして、特に演出部はそのまんまなんですが、この日働いていた宮崎と小菅は「トリコン!!!リターンズ」のあと、すぐに同じプロダクションで別の映画の準備に入って本日がクランクイン。インの前の日にこれだけ働いて次の日早朝から撮影と言うのはタフと言わざるを得ない。宮崎はいい助監督になったとこの日も中田監督と話したので、早く監督になってほしいなあと思います。

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2008年6月12日 (木)

すいばれ一家 男になりたい!と女番長ゲリラ

 柳下さんの呼びかけで「すいばれ一家 男になりたい!」のプリントが東映にも現存していないので有志で金を出し合ってプリント1本焼きましょう。と言うことになり、僕もたった1口ではありましたが乗らせていただきました。昨日はそのプリントでの上映2日目になるのかな?シネマヴェーラ渋谷で「すいばれ一家 男になりたい!」と「女番長ゲリラ」を鑑賞。

 「すいばれ一家 男になりたい!」は山城新伍の初主演らしいけど、この頃渡辺祐介監督のギャンブルものだとか、かなりハチャメチャなヤマシロ艶笑喜劇がいくつかあってこれもそう言う中で企画された一本なのだろう。山城さんご本人がこの頃の東映のスタッフの常軌を逸した過熱ぶりを楽しそうに語っていた。「あのな、ホンにピンクのカラスが出てくるって書いてあるんだよ。どうすんのかなって思っていたら、バケツ一杯のペンキを持って来て生きているカラスにぶっかけやがるの」とか・・・。

 映画の方は案外まともな東映京都の任侠映画のフォーマットに沿った映画だった。鈴木則文映画が他の東映低予算映画監督と違って素晴らしいのは、ハチャメチャな部分は露悪的なまでにハチャメチャなのだが、確りと情感を出すシーンの創り方が巧くって、演出だけで魅せてくれる魅力を再確認。小池朝雄の「けえええええ」と言う叫びに感動。僕の大好きな山城さんの「ハヒー」は都合5回ほど確認しました。しかし、プリント焼くのに金を出したから言うわけではないが東映ラボの焼きはもう少しなんとかならなかったのか・・・。最近はフリーのカメラマンも東映ラボで仕事をするようになって、コダックの現像も行うようになり、カメラマンによる細かなタイミング作業(色調整)が行われるようになったのであまり気にはならなくなったが、かつては東映ラボ=フジカラーフィルムの映画は全体の色調がブルーに強く転んでしまう傾向があって、それはそれで東映映画らしい色調ではあったんだけど、今回は当時のプリントより青が強く感じられた。昔、8ミリで映画を撮った記憶がある人ならフジカラーはブルーにコダックは赤や黄色に極端に出てしまう傾向があるのを覚えているだろうが、東映ラボで現像するフジカラーはその特徴が強く出てしまう。東映ラボの職人さんが、そっちの方が綺麗な色だと思っているからしょうがない。と、カメラマンの誰かに聞いた記憶があるが、この傾向は改善することはないのだろうか・・・。そう言えば明日から「トリコンリターンズ」は東映ラボにある編集室で作業が始まるから言ったら誰かに聞いてみよう。

 「女番長ゲリラ」はかつて札幌で女番長3本立てを観て以来の30年ぶりの再見。あがた木魚の「赤色エレジー」が主題歌であがた木魚も本人役で出演していた。これも、ハチャメチャな展開と映画的な情感が巧く調合された快作だった。しかし、池玲子を除いて杉本美樹も含めたスケバン女優たちの台詞の酷さを観て、こう言う映画には芝居なんかどうでもいいんだなと思って観ていたのを思い出す。これは決してネガティブな感想ではない。おっぱい振り乱してアクション演じる迫力があれば、棒読みの啖呵と音程外れっぱなしの主題歌でも許された時代があったんだなあと思った。

 数年前に高橋洋さんと「不良番長」のリメイクを東映で、当時のメンバーそのままで復活させようと1か月だけ企画に動いたことがあった。そこで高橋さんと当時の「不良番長」も含めて何本も70年代前半の東映東京製作のアクション映画を再見したが、そのあまりの投げやりな創りに絶望的な気持ちになったことがあった。ある日高橋さんが「同時期に映画界で全く評価されていない松林宗恵の「社長シリーズ」を観たが、東宝の潤沢なエンタティメントのクオリティの高さと比して、娯楽映画としてあまりに東映東京の低予算だからと投げやりに創っている酷さはなんなんでしょう?」と疑問を投げかけ、この内容は現代に決して通用するものではない。自ら企画を投げ出したことがあった。

 鈴木則文監督の再評価が始まったわけですが、当時の東映映画の中でもなぜ鈴木監督の映画が評価され他のプログラムピクチュアは色褪せてしまったのか?僕は鈴木監督の評価を決してサブカルチュアの中に留めることなく映画史に残る娯楽映画、当時の東映の投げやりな映画とは一線を画す映画であることを確り認識しておく必要があるのではないかと思うのですが、これは批評専門の方たちに是非とも論理的な検証をしてほしいところだと思います。

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2008年6月11日 (水)

水野晴郎さん追悼

 水野さんが亡くなられた。丁度僕らがテレビの洋画劇場で映画を観はじめた頃に日テレの水曜ロードショーの枠で解説をはじめられた。72年か73年の頃だったと思う。当時テレビの洋画枠は老舗のテレ朝淀川長治、土曜映画劇場増田貴光、TBS月曜ロードショー荻昌弘、フジテレビのゴールデン洋画劇場の高嶋忠夫と必ず名物解説者がいた。勿論日曜の淀川さんが人気ナンバーワンだったが、その次に人気があったのが水野さんだった。当時から映画評論家ではない高島忠夫やホモ疑惑の増田貴光は中学生には人気がなかった。「いやー映画って本当に素晴らしいですね」この言葉で何度も映画を観に行きたいと思ったのは事実だ。印象的だったのはオルドリッチの「ヴェラクルス」と「人食いアメーバの恐怖(マックイーンの絶対の危機」。日テレは後発の洋画枠だったので、どうしても大作名画は日曜、次に月曜で、新作が早いのがフジテレビだったと思う。水曜の水野さんの枠での最初の目玉は「大空港」と「風と共に去りぬ」の前後編放送だった。

 僕が直接お会いしたのは「ケータイ刑事THE MOVIE」の撮影現場。当時からあまり夜は出歩けないと言うことで、水野さん知っている、近くのラーメン屋さんをお借りしての撮影だった。印象的だったのは初号試写を観に五反田のイマジカまで来ていただいた時のこと、場内でだれよりも声を上げて笑っていただき、初号試写の緊張感を吹き飛ばしてくれた。

 その時のこと。打ち上げでも壇上に立った時、「ケータイ刑事 THE MOVIE」がいかにすばらしいかを水曜ロードショーの解説を彷彿とさせる名調子で語ってくれた。中学生の頃から「風と共に去りぬ」を語っていたのと同じ口調で「いやあ、私は今日の映画を観て創っているスタッフの皆さんが本当に映画を愛してらっしゃるんだなあと感動しました。いやあ映画って、「ケータイ刑事THEMOVIE」って本当に素晴らしいものですね」と語ってくれた時、僕はとても感動したのを覚えている。

 水野さんと言えば水曜ロードショーの人であり後年は「シベリア超特急」の人だったが、若いころは「映画評論」誌上で東映時代劇が大好きで加藤泰を作家として誰よりも認めていた評論家であったと言うことも忘れてはならないだろう。水野晴郎企画 加藤泰監督による幻の企画「好色一代女」と言うものまであったのも事実だ。

 改めてご冥福をお祈りします。

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トリコンラッシュ

 昨日は「トリコンリターンズ」の編集ラッシュが届いたので何度も何度も見て修正箇所の書き出し。しかし最初のラッシュって大嫌い。よく知っている編集部はともかく、演出意図を掴んで編集されていないことが多いので、撮って演出が失敗だったかなあとがっかりすることが殆ど。でもよく観直していくと編集ポイントが微妙にずれていて、それを修正していくときっちりとしたものになるので安心するのだが、そこへ行くまでがちょっと大変。ドラマのように撮影段階でほぼ編集も決まっているようなシステムだとそう混乱はないのだが、「トリコン」のように現場に記録やTKがいないと一つのカットの意図が中々掴みとってくれていなかったりする時もあるので、大概は最初のラッシュが終わって編集に入れば解決するものだけど、初ラッシュは本当に恥ずかしい想いをすることが多いですね。現場に記録をつけないやり方ってのは今売れっ子の某監督さんがVシネ撮る時に初めて導入してしまったそうだけど、これは実に不便なやり方だと思います。

 それはそれとしてPCで編集を初めて、時々リビングの40インチモニターで確認すると観ている間合いが全く違うので小さな画面だけでの判断はやはり怖いなあと。例えば人物がフレームの外に出ていく間合いとか、物理的に大きな面積を目が追いかけて脳に伝える時間と小さな液晶で見て脳が判断する時間には差が出てしまうのが原因で、今回のように引き絵長回しが多いとPC画面では間延びしてしまうようなカットも、40インチ以上のモニターで見るとこれが丁度いい塩梅の長さにも感じられるし中々難しいです。でも映画は大きな画面で見るし、例えばBsiのハイビジョンドラマは16対9の大型モニターで観ている視聴者の方も多いと思うので、やはり大画面対応の編集でいかなくてはいけないと考えますね。

 

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2008年6月 9日 (月)

久々に会いました

 今日は午後から脚本打ち合わせで赤坂のBsiへ行く。そうしたら制作発表に来ていた黒川芽以ちゃんに会いました。これですね。

http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20080609-OHT1T00224.htm

 写真ではわかりにくいですが、水色に白い水玉の入った夏らしいワンピースを着ていました。黒川さんの素敵なところは久々に会うと声をあげて本当に嬉しそうなリアクションしてくれるところです。僕も久々に会った人には必ず笑顔で接するように心がけますが、黒川さんの「ああああああああ!久しぶりいい!」の声には負けます。挨拶は本当に大事ですね。

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東京少女 自己分析

東京少女」自己分析

この仕事の依頼が来た時、一番最初に考えたのがショートフィルム時代の「東京少女」の魅力をなんとかこの連続ドラマ枠にも持ち込めないか?と言うものでした。ショートフィルム時代の「東京少女」は新人女優の登竜門でありながら一方で、若手監督の力の発揮の場でもありPFF受賞者のようなインディーズ映画出身の監督が撮ることが多いシリーズだったようにも思えます。プロデューサーからは少女を魅力的に撮る。と言う大命題が出ている代わりにかなり作家的なショートフィルムが多かった。別にことさら作家的なものにこだわる必要性もないけど、シリーズ全体にあった浮遊感のようなもの。新人女優が主人公なので確りとした論理的なカット割りによる構造の映像作品ではなく、16ミリや極端に言うと8ミリで撮ったかのようなナチュラルな光と影による画面作りの魅力があった。一番典型的だったのは古厩監督による「東京少女セピア編 さよなら少女」の冒頭の手持ちによる長回し映像。これは16年前にタイムスリップして古厩の「この窓は君のもの」を初めてユーロスペースで見せられた時のような魅力に満ちていた。

こうしたインディーズ感ある浮遊感を技術的にドラマに持ち込むのは、システムの違いもあって簡単ではない。そこで、ちょっと意地悪だが脚本に描かれた芝居が終わってもカットをかけずに役者の反応を見ることにした。主人公は何かを企んでいるが、どこか心に迷いが出る。その少女独特の「迷い」を彼女自身の心に一瞬浮かぶリアルな「迷い」として撮ることはできないかと考えた。だから1シーンの終りは常にななみの表情で終わる構成になっている。しかも、カットがかからないので彼女なりに必死で芝居の緊張を持続させようとする、それでもカットがかからないので少しづつ迷いが生じる。その「迷い」の表情と緊張の鬩ぎ合いこそこの年代の少女の「フォトジェニック」な部分だけではない魅力に繋がるのではないかと思ったのです。出来上がった作品を改めて観て、いくつかのシーンでは巧く行っていたかなと思いました。家庭科教室で千夏に「オッケーだってゼッケン4番」と言ったあとの長い表情のカット~教室へのななみの顔~顔へのオーバーラップは可愛いいけどどこか不安定な表情を引き出せたかなと思います。

ただ天候不良だったので、ラストの屋上の芝居などいくつかのシーンが白バックになってしまい、光による映像の魅力をいま一つ生かせなかったのが残念でした。

桜庭ななみちゃんは将来性溢れる素晴らしい素材を持った少女なので、これからどんどん精進して飛翔して行ってほしいなあと思います。

そうそう、ななみと千夏の共通の友人役で出演した小松愛梨ちゃん。彼女は芝居が巧かった。脇役でしたが、確りとした芝居で主人公たちを支えてくれたと思います。こう言う存在が何気に作品には助けになるものです。

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2008年6月 8日 (日)

父のバースディ

 朝早くから起きて昨夜送られてきたドラマの脚本を読み、お勉強。明日打ち合わせだから本気モードで読む。昼前から、妻と妻の父、母、それに兄嫁の5人で蒲田の「梅の花」と言う豆腐料理屋までバースディ食事会。懐石料理をいただく。出てくる品の8割が豆腐料理だったけど美味しかった。個室も静かで、まるで蒲田らしくない空間だった。この店のチョイスは妻の父で、普段は銀座の店へ行くそうだが個室がとれなかったので蒲田の店になった。僕の父とかもそうだけど、この年代の人たちって同窓会とか頻繁にやっておりますね。僕なんか卒業以来一度もクラス会なんてものには出たことがない。でも、僕らの年代では多いのではないかなあ。でも、映画の現場で知り合った友人同士の同窓会のようなものは未だにやっていますね。

 帰りはラゾーナ川崎で買い物をして、夕方前に帰宅。テレビをつけたらベイスターズが相変わらず悲惨なことになっていたので、諦めてまた脚本のお勉強。しかしベイスターズもここまで弱いと観るモチベーションが全く上がらない。とりあえず、結果だけ見て諦める。と言う日々が続いております。しかし何とかしてほしいなあ。いい加減フロントも動かないとダメでしょう。

 とか思っていたら秋葉原でとんでもない事件が・・・。無差別殺人最近多いけど、社会全体の問題としてこう言う事件を捉えなくちゃいかんですよね。僕らはフィクションの中で人の生き死にを描きますけど、こんな短時間に人の命が奪われてしまうなんてあってはいけないことです。犯人は極刑にされるべきと思いますが、個人の自己責任だけではない原因も考えていかないと悲劇は繰り返されるのではないでしょうか?

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