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2008年7月27日 - 2008年8月2日

2008年8月 1日 (金)

悲しみは空の彼方に

 ダグラス・サーク特集の「いつも明日がある」再見と「悲しみは空の彼方に」を観に行っていたら、北海道から訃報が届いた。母親が亡くなったのだ。丁度「いつも明日がある」の入場直前で、角川の伊橋さんに出くわしてチケットソールドアウトで獲れない人がいたので速攻で譲って、家へ帰り詳細を聞く。今朝心筋梗塞で亡くなったのだと言う。明日カメラテストや脚本打ち合わせを予定していたので、助監督や担当プロデューサーに連絡、なんとか5日のオールスタッフ顔合わせには間に合わせて戻ってこられるように北海道とも連絡を取って段取り。とりあえず、明日早朝出発で北海道へ。いきなり喪主ですね。

 「悲しみは空の彼方に」はスクリーンで観ることは出来なかったが、母の訃報と共に今週観た数々のダグラス・サーク映画は僕にとって忘れられない映画的体験となるだろう。

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2008年7月30日 (水)

翼に賭ける命とボリショイサーカス

 早朝に来月撮るドラマの脚本が送られて来たので出かけるまで2本読んで、簡単な感想をライターの三宅君に送りながらダグラス・サークいくべしと言うメッセージを書く。

 と言うわけで、11時からまた渋谷でダグラス・サーク特集の「翼に賭ける命」を観て、また体中を完璧なる映画の技に身も心も震わせてしまう。文武両道と言うか、これほどまでにアクションシーンがダイナミックに描けながらロック・ハドソンとドロシー・マローンのシーン始め芝居場の撮り方がここまで完璧なのはもうお手上げだ。人物の配置からカメラ、人物が動いた時の影の具合、芝居の仕草ひとつひとつが全て言うことなしなのだ。さらにあれだけの激しいアクションシーンの後に飛行機事故で死んだ死体が無造作に投げ出されると言う死の瞬間まで捉えている。それが、ダミー人形のようには見えないとか操演技術の賜物であるとかいうことを超えて死を感じさせてしまう。CGでは絶対出せないスペクタクルとその結果の死をフィルムに焼きつかせてしまったと言う凄さなのだ。最近のハリウッド映画のアクション監督はこのシーンを絶対に見るべきだ。個人的にはプロペラ飛行機の回転するプロペラに異常な執念を燃やす、現代の文武両道監督スピルバーグに「翼に賭ける命」をリメイクしてほしいなと思いました。

 でも、この凄さはDVDだけで確認できるものなのだろうか、やはり劇場のしかもシネスコサイズで体感できるものではないだろうか、家の40インチモニターでもダメだ。だからDVDボックスを買っても劇場に通わなくてはいけない使命感に燃えてしまうのだ。

 今日は1本だけ観て、速攻で東横線に飛び乗り関内で妻と待ち合わせて横浜文化体育館で「ボリショイサーカス」を一緒に観に行く。生まれて初めてのサーカス体験だったが、「翼に賭ける命」が飛行機サーカスが失敗してしまうと言う話だったので、終始緊張感を持って観る。でも、これは楽しかったなあ。空中ブランコと言うのは、テレビの映像とかで観るとそんなに怖くないんだけど、間近で見上げて、例えばブランコからブランコに飛び乗る瞬間の筋肉の瞬発的な伸縮を直接見ると、それが人間の力だけで為されている業であるかをまざまざと感じさせられて、それだけに落下の恐怖感はまさに今そこに迫っていたのだと感じて鳥肌が立ってしまった。なんにせよ、2時間のエンターティメントは心を潤沢にしてくれた。

 ところで、ダグラス・サーク特集で会った中原昌也君に「これからボリショイ行くんだ」と言ったら「僕はもう先週見ましたよ」とすぐに切り返され、その隣にいた青山真治が「え、なんで?みんなサーカスに」と言いたげに思わず中原君を見たのはおかしかった。

 明日は脚本のお勉強の為、サーク特集は一休み。明後日の最終日、もう一度駆けつけることにします。「いつも明日がある」はもう一度観ないとなあ。

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ダグラス・サーク いつも明日がある

 今日も午後から渋谷へ出向いてダグラス・サーク特集「いつも明日がある」。これ描き様によっては成瀬巳喜男が映画化するととんでもない陰鬱なペシミスティックな内容になったんではないかなと思うような絶望的な家庭劇。ただ、最終的にはバーバラ・スタンウイックが啖呵を切るシーンが2回あって、その凛々しさに痺れてしまった。映画としての面白さは登場人物の主観と客観が次々に入れ替わって、特に「室内」と「窓」「扉」と言うものを介在して登場人物の感情と感情を交錯させていく演出。カットと人物の位置の配分が絶妙。それでもやはりバーバラ・スタンウイックは美しく切なく、男らしくてかっこいい。バーバラ・スタンウイックで勿論女優なんだけど、僕が好きなバーバラが演じる役柄はいつも男ですね。ハワード・ホークスの「教授と美女」のゲーリー・クーパーは白雪姫で彼女が王子だし、ビリーワイルダー監督作の中では数少ない傑作の「深夜の告白」では主人公をどん底に突き落とすファムファタールだし(これも男はフレッド・マクマレイだった)、サミュエル・フラーの「四十挺の拳銃」は盗賊の頭だし、今回も主人公のフレッド・マクマレイよりよほど男らしいキャラクターを演じて素晴らしかった。フレッド・マクマレイと言う男優も男の絶望を演じさせると絶妙なのかもしれない。これを高峰秀子と森雅之でやっていたら、或いは小林圭樹でやっていたらもっと悲惨な映画になっただろうか・・・。

 今日は会場で青山や安藤尋など様々な監督に会ったが、DVD化されていない作品はやはり人が多いですな。帰りに「学校の階段」のアシスタントプロデューサーをやってもらった、本業は映画監督の小沼さんとちょっとだけお茶して、彼が次回作で撮るであろう映画のことについて話したが、困難なことはいろいろあるとは思うけど頑張ってほしいと思った。

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2008年7月29日 (火)

アパッチの怒り 南の誘惑

 朝からぴあフィルムフェスティバルでダグラス・サークの「アパッチの怒り」と「南の誘惑」を連続鑑賞。「アパッチの怒り」はダグラス・サークが撮った唯一の西部劇で、馬と斜面を使ったアクションはとても初めて西部劇を撮った監督とは思えないほどのダイナミックさがあった。ただ、時折微妙な間合いでカメラ目線の単独カットが入るのはこの映画が3D立体映画として創られていたからだろう。ロック・ハドソンがインディアンの主人公をコスプレしながら、それでいて途中で騎兵隊姿にならなくてはいけないと言うかなり捻った異形の姿が面白い。それだけで映画の主人公に常に爆弾を抱え出す演出になっており、主人公がこの騎兵隊衣装をかなぐり捨て半裸になって戦闘に駆け付ける姿に映画的な感動を覚えた。

 「南の誘惑」はドイツ製のミュージカルだが、後半は陰謀サスペンスメロドラマになっているのが面白かった。この映画もヒロインがクライマックスで「10年間で嫌いになった」ハバネロを無理に歌い上げていくシーンと同時にサスペンスが盛り上がる演出が素晴らしい。これこそが活劇の語り口と言うことではないかと思った。非常に面白い映画だった。

 この2本の映画を観た後は武蔵小杉に移動してFM川崎のラジオ出演。「トリコン!!!リターンズ」の話とか、ダグラス・サーク、それに8月に川崎の市民ミュージアムで上映される成瀬の「流れる」や「女が階段を上がる時」などについて語る。

 もうすぐまた疾風怒涛の準備が始まるので今は束の間の時間を使って映画を観まくらなくてはと思っています。

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2008年7月28日 (月)

映画「シャッター」

 落合正幸監督のハリウッド映画「シャッター」を試写で観させていただく。

http://movies.foxjapan.com/shutter/

タイ映画のハリウッドリメイクを日本人監督&スタッフ混成部隊が撮り、アメリカ人俳優と日本人の俳優が演じると言う、一見実話心霊テイストではあるけど、むしろ日本の怪談映画に近く人間の情念が怖いぞと言う物語。それをハリウッドスタイルのジェットコースタームービー的な展開で見せる。湿った東南アジアホラーを乾いたテンポのアメリカ映画として創られているのであるが、これが案外違和感がなくって、特に後半ミステリ的な展開からスラッシャー的な展開になっていくところは演出と編集の力を感じた。撮影のジミーさん(外国人ではなく、外国人のような彫りの深い顔をしていたから、仙元誠三さんのチーフだった時代からこの愛称で呼ばれていた柳島カメラマン)のカメラワークもダイナミックで静と動がうまく噛み合って心地よかった(ホラーとして)。

 アメリカから異国へやってきて、現地の女に酷いことをすると、その呪いが海を越えてやってきてしまうと言う話は僕も何度か考えたことがあるが、異文化ゆえに理屈では通らない怖さがある。この映画では宗教感のようなものは意図的に排除してあるけど、異国の呪いに「キリスト教的救い」がない分だけ、十字架で怯むドラキュラや聖水に絶叫をあげる悪魔よりも手に負えない怖さがある。いくら十字架振りかざしても異国の呪いには「そんなん知らんがな」と通じないからだ。そのせいか、この映画の後半に日本の火葬場が出てくるけど、僕らにとっては日常の儀式に見えるこの火葬場のシーンが妙に怖く感じたりする。

 奥菜恵の亡霊は怖くて切なくて、被虐的でエロティックで素晴らしい。僕が日本人だからか、妙にこの女亡霊に感情移入してしまったりもする。そう言った怖さと、どこかせつない部分と悪い奴らが順番に殺される爽快感を味わいたければ、9月からお台場シネマメディアージュで公開されるので是非!スラッシャーの定義の一つである、悪い奴は徹底的に酷い殺され方をするってのはやはり映画として正しい。

ところで、出てくる脇役の日本人俳優の多くは、英語を話せることが前提となってしまうので、バイリンガルで尚且つ芝居も上手いと言う役者などはそう数いるものでもなく、それでもアメリカ市場を考えると英語が話せる人を優先的に使わざるを得ず、要するにこれからの日本の俳優さんは、ある程度は英語話せるようになった方がいいかなと思った。アクションやダンスが出来るように英語も出来る方が若い役者さんは、これからはチャンスが多いかもしれません。だってアメリカ映画に出られるチャンスはそこにもうあるんだし・・・。

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