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2009年4月

2009年4月30日 (木)

GOEMON

明日から封切となる紀里谷和明監督のCG満載の娯楽時代ファンタジー活劇。

深作欣二の「里見八犬伝」から「どろろ」まで、それなりに予算はかかっていても、ファンタジー時代活劇と言うジャンルはどれもしっくり来たものがなかった。何か本当に創りたいものではないものを無理やり創っている感があったからだ。「ファンタジー」ってこんなものでしょう?と言うどこか上から目線の映画が多かった。海外のファンタジー活劇に比べると圧倒的に重みがなくて楽しめなかった。だが「GOEMON」には本気でやりたことをやり遂げたいと言う作家の強い意志を感じた。ファンタジーといえど、時代劇にとって必要な要素のひとつに活劇としての「重さ」があると思う。それは物語の重さでもあり、一方で具体的な刀の重さや人間が倒れていく時の具体的な重さだ。最近の映画で一番顕著なのはロバート・ゼメキスの「ベオウルフ」だが、この「GOEMON」も同様にCG満載でありながら1カット1カットにある種の重みをこめた作家の「やりたいこと」が漲っている。ちょんまげ結ってなくても全然問題ない。新しいリアリティが創出されていればそんなことは問題ではないのだ。試写の時に僕の隣に年配の婦人が観ていたが、途中から「うん」「うん」と頷きながら見入っていたのがその証拠だろう。ゴールデンウイーク時代劇で楽しもう。

http://www.goemonmovie.com/index.html

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2009年4月27日 (月)

フーガのように

 「追いかけーて、追いかけーて」と言う感じで、脚本の追っかけ作業が始まりました。昨日はその打ち合わせで横浜まで行き、帰りに中華街へ行ってきました。「東林」と言う、横浜スタジアムの1塁側の歩道橋を降りたところから真っ直ぐ進んだ右側にある店で、いつも静かなのがええです。中華街は有名店へ入ったりすると、コース料理を勧められてそのコース料理は大抵が作りおきされて暖めなおして出てくるものが多いので、名前とブランドに惹かれていくのは気をつけた方が良いと思います。僕はセントラルアーツと言う会社がまだ横浜でアクションテレビドラマをたくさん創っていた時に、藤竜也さん御用達の店だとか、柴田恭平さん御用達の店だとか先輩のスタッフさんにいろいろ連れて行ってもらったのであまり間違いはないです。 「東林」は自分で見つけた店ですが、メレンゲがスープを覆い尽くしている鱶鰭の淡雪スープが一番のお勧めです。これだけ食べて、紹興酒一杯やって帰ってきても充分中華街へ行ってもとを獲った気になります。ここと関帝廊通りにある「大新園」と言う焼きワンタンが名物の店に行くのが好きですね。「大新園」で焼きワンタンを食べながらビールを飲んで、それから「東林」へ移動して、淡雪のスープを呑みながら紹興酒を一杯と言うのが僕の中華街スタイルであります

 と言うわけで、今朝から昨日の打ち合わせをもとにして、ライターが書いた脚本に僕が1ページ目からアイディアを入れながら修正して治し、治したところからライターに送って、今度はライターがそれをどんどん整理して治して行くと言う作業に入りました。今のところは足し算の作業中と言う感じですね。朝から夕方までパソコンに向かって脚本作業。

 夜は、義父母を呼んで妻と僕とで海鮮ちらし寿司を作りました。義父が寿司が大好きでデパ地下などからよくちらし寿司を買ってくるのを知っていたので、それなら手作りのものを作ってあげようと頑張ってみたのです。デザートには昨日 重慶飯店のお菓子コーナーで買ってきた月餅なんかを一緒に食べました。

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2009年4月26日 (日)

たてしなップル・発酵シードル

20090426001457 先日、辰巳琢朗さん宅の「ばらを見る会」で出されていたシードルと同じものを頂いて来ました。シャンパンと同じ瓶内発酵による無添加の本格的シードルです。それを今日は夕食時に妻と共にいただきました。実は、先週のパーティでは僕はシャンパンや赤ワインばかり呑んでいて、シードルは呑まなかったのですが妻から非常に美味しかったと聞いていたので、楽しみだったのですが、本当にこれは美味かった。バルサミコで味付けした焼き野菜やアボカドのパスタとの相性が抜群で、アルコール度数も8パーセントと爽やかな飲み口で、お勧めの一品です。

「長野たでしなップル」と言うのが正式名称のようです。 http://www.47club.jp/webshop/commodity_param/ctc/+/shc/19M-000009/cmc/14/backURL/http%28++www.47club.jp+webshop+main

 ちなみに先週、よって名前を忘れてしまった熟成の利いた赤のスパークリングワインは「シュタインガー ツヴァイゲルト セクト」と言うオーストリアのワインでした。辰巳さんの奥様が僕のブログを読んで、名前をちゃんと教えてくださいました。こちらも早速ネットで調べて1本我が家用に調達いたしました。

 

 

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2009年4月25日 (土)

山田センセーNHK

 そういえば、今日打ち合わせから帰ってきたら妻が「山田先生NHK出ていたよ」とNHKゆうどきネットワーク『●ニッポンを斬る 「格安宿泊プランの裏側」』と言う番組を録画していてくれたので、ちょっと見ましたが懐かしかったなあ、「教えて山田センセー」がNHKに出ていました。山田先生は「女子大生会計士の事件簿」の原作者だったわけですが、僕にとっては同番組7話のゲスト俳優でもあったわけですから、原作者であると同時に被写体として見てしまうんですね。今日の山田先生は、僕の演出会で台詞を喋っている時よりずっとリラックスしてすっかりカメラに慣れていらっしゃるように見えました。

 元気そうで何よりです。また機会があればお会いしたいな。

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2009年4月24日 (金)

打ち合わせとか鰻とか

 午前中から広尾で一瀬さんとライターと映画の脚本打ち合わせ。お昼過ぎから、ライターと共に渋谷の「大和田」に入って、鰻を食べながらさらに打ち合わせ。大和田は、渋谷の外れにある昭和初期の建物を使った老舗中の老舗だが、食事を取るのが風情ある全て日本間の個室と言うのがよい。鰻が焼けるのを待ちながらゆっくりと打ち合わせし、食事してまた小一時間畳の部屋で足を伸ばして、徹底的に打ち合わせ。なんだか昔の映画人になったみたいで良かった。外でライターと会って打ち合わせと言うとファミレスでドリンクバーのコーヒーを腹にたっぷり入れながらの打ち合わせが多くなるが、幼児を連れたお母さんたちがやってくるとけたたましい笑い声と子供のはしゃぐ声で打ち合わせになんかならなくなってしまうことが多いので、缶詰になって泊まりで旅館で脚本を仕上げると言うより、数時間の打ち合わせならこういう個室でうまい鰻なんかを食いながら話をすると、結構いいアイディアが浮かんできたりする。

 鰻は1匹半はいったうな重はさすがにきついので、1匹入ったのにしたがこれでもうお腹は充分だった。「大和田」は外に出ると、ラブホテルの看板が並ぶホテル街の一角になってしまったが、隠れ家的な要素があって中々楽しかった。うまい鰻食ったんだからいい脚本あがってくることを信じよう!

「大和田」の鰻は、関東風の蒸した柔らかい鰻であるが、厚みがあって食べ応えがあり大変満足の鰻だった。

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女子高生の下品なファッションに関して

 数日前に横浜から川崎へ帰ってくる電車に乗っていると、鶴見あたりから女子高校生たちが大挙して乗ってきたんですが、その中の数人がスカートの下にジャージを履いていたりするんですね。長いのをはいている子もいれば、短く自分でカットしてスカートのしたから半ズボン履いているような子もいる。煤煙の街鶴見だからかなとか思ったけど、そんなのダウンタウンブギウギバンドの頃の話だし、充分首都圏なわけで、彼女らもある意味「東京少女」なわけで、都会に住む10代の女の子の服装としては非常にみっともないなと感じました。

 少し前の話になりますが、「恋する日曜日」のロケ中、ロケバスに乗っていて、同じようなスカート内ジャージの女の子が外を歩くのを見つけた時、水沢エレナさんは「絶対ああいう格好は許せない。信じられない。見るのもいや」とちょっと怒った表情で言っていました。同世代のセブンティーンのトップモデルである水沢さんが言うんだから、やはり本当に格好悪いんでしょう。でもきっと本人たちもださい格好であると言うことはわかっているとは思うんですよね。その方が暖かいとか、服装を乱して着るのが楽で楽しいってこともあると思うんですが、10代のうちはそんなに化粧をしなくても充分美しい可愛い時期でもあるのと同時に、自分がいかに美しく見えるかを客観的に身に着けていって欲しいものだと思うわけです。

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2009年4月22日 (水)

黒沢清の数学的な演出術

ディレクターズカンパニー末期の頃、高橋洋さんや黒沢さんの紹介でディレカンとは縁も所縁もない若手監督がドラマダスと言う関西ローカルのドラマ枠を何本か撮ることになり、しかし、やはり撮影所的気質のディレカンのスタッフは、一応相米組、池田組、井筒組など監督系列の助監督たちが多かったので、インディーズや自主映画上がりの監督の助監督はやりたがらなかったので、自然とこういう仕事は黒沢組の出番となり、黒沢さんがラインプロデューサーをやり僕がチーフ助監督を勤めた「裸でご免なさい」と言うドラマがあった。監督は植岡喜晴さん。殆ど自主映画のような現場作りで、役者もひさうちみちおさんが主演で、かとうけんそうや僕や黒沢さんも自ら出演したりしていた。

そんな撮影が廃墟で、深夜に及んでいた時のことだった。植岡さんの演出で、円筒形の鏡の中に人の顔が覗くと言うカットがあった。サミュエルフラーの演出や黒沢さんの「ドレミファ娘の血は騒ぐ」などでもやっていたカットの流用で、違うのは鏡が均等に何枚か内側に貼り付けられていて人の顔が万華鏡のように映りたい。と言うものだった。だが、これを美術部が忘れてしまったのだ。その報告を下の助監督から受けて、僕と黒沢さんは「どうしようか?」と考えてしまった。美術部は単に倉庫に忘れてきたと言うことだけではなく、すっぽりプランから抜け落ちていたのだ。助監督を怒りつけるのは簡単だが、それでは何も解決しない。この頃の僕は現場処理の天才的な閃きが結構あって、廃墟の地下のトイレに何枚か鏡が貼り付けられたままであることを思いついた。黒沢さんと地下室まで行くと、「これは使えるね」と黒沢さんは言った。そして、一階のホールに戻ってくるとおもむろに紙にボールペンで線を引き始め、何センチの鏡が何枚あれば均等に人の顔を取り囲んで映し出せるかを、図形と数式を用いて計算し始め、美術部に地下の鏡をどれくらいの大きさに切り取ってくれば成立するかを指示出し始めた。

結局この作戦は成功し、撮影は事なきを得た。それからしばらくして僕が一度現場へ行って、もう一度ホールへ戻ってくると、黒沢さんが一人で紙に延々と何か書き込んでいた。「何してるんですか?」と声をかけると、「いや、どうせ朝まで撮影だろうから退屈してねえ」と、紙を見せてくれた。そこには何通りもの図形と数式が書かれていた。自分で任意に円と線を書き、そこに交わった部分の面積を計算する問題を自ら作ってから方程式を用いてその問題を解くということをしていたのだ。僕は知り合いで、数学の問題を自分で作って自分で解くことを暇つぶしにやっている人をその時にはじめて見た。同時に黒沢さんの演出の方法論のルーツをそこに観た気がした。

「スイートホーム」の頃まで、黒沢さんの現場ではクランクアップまでの全てのコンティニュティが事前にスタッフに配られていた。このコンテが実に息を呑む見事なコンテで、コンテを見ただけでどういう映画が出来上がるか全てが計算し尽くされ、尚且つその絵に躍動感があった。そのコンテを見て、少しは映画的知識がある人なら、どういう映画を撮りたいか完全に把握できてしまうコンテだった。例えば寄りの絵があって、次に引きがあてと言うことでだけではなく、引きの絵の中で人物がどういう方向に向かって芝居をして、どういう方向からカメラが撮るのか全てが書かれていた。それはまさに数式だった。このシーンはこう撮らなくてはいけない。映画と言うものが、いろいろな撮り方があって、今回はこの撮り方を選択しました。と言う余地を残す文学的なものではなく、唯一無二の絶対なひとつの価値観だけ、まるで数学の方程式のような演出術だった。ただし、この演出術には罠があって、ひとつでも撮りこぼすと数式が成立しなくなると言うことだった。「スイートホーム」の現場では、このコンテに伊丹十三氏が介入を始め、結局コンテが崩されていくことが多々あったのでコンテ禁止令がだされてしまったりしたこともあった。

「スイートホーム」の現場以降、黒沢さんはこのコンテ至上主義をやめて、1カットの長回しの中でどれだけ役者を動かし得るかと言うことに方針を転換し始めた。現実的な現場への順応と言うこともあったと思うが、だが、僕が現場で見た限りは、エキストラの動きまで全て計算して指示を出す姿に、やはり数学的な脳が黒沢さんの中では働いているのではないかと思われた。Vシネ以降の現場に僕はついていなくて、初号試写の時に見せていただいていただけだったので、なんとも言えないが、実際に20日間で2本撮りだった「勝手にしやがれ」シリーズなどでは、この1カットの中での人物の動かしが実に見事だった。

黒沢さんの映画の見事な演出を観ていると、深夜に独りで数学の問題を作り、解いていた姿を思い出す。この時代はとにかくアメリカ映画を我々でも撮るんだと言うことに果敢に挑戦し、そして挫折した時期でもあったので現在とは演出の考え方も違っていると思うが、文学的に映画を捉えがちな監督が日本映画には圧倒的に多い中、黒沢さんは極めて理数系的な監督であると思うのです。そういえば、あの頃のコンテは引越しの時に助監督になったばかりの青山にあげた気がする。少年のように目を輝かせて青山は持って帰ったと思うが記憶が定かではなくなってきた。

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2009年4月21日 (火)

恋する星座 MA

 朝、映画の脚本がようやく送られてきたのでお昼をはさんで14時頃まで熟読して直しの方向性、更なる修正箇所を洗い出す。流石に映画の脚本は長いので精査して読むと一本見る以上の時間かかる。本当はもう何回か読みたかったけど、夕方から「恋する星座」のMAだったので、麻布十番の遠藤のスタジオに出かけていく。

 「恋する星座」は音のつけ方が、ドラマ的な要素が残っていたので、もっと5分間のウエブムービー、それも携帯でも見ている人たちがいかに退屈しないで見ていけるかを考え、音付けの方向性を根本的にやり直したりしてもらったら結構遅い時間になってしまった。「怪談新耳袋」がかつて短編だった時代が4分50秒で、今回が5分。この5分と言う時間は結構長いんですよ。だから、少しでも間を作ると凄いたるくて長い時間を感じてしまうことになる。5分と言うのは結構語りきれる時間ではあるのです。それでいて、短い緩急は使わないといけない。かと言って、じっくりと芝居を観ていけると言う種類の内容でもない。しかし、こっちの無茶苦茶なオーダーに遠藤はよく答えてくれるなあ。今回バーナードハーマン「サイコ」だとか20年前のラテンディスコ曲(クラブではない)「ランバダ」とか「おくさまは18歳」だとか、好き勝手言ったものがちゃんとオリジナル曲として作曲されて出てくるものなあ。今回は1本だけ大幅な修正変更を頼んでも簡単に直せたのは、ここ数年で何十本も一緒にやっているので、お互いの読みはそう間違ってはいない結果だろう。

 「恋する星座」撮影の時は天災に見舞われ、雨、大風、雹などかなり大変なものがあり、雨待ちや雹待ちをしていたら日が暮れそうになって、1シーンを物凄いスピードで撮らなくちゃいけない局面を迎えたりして大変でしたが、真野恵里菜さんの頑張りとスタッフの力のおかげで中々面白いものが仕上がったと思います。BS-TBSでも放送されるので、ハイビジョン画質でも堪能できると思いますので宜しくお願いします。

 さて今日はもう一度脚本のお勉強だ。

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2009年4月19日 (日)

バラを見る会

 昨日は妻と共に成城の辰巳琢郎さん邸でバラを見ながらワインを呑むと言うパーティに行ってきました。草刈さんのおうちにも大きなパーティスペースがありますが、辰巳さんのお家にも相当セレブなさすが成城と言うようなパーティスペースがあります。普段はここでご息女のレッスンをやっていたりしています。辰巳さんの奥様がテーブルセッティングや飾り付けをやられていて、この日はさらに辰巳さん自ら照明セッティングもされて、庭に咲き誇るバラが美しくライトアップされていました。招かれているお客様たちも、芸能関係のみならず、辰巳さんの交友関係の広さを改めて驚いてしまうような財界の人々やオーストリア大使など本当に様々な人々がたくさん来ていました。僕は妻と、「陽炎の辻3」が始まったばかりの山本耕史さんや小澤征悦さんと映画の話やテレビと映画の現場の違いなど熱っぽく語り合って、中々楽しかったです。その間、音大に通う辰巳さんの娘さんが歌うクラッシク曲を聞いたり、ヴァイオリニスト松尾依里佳さんとチェロの村中俊之さんのデュオ演奏を聞いたりと言うイベントもあってついついワインも進んでしまいました。

 この2人の室内楽は本当に素晴らしくって、室内楽と言うものは本当に室内の空間で聞くと音の厚みが直に迫ってきて、コンサートホールで聞くのとは全然違う迫力を感じました。松尾さんはタレントとしても最近はネプリーグなんかにも出演なさっている素敵な若手の演奏家です。もし機会があれば聞いてあげてください。

 http://www.erika-m.jp/

 昨日はオーストリアワインがメインで中でも濃厚な赤ワインでありながらスパークリングになっているワインがあってそれが美味しかった。酔っ払っていたので銘柄の確認を出来なかったのが悔やまれます。

 そして深夜になろうとする23時頃に多聞さんがようやく来たので、僕は会場を案内してちょっとだけ歓談。もともと辰巳さんは多聞さんに紹介されたのですが、こうして皆で顔をあわせるのは初めてでした。多聞さんの登場で本当はもっと呑んでいたかったのですが、電車がなくなってしまう時間になったのとそれまで相当にワインを呑んでいしまっていたのでこれ以上呑むと間違いなく今日一日を潰してしまうことになるので失礼して返ってきました。本当に楽しい会で、こういう会に呼んでいただいた辰巳さん一家、それに辰巳さんと僕を引き合わしてくれた多聞さんには感謝です。人と人との繋がりって本当に大事ですね。

 成城の町を妻とほろ酔い加減で歩きながら、そういえば成城に住んでいた峰岸徹さんと草刈さんと3人でこの成城で呑む約束をしたのに果たせなかったなあと、そんなことを思い出しました。

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2009年4月17日 (金)

フロスト×ニクソンとか必殺2009とか

 午前中「恋する星座」の音楽効果表を書き上げて、参考曲をituneのファイルに変換して遠藤に送る。

 午後からはチネチッタでやってくれている「フロスト×ニクソン」を観に行くが昨日の編集と今朝の作業の疲れで、映画の面白さとは別に物凄い睡魔に襲われる。何か凄い面白いそうなんだけど時々記憶が薄れ、気がついたら映画が終わっていた。体調の良い時に出直さないと駄目だな。

 帰ってからあまり愉快ではない横浜ー阪神戦を観て、終了後「必殺2009」を見る。映像や美術のクオリティは最近の時代劇の中では素晴らしいが、やはり巨悪の黒幕は中村モンドに卑劣な殺し方で殺して欲しいと思う。ヒガシが主役じゃなくてはいけないと言うのと、世代交代と言うのはわかるが、必殺シリーズ独特の殺しの非情さに欠けている気もするがそれは時代性だと諦めるしかないのか・・・。スタッフが頑張っているだけにいつも残念な出来だなと思うおとが多い。やはりヒガシとマツオカにはアクションを担当してもらって、悪党の中でも強くて悪い中ボスを倒してもらい、モンドには黒幕の大物を待ち伏せして、捨て台詞と共に相手の刀を使って切腹に見せて殺すとか、そう言うセオリーが合っている。あと、今日のドラマで言うと、やはり渋谷琴乃は赤ん坊の前で片桐竜二や上杉祥三に手篭めにされてボrボロになって初めて「仕事人」に頼みにいくというエピソードがないと、ラストの必殺シーンへのエモーショナルが高鳴らないのだ。まあ、80年代以降は昔のシリーズでもエロ部分は切り捨てられて、コミカルな要素が多かったものね。最初は深作欣二、三隅研次、工藤栄一で始まってやがて工藤監督が不動のシリーズに創り上げてったわけですが、僕自身は「新必殺仕置人」までが好きでした。

 まあここまでのクオリティを再現してくれているのだからないものねだりはしょうがないか・・・。ちなみに僕は必殺シリーズはかなり大好きなので、シリーズの「殺しのテーマ」ばかりを集めたサントラをいつも聞きながら歩いたり、自分が緒方拳や山崎努になったつもりで走ったりしているときもあります。

必殺!The BEST Music 必殺!The BEST

アーティスト:TVサントラ
販売元:キングレコード
発売日:2000/08/23
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2009年4月16日 (木)

虫歯治療&恋する星座 本編

 午前中は歯医者で虫歯治療。先週抜いた歯の前後にブリッジをかけるので、その歯を完全なものにするために小さく虫食っていたいた箇所を治療。簡単に終わるかなと思っていたら、前歯からブリッジをかけるので前歯、奥歯2本分都合3本の歯を麻酔をかけて抜髄。また根っこの方までぐりぐりやられ、麻酔かけているから痛みはないものの生態反応で体が驚いてしまったのか治療後治療した回りが腫れてくる。麻酔が引くと同時に腫れも引いたんだけど、なんとなくグジグジして嫌な感じ。まあ、これも何年も虫歯を放置していた罰ですな。良い子の皆さんは本当に早めに歯医者さん行きましょうね。

 口の中に大きwな違和感を抱えながら、新井薬師の編集室まで「恋する星座」の本編。ウエブドラマだからと、いつもとは少し演出方針を変えて撮っていたんだけどオフライン上がってみたらそれが中途半端なサイズになっていて、繋ぎがあまりうまく行っていなかった。これは当初、引きを少なく、芝居を長回しで見せる演出を封印、漫画のコマ割りみたいなカット割を多用しようと思ったのが、いきなりの大雨だとか雹だとか撮影が出来ない状況が続いて結果的にカット数が制限されたためだった。そこで、編集で大胆にカットを飛ばしたりコマ変換多用したり、デジタルでエフェクトかけまくってみたりと、PV編集のような編集になった。編集的には、2年前のホークス多村選手PVの経験が生きた。もっと言えば編集の大永PV理論の引用だ。最終的には結構楽しい仕上がりとなったが、撮影前の計算がもっと出来ていれば今回のように編集で苦しむ必要もなかったわけで、新しい表現に挑戦していくのはやはり中々大変なことだと言うことがわかった。少なくても現場の演出方針を大きく覆していくようなことを編集でやるのは潔くないと感じてしまうほうなので、反省しつつ、それでも柔軟に対応できるようになったのは逆に年の功なのかもと思ってしまう。まあ、最終的に面白くなれば過程はなんでもいいんだけど。

 帰ってスカパーでベイスターズの試合を見て、音楽の遠藤に送る参考楽曲をファイルにまとめる。エンニオ・モリコーネとバーナード・ハーマン。MAはかなり面白くなりそうだ。

 「恋する星座」

http://www.tbs.co.jp/koisuru_seiza/

TBS初のネットオリジナルドラマです。

 

 

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2009年4月15日 (水)

親戚の葬儀とかいろいろ

 ここ数日はちょっとしたトラブルがあって脚本打ち合わせが延期になったり、義父の従兄弟で我が家のホームドクターだった方が亡くなって葬儀があったり、某大手タレント事務所のカメラテストにそうっと遊びに行ったりいろいろありながら、真野さんのウェブドラマの編集も家で地味にやっていたり何かとバタバタした日々が続いていました。

 ホームドクターだったヒデちゃんには僕も2年前に1ヶ月以上長引いた風邪の時にお世話になっていて、この時はまだヒデちゃんの奥さんが受付をやっていたんですが、この奥さんがその年に心臓発作で亡くなって、ヒデちゃんもその後を追うようにして1年半後に亡くなってしまったと言うわけです。やはり年をとって先に奥さんを亡くされるとどこかで何か大きいものを失ってしまうんでしょうね。生きていくうえで必要なものが。そういった意味では親が亡くなってしまう時より長年連れ添った伴侶が亡くなってしまう方が辛いんでしょう。僕も妻に先立たれたら生きていく力を失ってしまうかもしれません。葬儀に出ながらそんなことを想っていました。僕らももうすぐ50歳を迎えるわけですが、一日も無駄に出来ないなと強く想いました。それはともかく、親戚がホームドクターだったと言うのは非常に心強かったわけで、ちょっとしたことでも相談にいけたし、逆に親戚に大事が起こっても大きな病院や医者への紹介とかスムーズにいけたし、ひでちゃんが亡くなってこれからどうなっていくのかちょっと不安でもあります。

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2009年4月11日 (土)

グラントリノ 試写

02 これは完全なるイーストウッド映画だと思った。そしてラストは俳優クリント・イーストウッドが観客に本当の「さようなら」を告げた鎮魂歌だった。あの瞬間、僕には「荒野の用心棒」以来不死身だったイーストウッドの様々なヒーローの姿が脳内を流れた。銃弾を受けても立ち上がってくるイーストウッド。変質者と激しい銃撃戦を繰り広げるイーストウッド、雨あられと降り注ぐ銃弾の祝福を受ける中ソンドラ・ロックと共にバスで特攻したイーストウッド。そのイーストウッドにまさにお別れを告げられてしまった。「センチメンタルアドベンチャー」の死とは違う。これが50年間スターとして燦然として輝いて来た俳優の真の「男の花道」の俳優引退映画。その瞬間から僕は涙を止めることは出来なかった。映画を見てこんなに泣いたのは久々だ。そして、その最後を現代西部劇の「ガンマン」映画として締めくくったところに優秀な監督であり尚且つ素晴らしい「スター」だったイーストウッドの栄光を感じる。

「荒野の用心棒」をテレビで見てマカロニウエスタン中毒となり、「ダーティハリー」以降は常に同時代者としてイーストウッドの映画を見続けてきた僕にとって、「グラントリノ」はあまりにもすばらしいがあまりにも寂しい気持ちにさせてくれる映画だった。

 ありがとうございます。少年時代にあなたの映画に触れたおかげで僕は映画を愛することを知りました。そして今日、映画の中であなたとの別れを告げられ非常に寂しい気持ちになりました。でもあなたが教えてくれた映画の素晴らしさを少しでも受け継いで、残りの人生の中で自分も輝いていけるように頑張りたいと思います。本当にお疲れ様でした。

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2009年4月10日 (金)

口裂け男

 歯を抜いたあとの腫れは治まってきたものの、今朝になって抜いた方とは反対側の唇が裂けて痛い。以前もあったんだけど奥歯の虫歯治療すると口が大きくないので、治療の際に口を大きく開けたままでいると唇の端がいつも裂けて口裂け男になってしまうのだ。

 ところで今朝から古い東芝HDレコに入れたままにしてあったデータをDVDRAMに焼いて移行させているんだけど、新しいブルーレイレコに比べて随分と不便なことがわかる。5年くらいで随分と変わるもんだなと思うが、ブルーレイメディアもいつまで持つものなんだろう。ただ、こうしてメディアチェンジしても残していくのは成瀬とか中川信夫のソフト化されていないものばかりなので白黒のフィルム状態もそんなによくない古い映画ばかり・・・。結局画質は正直拘らないものばかりになっていく。ハイビジョンで今後何十年も残るものを創ることは出来るのだろうか・・・。

 いまはライターの脚本上がり待ちと先週撮ったドラマの編集待ちなのでこういうときに整理できることは整理しておかなくては。整理が終われば東芝の当事のフラッグシップモデルもいよいよお疲れ。5年間お疲れ様でした。

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2009年4月 9日 (木)

虫歯抜いてきたあ

 年末から腫れて3ヶ月治療を続けてきた歯が結局直らないので抜くことになりいま抜いてきました!麻酔覚めたらいてえええ!

 今日はとりあえずお休みします。

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成城の桜吹雪の中で考える

Photo  昨日も成城で某俳優さんの御息女の個人レッスンを妻と共に。先月まではシェイクスピアだったんだけど、今月からは岸田国士の「葉桜」と言う戯曲をテキストに使い始める。やはり一人に対して2人でマンツーマンで芝居のレッスンをやっていくと格段に芝居が上達していく。半年近くやっているけど、やはり基礎を徹底的にやっていくのが良い。芸術家であるうちの父親もフルートのレッスンを長く続けて来て、工藤重典さんと言う世界的なフルート奏者を生み出すことが出来たわけだが、父に聞いた話では「面白くなって来た時に急いで先には進まず、とにかく基礎を1年でも2年もやり続けることが芸術にとっては最も早道」なんだと言う。僕は芝居も同じではないかと思う。発声、カツゼツなどの基礎がきちんと出来てこそ、初めて独自の表現能力が活かせると思うのだ。だからちょっと芝居をかじって慣れて来た人たちの小劇場の舞台がつまらない時があるのはこうした基礎を大事にしてないことが往々にしてあるからだと思う。野球の投手の練習と一緒だ。走りこみといった基礎を大事にせず、フォークボールだカットボールだと言う小手先の変化球の取得を覚えようとするどこかの球団の選手の惨状を見ても、基礎が重要であると言うことが嫌と言うほどわかる。

 ただ基礎を積み上げていくのは退屈な作業でもある。必ずしも楽しい作業ではない。父が工藤氏を生み出したあと、中々芸術家の育成がうまくいかなかったのは、習いに来る人たちがやはりどこかで「楽しくフルートを習える」ことを求めたからだと思う。昔、父が依頼を受けて帯広に市民交響楽団を創りに行って挫折した時は楽団員から「我々はそこまで上のレベルを求めるのではなく、楽しく演奏したいんです」と言われたことがあるそうだが、全ての人が芸術を極めようと音楽に接しているのではないと言うことがよくわかる。これはこれでアマチュアリズムの中では成立してて、父の空回りだった部分もあるのかもしれないが、僕らの仕事でも楽しく物を創る事と本当の一流になるために試練を乗り越えていくことはどこかで相容れなくなる時もあるのは確かだと思う。

 そういった意味では、現場は楽しく自分には厳しくが重要なんでしょうね。

 写真は成城の桜並木の下で。あまりに桜吹雪が見事で、かつては世田谷に住んでいたのに桜吹雪の中を歩くのは初体験。リアル鈴木清順の世界でした。携帯の写真ではあんまりわかりませんな。

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2009年4月 7日 (火)

エクソシスト3と杏っ子

何も共通するものはありません。ただ新しく買ったブルーレイレコーダーに最初に入れた映画だったので、昨日2本続けて再鑑賞。敢えて共通するとすれば「立派な老人が理不尽な暴力に立ち向かう映画」か・・・「エクソシスト3」のジョージ・C・スコットはこれでラジー賞貰ってしまったそうだが、僕は晩年の大傑作だったと思います・・・。「杏っ子」の山村聡は、自分の娘に降りかかる日常的な暴力に対しどこか優しすぎるのだが、それがゆえに悲劇が深まっていくことを意識できないインテリの駄目な部分も垣間見えて面白かった。「山の音」の舅といい「杏っ子」の一見物分りの良すぎる父親といい、ちょっと娘との間に異常な空気を「爽やかな演技」であるがゆえに生み出してしまう演出は凄い。それにしても山村総さんは芝居が本当に巧い。子供の頃はホームドラマ、時代劇、刑事アクションとあらゆるジャンルのテレビドラマに出演していたので、そんなには感じなかったけど、成瀬の「杏っ子」や「山の音」の山村総を見ていると、地に足の着いた確りとした芝居でそれでいて自然な表現が出来ていて、まさに成瀬の世界観を代表する役者だったんじゃないかと思う。

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2009年4月 5日 (日)

開幕2連敗と中日投手陣

 ナゴヤドームで2連敗して、選手のブログなんか読んでいると既に暗黒ムードを漂わせていて去年の大敗したシーズンを思い出させる展開になりつつあるベイスターズ。そりゃ、監督も変わらずたいした補強もしていなければそんなに強くはならないが、もうチーム強化を根本的に考えなくてはいけない時期に来ているのではないかと思います。と、言うのも中日の投手陣浅尾と吉見の好投の裏にはやはりキャンプにおける練習のクオリティの違いと言うものがあると思えるからです。

 Photo Photo_2 Photo_3 Photo_5

これは北谷の中日キャンプで走り込みを行う山本昌投手と、投手陣全員が強化トレーニングに使用としてる陸上競技場です。

 僕はベイスターズのキャンプを見学に行っていた時に隣町の北谷でもキャンプを行っているドラゴンズキャンプを見に行っていたんですが、ベイスターズキャンプとの一番の違いはこの「走りこみ」の量でした。ベテランの山本昌こそ自主性に任せて走らせていましたが、それ以外の若手~中堅の投手たちは全体練習終了後に必ずこの陸上競技場に集められ、一定程度のタイムをクリアするまで何度でも何度でもそれこそ血反吐を吐くまでくらいに走り込みをやらせれていました。今回好投した浅尾投手、吉見投手も若手に混じって苦しい表情を浮かべながら走り込みを行っていました。

 一方のベイスターズにも、これほど立派な陸上競技場ではないにしろ、隣接する運動公園の多目的広場に走りこみをする場所がしつらえてあったのですが、強化トレーニングとしての走りこみはコーチは付き合わず選手の自主性に任せてあるのみ。そして一週間の滞在中にここで走りこみを行っていた選手は横山と吉見、工藤の3人のみでした。少なくてもドラゴンズのようにトレーニングコーチが檄を飛ばして走り込みをさせている光景はまったくなかった。

 ベイスターズとドラゴンズの投手陣の差は、こうした「走りこみ」の差にも現れているのかもしれません。かつて森監督の時代には現在のキャンプ地位外に別途陸上競技場を借りてそこで強化トレーニングを行っていたようですが、山下監督以降は全て選手の自主性に任せた方針がとられているようで、こうしたトレーニングに対する両チームの意識の違いが勝敗にそのまま現れているような気がしてなりません。

 もう何年もバケイションを兼ねてベイスターズキャンプ見学に行ってる僕ですが、やはり低迷以降のベイスターズキャンプはあまりに選手の自主性を優先しすぎる「ゆとりキャンプ」過ぎると思います。見ている方は選手も楽しそうでいいのですが、やはりコーチも選手も目の色を変えて練習する迫力には欠けていて、勿論、ドラフトの大失敗、外国人補強の失敗など編成にも問題ありますが、チーム強化、育成方針そのものに問題があるような気がしてなりません。村田、内川など自主性に任せていても強化されていく選手もいますがチーム全体としての底上げは編成の問題だけではなく、こうした育成方針にもあるような気がしてなりません。

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2009年4月 4日 (土)

花見と開幕

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昨日クランクアップで、今日はお休みにしようと思い、近所の「夢見ガ崎動物公園」へ妻と花見に行ってきました。ここは、川崎市が運営している本当に小さな動物園で無料でレッサーパンダやシマウマ、ゾウガメなんかが飼育されています。「夢見ヶ崎」自体は古墳が会った歴史的な場所を公園にしたもので、ちょっとした高台にもなっていて眺めも中々いいです。花見の方は酒は呑まずに、近くの商店街の肉屋で売っているとびきりうまいヒレカツサンドを買い、家で淹れたコーヒーをポットに入れて持って行きました。桜はここ数日の寒さもあってか実はまだ七部咲きってところで満開とは行きませんでしたが、自然と動物たちに癒されて帰ってきました。

 で、開幕したんですが・・・まあ、予想通り。我々ベイスターズファンにとっては苦闘の日々がやってまいりました。

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2009年4月 2日 (木)

クランクアップ

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「恋する星座」と言う真野恵里菜ちゃん主演のWEB用のミニドラマを3本撮り、今日がそのクランクアップでした。真野さんとは今年の正月にも「東京少女」で一緒だったので、またすぐ再会出来たのは嬉しかった。ただ今回は、強風やら突然の雹やら天候には随分と悩まされ、いろいろ当初の演出プランを変更せざるを得ないことになったり大変でしたが、真野さんはどんな時でも笑顔で現場に入ってきてくれて、挫けそうになる心を何度も奮い起こすことが出来ました。今日は「刑事まつり」や「血を吸う宇宙外伝」で怪演をした西田さんにも飛び入りで参加してもらって、中々弾けた出来のものが出来そうな気がしました。

 ただWEB用のドラマと言うことで、時間がない撮影の時に磨いてきた、いつもの長回しで役者を出来るだけダイナミックに動かして芝居を撮ることで現場の効率を上げながら作品のクオリティも上げていく、と言う作戦を使えず、かと言って細かくカットを割っていく時間もあるわけではなく、これはイーストウッドが言うところの最低限のカットの表現で最高の成果を上げる工夫が必要になってくるわけで、これは随分と勉強になりました。きっとWEBドラマにはWEBドラマの物語の経済学が必要なんだと思いました。2年ほど前にも福永マリカちゃん主演でWEBホラー短編を1本だけ撮ったことがありますが、あの時よりもっとWEBを意識したものになっているのではないかと思われます。

 しかし僕の風男ぶりも相変わらずでした。なぜか僕が現場に行くと晴天なのに台風のような強風に見舞われることが非常に多いです。今日のも中々でしたが、5年前に「銭形泪セカンドシリーズ3話」で、荒川の河川敷の野球場で撮った時も凄かったし、2年前の「恋する日曜日 卒業」の日も凄かった。ああいう強風に見舞われながら「潤む悪の雫」と目をいったん閉じてから開かせたり、初めての出演なのに強風の中で涙を流させたり・・・撮影と言うのは雨の場合は中止になることがありますが、抜けるような晴天である限り強風の場合は撮影を滅多に休むことがないですから本当に大変でした。

 それにしても真野恵里菜さんは着実にスターの道を歩んでいますね。オーラが出まくっていました。勘が良くて頭がいい。だからこちらの狙いを即座に自分の表現にしてくれる。だから歌などもきっといろいろな難しい曲にもきっと挑戦していけるんじゃないかと思われました。まずは持ち前の明るさと強さを前面に出して、マルチなエンターティナーになっていって欲しいと思いました。

 そういえば、「この間家が近いからチネチッタのイベントにちょっと行こうかと思ったけどいけなかったんだよ」と言ったら「その日の昼にセンター北でもイベントやってて、鈴木浩介さんからも「近所だから行こうかと思ったけどいけなかったよ」って言われました!」と屈託のない笑顔で言われたけど、目の奥で「大人はそうやって来る気もないのに嘘をつくのね」と言われている気がしました。いや、僕は本当に行こうかなと思ったんですよ!ただその日は横浜スタジアムでベイスターズのオープン戦が・・・。

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妻のバースディ

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日曜は妻の家族と共に近所のイタリア料理屋に集まって妻のバースディを祝いました。お酒の持込が自由だったので、僕はバースディプレゼント代わりに「神の雫」ことシャトー・ド・ル・ピュイ1本とモエ・エ・シャンドンインペリアル・ネクターを2本を買って皆で飲みました。ル・ピュイに関しては先日も紹介しましたが、モエ・エ・シャンドンのネクターは前からお祝いの日には買ってのみたいなと思っていたシャンパンです。もともと口当たりのよいシャンパンを求めるアメリカ市場向けに開発されたものですが、この日のように幅広い年齢層の人が集まる場所ではネクターの名前のとおり、果実味が強くそれでいて爽やかな味わいのこのシャンパンは大変良かったと思いました。

 月曜は本来の妻の誕生日だったので、花束を買って帰りました。ただ、前の日は楽しく食事会に参加していた義父の耳の状態がまた悪くなったようでこちらはちょっと心配です。

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