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2009年8月

2009年8月31日 (月)

選挙

 今日は衆議院選挙の投票日。僕も妻とともに、いつもよりちょっとだけ早く家を出て、近くの小学校で投票してからジムへ行き汗を流してきました。

 ところで、皆さんは最高裁判所裁判官国民審査に関してはどうしてますか?今年から裁判員制度と言うものが始まりましたが、最高裁の裁判官を一応国民投票で決めようと言うのですから、もっともっとそれぞれの人たちの経歴はわかり易く、テレビやニュースで紹介するべきだと思うんですよ。どういう人がどういう裁判で、どういう判決を下してきたのか?僕はインターネットのサイトで結構調べて、何人かには×をつけて来ました。調べると、実は司法試験も受けずに天下り的に裁判官になっている人もいたりして、そう言うことは中々わかりませんからね。マスコミは選挙を劇場化するのはもうやめて、もっと真面目に国民の一票を無駄にしない努力をしてほしいものです。

 と言うわけで、選挙速報の番組には途中でうんざりですね。もう完全にショー化している。今回で言えば、もう自民党の大物議員を民主党の女性新人議員が落選させてしまうことを、面白おかしく劇場化して報道している気がしましたね。それで選挙に関心が行くならそれでもいいんでしょうが、ちょっと民主の風の吹き方に関しては正直、4年前の郵政選挙自民圧勝とそんなに変わらないちょっと不快な気分になりました。これで世の中が本当に変わるんだろうか?どうも世論が感情的に突き動かされてしまうのは怖い気がしますね。自分たちの将来に直結していく選挙なんだから、逆にもっと冷静でありたいなと思う次第です。しかし小選挙区だとこんな結果にしかならないのかなあ。

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2009年8月29日 (土)

打ち上げ

 昨日は15時から赤坂で打ち合わせがあって、夕方からTBSに移動して本社屋の中のパーティ会場で「銭形命」と昨日の「サマーパーティ」の打ち上げで、全員集合!と言うことになりました。立食パーティだったので、居酒屋の打ち上げと違っていろいろな人と歓談できたのが楽しかった。ただ、壇上の挨拶の時はかなり酔っ払っていたので、くだらない話をしてしまったことが悔やまれる。もっと気の利いた挨拶をすべきだった。しかし、やはりこのパーティに若松孝二監督がいるのが面白い。「僕は「連合赤軍」なんて映画を撮っていますが、刑事が出るドラマを撮ったのは僕の息子ですから気にしないでください」なんて冗談交じりに挨拶していたけど、70過ぎても若々しくて素晴らしかった。

 結局、昨日一番話をしたのは前日のブログでもその司会ぶりを褒め称えた小出早織ちゃん。僕らのテーブルに挨拶に来てそのまま約30分以上もいろいろ話をしてしまった。彼女としては、僕が不安に思っていた2年前のシアターアプルの件があったので、今度は絶対にリベンジしてやろう!って誓って頑張ったそうです。演出の鈴木浩介とも随分ディスカッションをして、家へ帰ってからも寝る間も惜しんで考え抜き、自分なりのプランをたくさんぶつけてリハーサルに望んだそうです。それ以外にも、最近の仕事の話とか今後の話とか、1年前に「女子大生会計士の事件簿」で仕事をしたときより、何倍も欲が出て、アクティブになってきているので、かなり一皮も二皮も剥けて新しい小出早織が誕生するんじゃないかとか、期待するに充分なものを感じました。当然そこには、脚本家の人たちもいて、『小出早織』のためになんか企画を頑張らないと!とか、盛り上がりましたが、これがパーティの席上での酒が入った社交辞令に終わらないように僕も頑張らないといけないなと思いました。

 その後いろいろなひとの挨拶などありましたが、命役の岡本あずさちゃんはもう滂沱の涙で感動を表していました。1クールではあったけど、彼女が得たものはかけがえのないものだったのではないでしょうか。

 でも実は昨日一番嬉しかったのは、パーティ途中で諏訪太朗さんが携帯をそっと持ってきてくれて僕に渡してくれた時のこと。電話口の向こうからは「ハーーイ監督!元気い!会いたいねえ!みんなも元気かなあ 」と、バーボン刑事の声。しばらく会っていなくて、来月に入ったら必ず会おうねと約束。なんかその声に思わず涙が出そうになってしまいました。

 その後、僕としては珍しく二次会にも出向き、現場スタッフの竹安さんやマックスと歓談。田沢監督とも久しぶりに呑んで、いろいろ企画の話までして、深夜に帰宅しました。

20090828183317写真は小出早織ちゃんと。小出さんの隣は昨日のサマーパーティでデビューした岡崎歩美ちゃん。凄く可愛いですよ。夏帆ちゃんを最初に連れてきたマネージャーさんが「とにかく今イチオシなんです!」って紹介してくれました。

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2009年8月28日 (金)

BS-TBS サマーパーティ

 午前中歯医者へ行き、歯の根っこ治療の「最終的なお薬を入れます」って言う一番痛い治療。もう、歯はあちこちボロボロだったんだけど、徐々に治しています。それでもようやくこれで半分。全部の歯が治療し終わるのは12月頃になってしまうんではないかとか言われる。

 一旦帰って家で妻と食事をして、午後から赤坂駅で甥と待ち合わせ、BS-TBSサマーマーティin赤坂BLITZへ。招待席だったが妻が家の用事で行けなくなったので、慶應医学部の甥を連れて行くことになったのだ。席に着くと安藤監督や田沢監督もやってきて、しばし歓談。歯の治療の痛みを若干抱えながら観劇する事に。

 昼の部だというのに結構観客が入っていたなあ。「ケータイ刑事」人気と言うのもあるかもしれないが、今回は真野恵里菜ちゃんもゲストで歌ったので、そっちのファンの人たちも多かったように思う。

 今回は、「ケータイ刑事」の1話分の演劇と、殆どは歌謡ショーだったわけですが、ゲストの真野さんの歌以外は、今までのアンドリウドラマの主題歌総決算と言う感じで、いろいろと思い出が過って個人的にはちょっと胸に来るものがありました。

 出演者の皆さんは、短い時間の稽古で本当に頑張っていたと思いますが、僕の個人的なMVPは司会を担当した小出早織ちゃんでした。小出さんは「女子大生会計士の事件簿」のメイキングとか見るとわかるんですが、頭がいいから生トークが上手なんですよね。2年前に、「銭形海の文化祭」に飛び入りゲストで出たときは、ちょっと不安な感じもあったので、今回はちょっと心配しながら見ていたのですが、そんな不安を吹き飛ばすくらいに生き生きと、トークと歌を披露していて、ある意味「小出早織ショー」みたいな感じもあったと思います。その生き生きとした表情がまた可愛かったんですよ。

 舞台が跳ねてから楽屋に挨拶に行って本人にそのことを伝えると「その言葉は涙が出るほど嬉しいですけど、まだ後半が残っているから、そんなに誉めないでくださいよお」と言いながら凄く喜んでくれたので本人も本当に頑張っていたのだと思う。今日は、新しい小出早織ちゃんの魅力を見つけられたことが僕にとっても本当に嬉しかった。そして僕が連れて行った甥はそんな小出さんを見て人目でファンになったようだった。

 ところで諏訪太朗さんに挨拶に行くと、27年も付き合いがあるのに、最初まるで僕が諏訪さんより年上のベテラン監督に接するみたいな丁寧な口調だったが、あれはなんだったんだろう?最初、僕の後ろにもう一人別の監督がいて、その人に喋っているのかと思った。まさか僕の背後に山田辰夫さんの霊でもいたわけでもあるまいに・・・。

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2009年8月23日 (日)

追悼呑み会

 青山真治と目黒のネパール料理屋で、山田辰夫さんを偲ぶ呑み会。のはずが、いつの間にか山城新伍を偲ぶ会になり、そこから脱線して鈴木則文監督の正当なる評価とは何かとか、俺らにとってはやっぱり70年代のアメリカ映画と言うものがいかに重要なものであったかとか、久々の呑み会だったのに昔一緒に黒沢清監督の下で助監督をやりながら映画談義をしたこととなんら変わらない内容の呑み会となり気がつくと5時間も映画のことだけを語っていた。

 思えば黒沢さんの現場では、終日映画の話ばかりで会話が弾んでいた。さすがに撮影中はそんなことなかったけど、ロケハン車の中では黒沢さんのホラー映画講義があったり、東映映画に対する考察なんかがあったり、黒沢さんの映画に対する教養、それだけではない一般的な歴史的な教養だとかそう言う内容に着いてこられないと「あいつはもういらない」とまで露骨に黒沢さんは言わなかったけど、スタッフにはなれなかった。そこが、昔の黒沢組の青かったところでもあり、いいところでもあった。比較すると、長崎俊一組はこれとは正反対で、今やっている作品以外の映画の話をしても長崎さんは絶対に乗ってこなかったし、いきなり車の中で監督に「あのシーンのここなんだけど、もっといいアイディアないかな」と、脚本直しの話をふられて、これまた即答できないと、帰りに「お前ももっと真面目にやれ!」と怒られた。共通していたのは両方の組ともに、映画の話だけしかしなかったということだ。他の監督とロケハン車に中では、競馬の話だとか年取ってから副業何しようとか、そんな会話ばかりだったので逆にまったくついていけなかったりしたのだが、この2人の監督につくと、朝から寝るまで映画の話ばかりしていたのが楽しかった。

 今自分の現場のロケハン車の中では映画の会話に乗ってくれるスタッフが少なくなったのがちょっと寂しい。特に助監督たちはスケジュールの話しかしてくれない。本当に彼らは映画が好きでスタッフやっているのだろうかと疑問に思うことが多い。

 帰り際、青山に「佐々木さんももっと不良に戻ってほしいっす!」と言われた。俺ってそんなに不良だったかなあ。

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2009年8月22日 (土)

劇団スイセイ・ミュージカル 「楽園」

 昨夜は、辰巳琢郎さんの事務所のご招待で劇団スイセイ・ミュージカル「楽園」を妻と観に行ってきました。辰巳さんとは丹羽さんのご紹介で知り合って、娘さんの真理恵さんのレッスンを去年の秋からやってきたのですが、この舞台が事実上の初舞台。舞台女優を長くやってきた妻にとっては、ミュージカル女優を目指す真理恵さんは本当に可愛い存在だったようで、それでいて、自分が舞台で教わってきた経験もあってか、いつもより厳しいレッスンをやっていたと思います。そんな彼女が初めての舞台に立つ日とあって、僕らもちょっと緊張の面持ちで観ていました。

 劇団スイセイ・ミュージカルの舞台はこれが初めてでしたが、「楽園」はこの劇団のオリジナル公演です。翻案ものが多いミュージカルですが、オリジナル脚本、歌、音楽すべてがオリジナルと言うのは中々ないのではないかと思います。真珠湾攻撃前後のハワイの日系人たちの生き様と、恋、そして裏切りなど劇的な内容に満ちていて、歌が素晴らしかった。脇役に文学座出身の山下清美さんとか、劇団四季出身の田代久雄さん、音楽座の福島圭子さんなど、芝居とミュージカルの基本が相当に確りしている方たちが支えていたのも大きかった。偶然でしたが、この3人と妻は昔からの舞台仲間だったようで、終了してから楽屋に行って再会を喜んでおりました。そして、こうした中にやはり辰巳さんが一人入ることで舞台のメジャー感が増し、まさに華を添えていました。小さな役を何役かこなしていた真理恵さんも頑張っていた。こういう地に足が着いた舞台から初舞台を踏むことが出来て、僕らは涙が出るほど嬉しかったです。これからはもっとステップアップして、大きな女優に育っていって欲しいと思いますし、僕らのレッスンもそれに合わせてどんどんステップアップしていかなくてはと思っています。

  舞台が跳ねてからは辰巳さんご一家と食事をして深夜に帰宅。昨日は本当に楽しい一夜でした。やはり舞台を長くやってきた人たちによる本気の舞台は素晴らしかった。と言うことでしょう。

 Photo

 劇団スイセイ・ミュージカル「楽園」は22日、23日光が丘のIMAホールで公演を続けていますし、30日は大阪で公演するようなので、お時間がある方は是非観に行くことをお薦めします。オリジナルの素晴らしい楽曲、歌を楽しむだけでも価値があると思いますよ。だってここだけでしか聞けない歌ですからね。

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2009年8月20日 (木)

久々に新宿で映画を観る

今やっている企画の参考にと「コネクテッド」を観に新宿まで出向く。新宿武蔵野館と名乗っているが、ここは数年前まで「シネマカリテ」だったところだな。7階にあった新宿武蔵野館は6年前に閉館して、ミニシアターの「シネマカリテ」だった場所が、「武蔵野館」を名乗っている。昔は新宿武蔵野館は東口では一番見やすくて大きな東宝洋画系の劇場で、高円寺に住んでいた頃は、武蔵野チェーンの小野さんから戴く招待券でしょっちゅう映画を観に行っていた。想い出に残る映画はフィリップ・カウフマンの「ライトスタッフ」かな。丸の内線の駅を降りて一番近い映画館だったので、ここと新宿ローヤルはかなり通った記憶がある。現在の新宿武蔵野館は、川崎のシネコンに慣れてしまったいま、あまりに劇場も画面も小さくてびっくりしたけど、「カリテ」だった時代は、ミニシアターブームのど真ん中だったからこれで良かったんだろうな。

  そういえば、ミニシアターブームの直前の80年代には随分と評判の悪いただ単に小さな映画館が多く出来た。一番酷かったのは、「新宿東映パラス3」だ。これはもう、畳一枚くらいの大きさのスクリーンで、しかも入ってすぐに柱かなんかがあって非常に観づらい映画館だった。むかし、新宿東映に勤めている友人がいて、かつて「ラストエンペラー」をムーブオーバーで上映した際に「こんな画面では嫌だ、金を貸してくれ」といわれて閉口したことがあったそうだ。僕はここでインド映画の「DDLJ」を観た記憶がある。

 さて「コネクテッド」であるが、「セルラー」と言うハリウッド映画を香港でリメイクされたものだが、ハリウッド版に比べてすべての表現が濃くなっているところがとてもアジア的で良かった。ベニー・チャンの演出は「香港国際警察」の時にも思ったけど、人間の焦りとか怒りとかそう言う原初的な感情を激しいアクションと結びつけてうまく表出させることころが、香港映画界の中でも異彩を放っていると思う。ただ単に見世物としてのアクションではなく、観ている感情にキリキリ迫る緊張感を終始伴ったアクションと言うべきか・・・。ハリウッドスリラーを単なるホンコン的パクリではなく、確りとアジア風味で味付けした一級の娯楽作品に仕上がっていた。ただ、気になるのは香港の俳優が時々アメリカ人風の仕草をするのは、「男たちの挽歌」の頃から変わらないが、そうするとそこだけB級風味になってしまうのは勿体無い。その意味でも悪役を演じた中国人俳優のリウ・イエの本気度の芝居は良かった。

 ところで、映画が始まる前の広告で久しぶりに「焼肉の長春館」のCMを観たけど、25年前と全く同じCMをニュープリントで上映しているのに感動してしまった。その昔は新宿の映画館ではどこでも流れていたCMだったが、いまだに存在しているとは思わなかった。あそこに映っている老人の客とかもう確実に死んでいるだろうな。歌舞伎町では「スーパーエニイ」、「オスローバッティングセンター」と言ったローカルCMが流れていたが、劇場で段々CMが増えてもういい加減にしろよ、と思うことが多くなっていく中で、不思議とああいったちょっとダサイローカルCMは何度見ても許せたのを思い出す。

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2009年8月17日 (月)

ラジオ出演とか高校野球とか

 今日は午後から岡村洋一のシネマストリートに出演。14時から生出演で山城さん、松林監督、山田辰夫さんらの追悼の話。例の山城さん直伝の「ハヒイイハヒイイ」を初めてラジオの電波に乗せられた。公の電波では銭形海の出演の折にやってみて以来だった。これ、僕が持っていても宝の持ち腐れの芸なので早く誰か役者に伝授したいと思うが、中々難しくって出来ない人が多い。黒川芽以にも「銭形泪」の時に無理やりやらせようとして、頑張ってやってくれようとしたが中々うまく行かなかった。まあ、女の子に教える芸ではないか。

 生放送終了後、次の日曜の10時からの放送分の収録。「君の知らない物語」の宣伝など。終わって軽くビールを呑んで帰宅。帰ったら丁度、横浜隼人が花巻東に負けそうになっていた。さすがに菊池雄星を打つのは難しかったか・・・。神奈川大会の準々決勝から隼人の試合は見ていたが、正直神奈川県の強豪校が次々と自滅していく中でその隙間を縫うようにいつの間にか勝ち上がって行ったチームだったので、2戦目に花巻東に負けるのは想定内ではあった。監督は先発のエース今岡を左打者が多いからと登板させなかったが、8回から出てきた今岡を見て、到底登板させられる状態にないのは明らかだった。結局、今岡一人で神奈川の強豪集まるベスト8を勝ち上がっていく中で精根尽き果て、甲子園1戦目の「伊万里農林」戦が最後の力を振り絞って出た試合だったのだろう。横浜隼人クラスの高校でなら、今年の花巻東に8回まで互角に渡り合ったのだから上出来と言えるだろう。

 横浜隼人の皆さんお疲れ様でした。僕は神奈川県大会開会式からあなたたちの行進を見ていました。あの甲子園大会より厳しいと言われる神奈川大会を勝ち抜き、甲子園でも全力を出し切って敗れはしましたが、充分青春の思い出に残る試合をしたと思います。

  

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2009年8月15日 (土)

815に松林宗恵監督亡くなる

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 昨日、山城新伍さんの想い出を書いたと思ったら今日は松林宗恵監督が亡くなられてしまった。その日が8月15日だったと言うことが妙に感慨深い。

 かつて東宝では夏になると8・15シリーズと銘打って円谷英二特撮監督による戦記映画が毎年封切られていた。いろいろ事情があって幼少の頃から3本立ての邦画の名画座に置き去りにされることが多かった僕にとって、怪獣映画の特撮シーンを思い起こされる東宝の戦記ものは大のお気に入りだった。特にゼロ戦(紫電改)による空中戦の特撮が素晴らしい「太平洋の翼」と言う映画はいまでも記憶に残っている。ゼロ戦だけではなく、アメリカの戦闘機や爆撃機B29、P38、F6Fがリアルに作りこめられていて、そういった特撮シーンと東宝のオールスター、加山雄三、佐藤允、夏木陽介、三船敏郎らの芝居が確りしていて浮ついたところがひとつもない最上級のエンタテイメント映画に仕上がっている。

 他にも安定した東宝の娯楽映画のシリーズものを支えた監督だった。それこそ山城新伍さんで思い出したが、10年ほど前に高橋洋さんと「不良番町シリーズ」のリメイクを東映Vシネマでやろうかと東映の坂上さんとか黒沢満さんに企画を持っていこうと、2回くらい打ち合わせしたことがあったが、ある日高橋さんが「実は不良番長を見直した後に、たまたま東宝の松林宗恵監督の社長シリーズを見たんですが、あまりに娯楽映画のクオリティの差にやる気が失せてしまいました」とか言い出して、「いやでもあの70年代東映大泉のどうしようもない感覚も不可思議で、俺たちは人生の大事な時間をどぶに捨ててしまったなあと思わせる映画を敢えて作ろうとするなら別ですが・・・」とまで言われて頓挫してしまったことがあったが、同じプログラムピクチュアでも上級の映画を作っていたのが松林監督だったのだろうと思う。どっちが今でも好きかと言われるとこれは別問題ですが・・・。

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 もう1本、いつかここでも紹介した「世界大戦争」と言う近未来特撮映画がある。こちらは成瀬巳喜男映画で同じみの東宝のベテランの俳優たちが、某国から飛んでくる核ミサイル攻撃に怯え、最終的には日本が全滅してしまうという子供頃に観たらトラウマになってしまった映画がある。これなんかは、最近見返したんだけど日常の描写が丁寧に作りこまれているので、その日常の視点で空からミサイルが降ってくるのがリアルで本当に恐怖を感じる。ミサイルが東京に飛んでくるというその日に、フランキー堺と乙羽信子の家族が、ご馳走を作って子供が「お正月みたい!」と無邪気に喜ぶ姿が物悲しさを呼び、壊滅した後の東京を前に太平洋に浮かんだ船の船長の東野英治郎が亡くなった祖国に思いを寄せていると、給仕の笠智衆がコーヒーを運んできて「まあこれでも呑んで落ち着きましょう」と言うラストシーンが泣ける。小津の『秋刀魚の味』の師弟コンビだから余計に泣ける。

 これもまた松林監督の演出の力と当時の俳優の力をまざまざと見せ付けてくれる映画だったと思う。

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2009年8月14日 (金)

山城さんの話とか

 今日はちょっと苦い打ち合わせ。人に苦渋の選択を伝えるのは辛いが、こういう処理を速やかに行ってくれるプロデューサーには感謝しなくてはいけないかもしれない。ちょっと重い足取りで帰宅しつつ、帰ってからいろいろと連絡事項。立ち止まっている暇はなく、次の段階へどんどん進まないといけないのだ。

 世間はお盆休みと言うことで、実は僕としては平日のつもりで打ち合わせに出かけたりしているんだけど、昨日はいつも日曜にやっている家族全員の食事会もあったりしてどうも平日ではない感覚になる。だから夕方のテレビのニュースで山城さん死亡のニュースを見たりして改めて今日が金曜日だったことが思い出される。

 山城さんとは88年の夏に、黒沢清監督の「スイートホーム」で3ヶ月ほどご一緒した。僕はサード助監督で、特殊メイク担当だったので、山城さんの関わる特殊メイクにも多少携わった。この時の山城さんの印象は、完全に東映のスターと言う印象だった。印象だけではなく、伊丹プロだろうがなんだろうが俺は山城新伍だ。と言うちょっとやんちゃなおじさんだった。東映京都時代、若山富三郎さんの一派だった影響もあるのだろう。数人のお付をつけて、服は靴下まで脱いだり履かせたりしていた。こういう俳優さんは、中々いなくなったと思う。それでいて、脚本内容に関係なくアドリブで東映70年代風ギャグをやってみたり、撮影合間には東映大泉の低予算映画の撮影がいかにバカバカしいものかを笑顔で語っていたりしていた。ただ、芝居は一回でオーケーが出ないと少し不機嫌になった。特に、自分の芝居がオーケーなのに主演の宮本信子さんが「監督、いまの芝居、私はちょっと納得いかないのでもう一回やりたいです」とか監督に言ったりすると、影で猛烈に怒り出して宮本さんにも聞こえる声で自分のお付に向かって「役者は監督がええ言うたらええんじゃ!そうやないか?ええ?」と怒鳴り散らしたりしていた。ただし、演技プランに関しては監督任せ。で、時々「ハヒー」をやってみせて、「あ、山城さん、いまのひいい」と言うのはいらないです。と、黒沢さんが注意すると「あっそう」と簡単に引き下がるのだが、また忘れた頃にとんでもないシーンで「はひいいいい」とやったりするのを繰り返していた。それでも黒沢さんが注意すると「あっそう」やめてはくれるのだ。

 山城さんの中では、自分をスター扱いして欲しい。自分のイメージも脚本によって壊すのも嫌なので、衣裳メイクは自分が決める。と言うスタイルを貫いたが、現場に入ってカメラの前に立つとそこから先は監督にすべてを委ねるという感じだった。だから、現場で役者が演技論みたいな事を言い出すと「素人じゃねえんだ」と怒り出したりしたこともあったのだと思う。

 僕は、黒沢さんに連れられて伊丹プロにディレクターズカンパニーから出向したが、思っていた以上に周りのスタッフが伊丹十三さんに気を使いすぎて、ちょっといかがなものかと思われることもあった中で、「伊丹プロがなんぼのもんじゃい。わしは東映の山城新伍や!」と言う暴れん坊の姿が僕には逆に清清しかった。

 こういう映画の黄金期の役者が亡くなったのは凄く寂しい。それでも、一度だけだけとは言え数ヶ月現場でご一緒させてもらって、昔の撮影所の映画のあり方を身をもって見ることが出来たのは楽しかった。

 それにしても、亡くなった方で言えば山田辰夫さんもそうだったが、僕は現場で暴れん坊の役者さんの方が結構好きだったのかもしれない。優しくってやり易い人ばかりでも映画の現場は面白くないですよ。山城さんも山田さんも一般的に言ういわゆる「いい人」たちではなかったが、そう言う連中が集まってわいわい創る現場もまた楽しいものなのだ。

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訃報 山城新伍

 はひーー山城さんが死んだはひーーー 

 これから打ち合わせで出かけなくてはいけないので、いまは詳しくは書けませんが、「スイートホーム」の現場で生はひーを見ることが出来て、直接その由来ややり方を聞いて伝授していただいたのは、絶対に引き継がなくてはいけないと思っています。

 ああ、若山富三郎さんとあの世で再会しているのだろうなあ

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祝! 山崎憲晴プロ入り初ホームラン

Photo 今日ヤクルト戦に快勝したベイスターズですが、プロ入り1年目のルーキー山崎憲晴内野手がプロ入り初ホームランを打ちました。山崎選手は選手の間では「やまちゃん」の愛称で呼ばれる練習熱心で、それでいて都会的で爽やかな垢抜けたところのある選手です。キャンプからずっと見てきた新入団のルーキー選手がペナントレースで本塁打を打つ。なんか凄く嬉しいですね。僕が撮ったドラマでデビューした子達が地上波でも活躍しているのを見るのと同じような気分です。神宮でやっているなら直接見たかったなあ。山ちゃんのホームラン。

 いやホームランと言うのは球場で直接見ると、これは本当に感動しますからねえ。ホームからバックスクリーンへ美しい放物線を描いても、ライナーでスタンドへ飛び込んでも、その空間的なスペクタクル感は鳥肌が立ちます。こういうプロアスリートの超人的な技は僕らには絶対に出来ないことですからね。

 ベイスターズは最下位で、村田選手まで欠いてしまいましたが、逆にこう言う時こそ山ちゃんのような新人たちの出番。とりあえず今日のホームランの感触を忘れずに明日から更に頑張って欲しいものです。

 Photo

これは沖縄で貰った山ちゃんのサイン入りボールです。

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2009年8月13日 (木)

カラン・ジョーハル 「家族の四季」

 

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カラン・ジョーハルの映画は輸入版DVDの「『Kuch Kuch Hota Hai(クチュ・クチュ・ホーター・ハェイ)』と言う映画を観たのが最初だった。それはインド映画の新しい完成形とも言うべき素晴らしい作品だった。物語や芝居、恋愛映画としてのクオリティも高いが、映画そのものに観客を喜ばせる仕掛けがしてあって、単に娯楽映画と言うだけではないエンタティメントになっていた。この映画で一番驚くのは、クレジットに超一流のメインキャストが一人ポスターにすら名前が入っていないことだ。それが、映画が始まって1時間ほどしたところで、いきなり歌声と共に一人の男が現れる。サルマン・カーンと言う男優なのだが、これがまた単なるカメオ出演ではなく、物語に重要な役割を担い、尚且つラストで非常ににくい役回りを演じてみせる。日本映画でこれをやるのは相当に難しいことだが、インドではサルマンの登場シーンで皆が立ち上がり劇場内でスタンディングオーベーションまで起こったそうだ。当然、この『Kuch Kuch Hota Hai(クチュ・クチュ・ホーター・ハェイ)』は、インド映画の最高興行収入をマークした。

 そのカラン・ジョーハルの「家族の四季」が遂にDVD化となった。これまた、細部に至るまでオールスターキャストによる豪華な大河家族ドラマ。「家族の四季」のような、大家族をオールスターで魅せるファミリー映画は実はインド映画のジャンルとしては脈々とあって、必ず父親の誕生日のパーティシーンだとか、嫁の紹介パーティだとか、そう言うシーンが絢爛豪華なミュージカルシーンとなって現れる。「Hum Saath Saath Hain」だとか、「Hum Aapke Hain Koun!」とかもそれに近かったけど、どちらかと言うとこの手のファミリードラマは日本人のドラマツルギーにはない、エピソードの串刺し状態だけの映画で、楽しいけど退屈もしたりするのが常なのだけど「家族の四季」は違う。オールスターがそれぞれの持ち味を発揮し、最後は見事に泣かせてくれる。

 インド映画はこの「家族の四季」と『Kuch Kuch Hota Hai(クチュ・クチュ・ホーター・ハェイ)』の2本によって、ほぼ完成系の領域に入ったのではないかと思っている。インド映画の評価の大きな部分を占めるミュージカルナンバーの完成度も含めて、この2本以降は、よりハリウッド映画を意識した映画が増えたと思う。かつてのようにハリウッド映画のストーリーをパクるようなものではなく、はっきりと海外市場を意識した映画が増えていく。ただ、それだけにインド映画独特の歌謡映画的な部分が随分と垢抜けしてしまった印象を持ち、ちょっと寂しい気もする。

 それはさておき3時間20分と言う超大作ではあるが、家族のことを思って泣いてみたい時には「家族の四季」はお薦めの一本なので、お盆休みにどうぞ。

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下女DVD 階段の恐怖

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 キム・ギヨンの「下女」DVDが海外サイトから届く。DVDへのオーサリングの状態が良くて驚く。去年の東京国際映画祭で上映されたのと同じバージョンでスコセッシの修復プリントの為のコメントとかもついている。

 去年も見たので詳しいレビューは控えますが、ドメスティックな韓国の人間の描き方はいまの「チェイサー」などにも共通するものがある。テーマや形も違うが、今の日本映画には忘れ去られた人間描写力だと思う。それが役者の力なのか、脚本の力なのか、演出の力なのか、恐らくそのすべてだと思うが、まず人間ありきでドラマが構成されている点は見習わなくてはならないだろう。それにしてもキム・ギヨンはちょっと極端かもしれないが・・・。

 ところで「下女」と同じキム・ギヨンのリメイク作「火女」にも出てくる「階段」の使い方が素晴らしいのだが、映画における階段の持つ役割と言うのはいつも人間を恐怖に陥れる存在として登場してくる。階段からの落下と言う具体的な現象がドラマを動かしていく重要なアクションになり易いのはわかる。小津の「風の中の牝鶏」から黒沢さんの「トウキョウソナタ」まで、階段からの落下は家族に決定的な何か忌まわしいことが訪れる時のアクションだ。ただ、それだけではない。具体的な落下がなくても例えばヒッチコックの「断崖」でケイリーグラントが「電球が仕込んだミルク」を持って昇ってくる場面などに代表されるように、恐怖の高まりが訪れる表現にも使われる。一方、テレンス・フィッシャーの「吸血鬼ドラキュラ」のドラキュラ城のホールのように存在するだけで恐怖が表現されてしまうような階段も存在する。

 二階と一階。物理的な高さとしては決して怪我などが怖いわけではないのに、人間の心理に「階段」と言うものが恐怖に認知されてしまう。こういう感情こそ「映画的」な感情を呼び起こす装置による喚起となっているのだと思う。ただ、この階段の表現が難しいのは、「ロケセット」においてはかなりの効力を失ってしまうことだ。例えば、僕は韓国の家の実際の内装をあまり知らないのだが、「下女」や「火女」に出てくるように、一般家庭の家の中心にあれだけ大きな階段と言うものが存在するのだろうか?日本の家屋では大体階段と言うのは狭く作られている。まあビルなどの階段もそうかな・・・。僕は「学校の階段」と言うアイドル映画を撮った時、「階段」の表現に苦心したのを思い出した。思っていたアクションのアングルを考えると、絶対にロケセットでは不可能だったからだ。こうして考えると「階段」の恐怖を捉えるにはやはりセット撮影と言うものが必要になってくるが、階段そのものをあらゆるアングルから撮ることが出来るセットには相当の予算がかかってしまうことになるだろう。

 それでも「階段」の恐怖への憧憬は捨てられない。キム・ギヨンの映画を観て久しぶりに思った。

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2009年8月11日 (火)

自戒を込めて次回作

 北海道から帰ってきてからいろいろ水面下で動きがあって、とにかく頑張って夏を越さなくちゃいけないなあと言う毎日です。

 いま一緒にやっている映画のプロデューサーから「あなたはこれでいいんだろうか?」と言う演出の内面にまで突っ込まれるような話になって、そのことは実は僕にとってはここ数年ずっと心のどこかでひっかかっていた部分でもあったのでありがたく言葉を拝聴しながら、いまの自分のあり方と言うものを見つめなおせざるを得ないいい機会になった。思えばここ5年間はとにかく撮ることに懸命になっていつのまにか「物語が成立する」ことだけを考えた演出になりがちになっていたかもしれない。「どうしてもこれを撮りたい!」と言う作家的な根源的な欲望よりも、一定の時間の中で卒なくまとめていくことに重点が置かれていたかもしれないのだ。自分としては、限られた空間の中に俳優を置いた時にどう言う位置関係と芝居ならよりダイナミックに物語を伝えられるのか?と言うことを考えていたつもりであったが、それがいつの日からか「これなら伝わるだろう」と言う消極的なまとめ方になってしまっていることもあったかもしれない。それが結果的には作品に反映されてしまうのだ。

 僕はもともと、あまりカットを割るよりも、芝居を通して見て、俳優の力量を考慮に入れつついけるところまではいってもらって、カメラマンにはそこについてきてもらう。と言うことを心がけて現場に入っていた。最近で言えば、「銭形泪」の頃まではそういった演出だったと思う。でも、最近は時間もなくなってきたからでもあるのだが、撮影に入る前に最低限物語が伝わるであろうコンテを決めて、無理やりそこに俳優の芝居を押し込めて行くような演出方法をとっていた。そこのモチベーションは今回は「成瀬のようなカット割り」だとか、シネフィル的な興味だけで撮っていたこともあったのは事実だ。しかし、それでは駄目だ。やはり観客に感動を伝えるためには、生きている人間の感情をカメラに写し取らなくてはいけない。形から入って、無理やりそこに役者を押し込んでも、よほど脚本が面白くて俳優に力量がないと成立しない。以前に黒川芽以と現場をやったときに「監督はカットをかけないでどこまでも撮るところが好きだ、もっともっと芝居をやりたくなる」と言われたことがあったが、役者の芝居がよければどこまでもカットを割らずに芝居を見ていたくなるので、その生理を壊さない演出が巧く生きていたと思う。

 つまり人間「そこそこ」を目指すような人生なら映画監督なんて仕事を選んじゃいかんと言うことだ。

 次はこうした自分のいままでを全て壊していくくらいに人間の心の闇と救済を撮りたいと考える。そう言うテーマの時は生の役者の生理とどこまで寄り添えるかに自分の演出がかかっているかのと思う。いずれにしろ、自分の人生の岐路に立たされる映画を創ることになるだろう。その為にも現在は妥協のない脚本造りが進められている。いろいろな人たちに迷惑をかけていく場面もあるかもしれないが、ここは頑張らなくてはいけないのだ!

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2009年8月 5日 (水)

許せないこと

 一昨日から芸能ニュースを騒がせている事件が2件。当事者に関しては愚かとしか言いようがないけど、やはりこういうニュースで気にかかるのは家族のことだ。先日母の一周忌だったが、僕は幼少の頃から父親が家を出てしまったにも関わらず、父の実家で母と過ごさなくてはいけなかった。父方の祖父母は父が家を出て行ったことを世間体を気にして隠したかったので、母も僕も父がいるふりをしながら過ごさざるを得なかった。尚且つ家計の為に母は夜の仕事に出ていた。祖父母は父が出て行ったのは母のせいであるとして母を責め、僕も嫌味を何度も言われた。

 いろいろあって、大人になって父とは和解したが、僕が妻や妻の家族を大事にしようと思うのは母のような寂しい思いは妻には絶対にさせたくないと思うからだ。一般的な家庭の温かさとは違う環境で育った自分にとって、いまの家族は何よりかけがえなのない存在だ。僕は40ちょっとすぎで結婚したけど、それまで充分遊んで,酒の呑み過ぎで健康を損なうほど遊んだので、もう無茶な遊びは飽きたのかもしれないけど・・・・。

 いずれにしろ、いま世間を騒がせているようなドラッグによる事件で家族を寂しがらせるようなことは絶対に許せない。家族ををこういうことに巻き込むようなドラッグの売買に関わる人たちはいっせいに検挙して欲しい。そういうことに我々の税金が使われるのは当然だ。ドラッグをやる人間は勿論一番問題だが、やはりそこに利権があってその利権の為に動く存在が一番の悪だろう。

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2009年8月 4日 (火)

一周忌旅行

 母親の一周忌で札幌へ帰ってきました。本当に1年は早いですね。光陰矢のごとし。今回は母の大好きだった小樽の北一硝子へも妻と共に行ったりして、毎日水を取り替えている仏様用のグラスを買ったり、母の大好きだった場所に妻を案内したりしてきました。

 小樽は、日本人観光客が少なくなった代わりに韓国や中国の人々が非常に多く、これは小樽だけではなく北海道全体について言えることなのかもしれませんが、なんだかどこへ行っても中国語やハングルが溢れていたのはちょっと気になりました。国際化と言うのとはちょっと違うと思うんですよね。ただ、北海道は近隣諸国からの観光客を当て込まないと最早観光が成立しなくなっているようで、自分の故郷がこんな感じに変わっていくのはあまりいい気分がしません。どうせ寂れていくのなら、静かにひっそりと枯れて行って欲しいなと思いました。

 一周忌、墓参りの後は、昔からの友人がスタッフをやっていた関係で、野球アジア選手権を札幌円山球場でちょっとだけ見させてもらったり、球場のすぐそばにある円山動物園で白熊の親子や雪豹の赤ちゃんなんかを見てきました。妻は甲子園球児だった亜細亜大の東浜や、明治の野村が札幌にまで来て直接見られた事に感動していました。

 ところで、今回僕らが宿泊していたホテルが、ソフトバンクホークスが日ハムとの三連戦の為に遠征してきていて、その宿泊先になっていることを行ってから知りました。当然多村選手にも会えたわけで、偶然とは言え久々の再会は嬉しかったです。短い時間でしたが話をすると多村選手は、いまちょっと不調のようで、スタメン落ちしているのですが、バッティングの調子は凄くいい状態とのこと。凄く試合に出たそうでしたね。ホークスは、松中選手がDHにいるので、守備の状態が悪いと中々スタメンでは出られませんが、松田、オーティーズ、多村と言う3人を欠く打線は確かに得点力不足で、なんとか多村選手に1打席でも多く打席に立たせてあげて欲しいと思いました。それにしても、母の一周忌でホークスの多村選手に会えるなんて思っても見なかったので僕は嬉しかったですね。また多村選手のPV撮りたいけど、その為にもがんがん活躍してほしいものです。

 

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