« ビデオデッキ入手作戦 | トップページ | 3時10分 決断の時 と西部劇の行方 »

2009年9月 7日 (月)

96時間

 打ち合わせの参考になるかもと言う助言を聞いて「96時間」と言う映画をチネチッタに観に行く。リュック・ベンソンプロデュースによるアクション活劇。監督のピエール・モレルと言う人は、これまでもリュック・ベンソンのプロダクションで撮影監督をやっていた人で、ある意味、リュック・ベンソンが脚本を書いて、完全に映画をコントロールする上においてはカメラマンに現場は全て仕切らせて、面倒なことは全部モレルさんに任せて、と言うことなのだろう。それでも「96時間」は助言に違わぬ、面白い活劇映画だった。

 80年代の後半に「ニキータ」や「グランブルー」で話題を呼んだときから僕はリュック・ベンソンと言う監督は好きではなかった。ハリウッド映画のイミテーションを下手糞に模倣しているようにしか見えなかったし、何より映画全体を覆う感傷的なムードが好きじゃなかった。これは好き嫌いと言うレベルですけどね。たとえば「レオン」とかでも、主人公と少女が邂逅していくまでのストロークが短くて、物語的引用になった「グロリア」のジーナ・ローランズが格好よかったのはあの少年を中々受け入れない強さが良かったのに、「レオン」の殺し屋はあまりに早く少女を受け入れてしまうので、そこから先はまったく乗れなかったりした。僕らが理想とする例えばドン・シーゲルだとか、ジョン・フィリンが持っていたアクション映画のキレがないと感じたのだ。

 「96時間」もオープニングから、娘誘拐までの父親の感傷タイムはどうにも乗れなかった。それが、娘の誘拐から一気に映画のアドレナリンは爆発。とことんリーアム・ニーソンのとんでもないキャラクターに魅せられて突っ走る。「レオン」の主人公と「96時間」の主人公の違いは、リーアム・ニーソンが娘を追いかけると言う感情的なモチベーションを維持しつつも、あくまで冷徹なプロフェッショナルとして描かれている点だろう。リーアム・ニーソンと言うキャスティングが絶妙だ。大藪春彦的超人プロフェッショナルに、西村寿行のハードロマンを加えたような映画で、物語に工夫も何もあったものではなかったが、とにかく映画を動かすのは主人公のキャラクターのみと言う潔さが面白かった原因ではないだろうか?

 映画の長さが90分台と言うのも良かった。

|

« ビデオデッキ入手作戦 | トップページ | 3時10分 決断の時 と西部劇の行方 »