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2009年7月12日 - 2009年7月18日

2009年7月17日 (金)

短い夏は終わった

 妻と妻の両親を連れて、藤沢市にある藤沢八部(はっぺ)球場へ、甥の所属する高校の応援に行ってきました。藤沢八部球場は、藤沢駅からバスで10分ほど。神奈川国体の時に出来た地方球場ですが、暑かったせいもありましたがかなり遠く感じました。妻の両親は80歳近いので、熱中症も心配でしたが甥が3年生で高校球児にとっては最後の夏でもあったので、孫の最後の夏の活躍を見に行きたかったのでしょう。

 甥の高校は進学校で、決して高校野球が強い学校ではありません。むしろ何年も予選一回戦をクリアできない、どちらかと言うと弱い高校です。中高一貫で中学生の頃からこの学校に通う甥は、中一の頃から野球部に入部していました。僕が彼と知り合ったのは、彼が小学校4年生の頃です。妻の家族の中では野球が大好きなこの甥と僕は最初に仲良くなり、ただ一人だけ僕と妻が結婚をすることを前提に付き合っていることを知っていました。小学生の頃はキャッチボールを一緒にやったり、野球ゲームを一緒にやったり、野球カードで遊んだりしていましたが、結婚してすぐに、中学生になっていた彼とキャッチボールをやって、あまりの球の速さにもう彼のレベルではキャッチボールは出来ないなと諦めたこともありました。

 そんな彼にとって、つらかったのは去年の春先に横っ飛びでボールを捕球した歳に骨折し、一ヶ月ほどの入院と数ヶ月のリハビリをしなくてはならず、野球を諦めかけたこともあったこと。去年の予選にはベンチ入りも出来ませんでした。一度は野球を辞めようかと思ったこともあったそうですが、やはり少年時代からの夢は捨て切れなかったのでしょう。僕らも、甥の高校が全国でも最も強豪がひしめき合う神奈川県大会で勝ち進んでいくことが無理なことはわかっていましたが、それでもユニフォームを着てグラウンドに立つ甥の姿はこの目で見ておきたかった。

 そして、迎えた全国高校野球選手権神奈川県予選、第一回戦。俊足で守備が巧いけどバッティングに難のある甥はスタメン起用はなかったですが、6回から代走起用され見事に盗塁を決め、次の回に着いた守備ではヒット性の当たりをジャンピングキャッチして素早く送球し打者走者を見事にアウトに取り、次の回では打席が回ってきて、俊足ゆえに相手のエラーを誘い、この日2回目の盗塁を決めました。しかし試合の方は、残念ながら、甥の高校は8回コールドで負けてしまい、甥にとっての短い夏は終わりました。

 試合終了後、普段はクールに見える甥が涙を流しているのを見ました。それは試合に負けた悔しさと言うより、長くやってきた野球とのお別れ、チームとのお別れに対する寂しさから来る涙だったのではないかと思います。

いずれにしろ彼にとっての短い夏は終わりましたが、人生の戦いはまだ始まってもいません。これから彼には、まず受験と言う大きな戦いが待っています。でも、怪我に負けずに最後まで野球をやり通し、途中出場とは言え、立派なプレーを魅せた彼の経験はきっとこれから大人になって訪れるであろう幾多の試練を乗り越えていく糧になるはずです。そういった意味で、いい経験をしたのではないかと思います。

 

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2009年7月15日 (水)

トップを変えても

 総選挙を前に、また自民党ではトップのすげ替えの動きがあるようですが、この5年間に3人の総理大臣が代わり、そのたびに国民には投票権のない自民党総裁選なるものが行われ、新しい総理大臣が2年持たずに登場する。今までと違うのは3人の方たちが無責任に総理大臣の椅子を投げ出したのに対して、今度は選挙で負けそうだから総理(自民党総裁)を変えようと言う。麻生政権の支持率が悪いのは、麻生さん個人に対する批判票ではないと言うことがわかっていない。

 これと同じようなことをやって、崩壊しているいい例が身近にあります。我が横浜ベイスターズの監督人事です。ベイスターズは権藤監督が00年オフに退団して以降、森、山下、牛島、大矢、田代代行と実に5人の監督が就任しましたが、3年以上監督をやったものはいなくて、そのうち2人は契約途中での事実上の解任となっています。勿論、成績が最下位に沈むから解雇になるのですが、チームを編成していくフロントもこの10年で3回変わっているし、社長が3人、オーナーが3人代わっています。そのたびごとに、チームの目標が変わるから、選手の出入りも激しくなる。強いチームを拵えていくための長期的な展望も思想もない。ないのではなく、トップの首を挿げ替えてファンの目を誤魔化しているだけなので、事実上チーム方針が監督が代わるたびに変わって、さらにチームは弱体化していることに気がつかない。トップを変えるのは責任の取らせ方としては正しいのかもしれないが、トップを変えるその上の組織の思想が揺らぐから10年間で監督5人が代わり、もっと弱いチームになる。

 ベイスターズが弱くなってしまうのは、自己責任と言ってしまえばそれまでで、それでも何とか強くなって欲しいですが、自分たちの国の総理大臣がコロコロ代わってしまうのもいい加減にしてほしいと思いますね。

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2009年7月12日 (日)

第91回 全国高等学校野球選手権 神奈川大会開会式

Photo 

甲子園を目指して全国で高校球児たちの暑い夏が始まりました。我が神奈川県は191校の中から代表校1校を選ぶと言う全国最難関の地方大会です。結局は横浜高校、東海大相模などが上位に勝ち上がっていくのでしょうが、そんな191校の中の1校に甥が所属する硬式野球部もあります。そう、今日はその甥が横浜スタジアムで入場行進すると言う事で妻とともに応援に行ってきました。

 高校野球が大好きな妻にとって、甥が高校野球のユニフォームを着て、神奈川大会の開会式で山田耕作作曲による『全国高校野球選手権大会行進曲』に乗せて行進するのをスタンドから観るのは夢でありました。その夢が今日叶ったのです。甥の通う高校は強豪校ではないので、甲子園まで勝ち上がっていくことは難しいと思いますが、それでも神奈川大会の開会式に出られると言うだけで妻としては感動ものでした。

  僕も高校野球の開会式を直接観たのは初めてでしたが、やはりかなり興奮します。甲子園大会をテレビで見ていると、そこが阪神タイガースの本拠地であることをつい忘れてしまうように、今日だけは、我が横浜ベイスターズの本拠地横浜スタジアムもベイスターズの存在を忘れてしまうくらいに雰囲気ががらりと変わっていました。迫力があったのは、600人あまりの吹奏楽部の生徒たちによるファンファーレから『全国高校野球選手権大会行進曲』による演奏が始まるときです。勿論600人全員が演奏するわけではありませんが、191校の選手たちの入場行進をこの演奏で盛り上げると、感動せざるを得ません。ましてや家族の一人がその輪の中にいると言うのは物凄い感動です。僕は甥が来た時に最前列まで特攻して写真をとりまくったのですが、写真を撮り終わって席に帰ってきたら妻は感動して涙を流していました。そう言う妻を見ていると僕も何か胸にこみ上げてくるものがありました。甥は、2年生の時に練習で故障し1ヶ月以上も入院し、練習は数ヶ月ストップ。一度は野球を諦めかけていた時もあったので、こうして3年生の夏に元気に晴れの舞台を行進できると言うのは我々にとっては感慨深いものがあったのです。

 甥たちの高校はきっと予選で敗退するでしょうが、10代でしか経験できない思い出を作って欲しいと思います。暑い夏に甲子園を目指して戦った記憶を大人になっても自分の誇りとして持って行って欲しいと思います。僕は高校時代何一つ思い出に残るようなことはなくって、ひたすらに映画ばかり観続けていただけしたが、こうして晴れの舞台を踏める甥が羨ましくもありました。

 Photo 写真は夢が叶って喜ぶ妻です。

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