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2009年8月23日 - 2009年8月29日

2009年8月29日 (土)

打ち上げ

 昨日は15時から赤坂で打ち合わせがあって、夕方からTBSに移動して本社屋の中のパーティ会場で「銭形命」と昨日の「サマーパーティ」の打ち上げで、全員集合!と言うことになりました。立食パーティだったので、居酒屋の打ち上げと違っていろいろな人と歓談できたのが楽しかった。ただ、壇上の挨拶の時はかなり酔っ払っていたので、くだらない話をしてしまったことが悔やまれる。もっと気の利いた挨拶をすべきだった。しかし、やはりこのパーティに若松孝二監督がいるのが面白い。「僕は「連合赤軍」なんて映画を撮っていますが、刑事が出るドラマを撮ったのは僕の息子ですから気にしないでください」なんて冗談交じりに挨拶していたけど、70過ぎても若々しくて素晴らしかった。

 結局、昨日一番話をしたのは前日のブログでもその司会ぶりを褒め称えた小出早織ちゃん。僕らのテーブルに挨拶に来てそのまま約30分以上もいろいろ話をしてしまった。彼女としては、僕が不安に思っていた2年前のシアターアプルの件があったので、今度は絶対にリベンジしてやろう!って誓って頑張ったそうです。演出の鈴木浩介とも随分ディスカッションをして、家へ帰ってからも寝る間も惜しんで考え抜き、自分なりのプランをたくさんぶつけてリハーサルに望んだそうです。それ以外にも、最近の仕事の話とか今後の話とか、1年前に「女子大生会計士の事件簿」で仕事をしたときより、何倍も欲が出て、アクティブになってきているので、かなり一皮も二皮も剥けて新しい小出早織が誕生するんじゃないかとか、期待するに充分なものを感じました。当然そこには、脚本家の人たちもいて、『小出早織』のためになんか企画を頑張らないと!とか、盛り上がりましたが、これがパーティの席上での酒が入った社交辞令に終わらないように僕も頑張らないといけないなと思いました。

 その後いろいろなひとの挨拶などありましたが、命役の岡本あずさちゃんはもう滂沱の涙で感動を表していました。1クールではあったけど、彼女が得たものはかけがえのないものだったのではないでしょうか。

 でも実は昨日一番嬉しかったのは、パーティ途中で諏訪太朗さんが携帯をそっと持ってきてくれて僕に渡してくれた時のこと。電話口の向こうからは「ハーーイ監督!元気い!会いたいねえ!みんなも元気かなあ 」と、バーボン刑事の声。しばらく会っていなくて、来月に入ったら必ず会おうねと約束。なんかその声に思わず涙が出そうになってしまいました。

 その後、僕としては珍しく二次会にも出向き、現場スタッフの竹安さんやマックスと歓談。田沢監督とも久しぶりに呑んで、いろいろ企画の話までして、深夜に帰宅しました。

20090828183317写真は小出早織ちゃんと。小出さんの隣は昨日のサマーパーティでデビューした岡崎歩美ちゃん。凄く可愛いですよ。夏帆ちゃんを最初に連れてきたマネージャーさんが「とにかく今イチオシなんです!」って紹介してくれました。

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2009年8月28日 (金)

BS-TBS サマーパーティ

 午前中歯医者へ行き、歯の根っこ治療の「最終的なお薬を入れます」って言う一番痛い治療。もう、歯はあちこちボロボロだったんだけど、徐々に治しています。それでもようやくこれで半分。全部の歯が治療し終わるのは12月頃になってしまうんではないかとか言われる。

 一旦帰って家で妻と食事をして、午後から赤坂駅で甥と待ち合わせ、BS-TBSサマーマーティin赤坂BLITZへ。招待席だったが妻が家の用事で行けなくなったので、慶應医学部の甥を連れて行くことになったのだ。席に着くと安藤監督や田沢監督もやってきて、しばし歓談。歯の治療の痛みを若干抱えながら観劇する事に。

 昼の部だというのに結構観客が入っていたなあ。「ケータイ刑事」人気と言うのもあるかもしれないが、今回は真野恵里菜ちゃんもゲストで歌ったので、そっちのファンの人たちも多かったように思う。

 今回は、「ケータイ刑事」の1話分の演劇と、殆どは歌謡ショーだったわけですが、ゲストの真野さんの歌以外は、今までのアンドリウドラマの主題歌総決算と言う感じで、いろいろと思い出が過って個人的にはちょっと胸に来るものがありました。

 出演者の皆さんは、短い時間の稽古で本当に頑張っていたと思いますが、僕の個人的なMVPは司会を担当した小出早織ちゃんでした。小出さんは「女子大生会計士の事件簿」のメイキングとか見るとわかるんですが、頭がいいから生トークが上手なんですよね。2年前に、「銭形海の文化祭」に飛び入りゲストで出たときは、ちょっと不安な感じもあったので、今回はちょっと心配しながら見ていたのですが、そんな不安を吹き飛ばすくらいに生き生きと、トークと歌を披露していて、ある意味「小出早織ショー」みたいな感じもあったと思います。その生き生きとした表情がまた可愛かったんですよ。

 舞台が跳ねてから楽屋に挨拶に行って本人にそのことを伝えると「その言葉は涙が出るほど嬉しいですけど、まだ後半が残っているから、そんなに誉めないでくださいよお」と言いながら凄く喜んでくれたので本人も本当に頑張っていたのだと思う。今日は、新しい小出早織ちゃんの魅力を見つけられたことが僕にとっても本当に嬉しかった。そして僕が連れて行った甥はそんな小出さんを見て人目でファンになったようだった。

 ところで諏訪太朗さんに挨拶に行くと、27年も付き合いがあるのに、最初まるで僕が諏訪さんより年上のベテラン監督に接するみたいな丁寧な口調だったが、あれはなんだったんだろう?最初、僕の後ろにもう一人別の監督がいて、その人に喋っているのかと思った。まさか僕の背後に山田辰夫さんの霊でもいたわけでもあるまいに・・・。

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2009年8月23日 (日)

追悼呑み会

 青山真治と目黒のネパール料理屋で、山田辰夫さんを偲ぶ呑み会。のはずが、いつの間にか山城新伍を偲ぶ会になり、そこから脱線して鈴木則文監督の正当なる評価とは何かとか、俺らにとってはやっぱり70年代のアメリカ映画と言うものがいかに重要なものであったかとか、久々の呑み会だったのに昔一緒に黒沢清監督の下で助監督をやりながら映画談義をしたこととなんら変わらない内容の呑み会となり気がつくと5時間も映画のことだけを語っていた。

 思えば黒沢さんの現場では、終日映画の話ばかりで会話が弾んでいた。さすがに撮影中はそんなことなかったけど、ロケハン車の中では黒沢さんのホラー映画講義があったり、東映映画に対する考察なんかがあったり、黒沢さんの映画に対する教養、それだけではない一般的な歴史的な教養だとかそう言う内容に着いてこられないと「あいつはもういらない」とまで露骨に黒沢さんは言わなかったけど、スタッフにはなれなかった。そこが、昔の黒沢組の青かったところでもあり、いいところでもあった。比較すると、長崎俊一組はこれとは正反対で、今やっている作品以外の映画の話をしても長崎さんは絶対に乗ってこなかったし、いきなり車の中で監督に「あのシーンのここなんだけど、もっといいアイディアないかな」と、脚本直しの話をふられて、これまた即答できないと、帰りに「お前ももっと真面目にやれ!」と怒られた。共通していたのは両方の組ともに、映画の話だけしかしなかったということだ。他の監督とロケハン車に中では、競馬の話だとか年取ってから副業何しようとか、そんな会話ばかりだったので逆にまったくついていけなかったりしたのだが、この2人の監督につくと、朝から寝るまで映画の話ばかりしていたのが楽しかった。

 今自分の現場のロケハン車の中では映画の会話に乗ってくれるスタッフが少なくなったのがちょっと寂しい。特に助監督たちはスケジュールの話しかしてくれない。本当に彼らは映画が好きでスタッフやっているのだろうかと疑問に思うことが多い。

 帰り際、青山に「佐々木さんももっと不良に戻ってほしいっす!」と言われた。俺ってそんなに不良だったかなあ。

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