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2009年9月20日 - 2009年9月26日

2009年9月25日 (金)

千葉市長の意見

http://kumagai-chiba.seesaa.net/article/128640268.html

 千葉市長、熊谷俊人さんのHPですが、公人である地方の市長が世間で賛否両論ある問題に対して自分のブログで独自の見解を述べるという姿勢は中々勇気がいることだと思うが、これから地方分権の時代になっていくとすれば熊谷市長のような姿勢は大事でしょうね。僕自身は敢えて、中止の結論あり気で望む新政権の国土交通省のやり方に必ずしも賛成するものではありませんが、「多額の費用を投入したからもったいない」ということで建設を支持するというのもどうだろうと思ってしまう。この問題に関してはマスコミももっと群馬の治水のあり方について報道し、八つ場ダムが治水上群馬県にとって必要かどうかをまず議論すべきだろうと思う。

 それにしてもこの市長はコメント欄まで解放して、こういう意見を述べるのはたいしたものだ。僕なんかエロサイトの宣伝コメントの大量投稿でもうめんどくさくなって閉じてしまったものなあ。コメント欄はエロサイトの攻撃が大人しくなったらまた開きます。

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2009年9月22日 (火)

ラジオ出演とか スウイートホームとか

 昨日は昼からFM川崎に出演して映画談義や政治談議。でも本来の目的は「女子大生会計士の事件簿 DVD」の宣伝。あっという間に時間が過ぎてしまった。帰ったら「女子大生会計士の事件簿」の宣伝と言うより、小出早織ちゃんのことばかり誉めていたと妻に指摘される。神奈川県在住の小出早織ファンには喜んでもらえたかな?

 帰ったら、レンタル落ちの「スウイートホーム」のVHSが届いていたので、ブルーレイコーダーにダビングしながら観る。ほぼ全カット、どう撮られいたか鮮明に記憶が蘇ってきた。殆ど思い出したくないことも多かったが、やはり面白かった。クランクインの初日ファーストカットどのカットから撮ったとか覚えているもんなあ。あと、削られてしまったカットも。撮影はほぼシーンナンバーに近い順番に撮影されたので、前半ほどに初期の黒沢清監督の映画らしいカット構成になっているのがわかる。トップカットの宮本さんのカットなんか「ドレミファ娘の血は騒ぐ」の洞口さんのトップカットそのものだもんなあ。持っているのがカセットレコーダーとラジオの違いだけで。それだけじゃなくて、オープニングの役場のシーンの益岡徹と三谷昇のやりとり、これもどう見ても黒沢清映画そのもの。どこか砂漠の辺境の向こうに館があるというデタラメな設定なのだが、この役場は日活の近くの古い小学校を飾って、窓を全て黒沢さんの好きな赤い色の布で窓を覆って外を隠し、外のシーンは浜松の砂丘で撮った。この窓外の布をプロペラ送風機を持ってきて、大袈裟に揺らせて不安感を煽り立てているのだけど、その赤い布が窓外を揺れている画面構成は今でも黒沢さんは好きなのではないかなと思う。

 中盤以降、伊丹さんがビデオ版で導入した合成カットはやはりうまく行っているとは思えなかった。演出意図と違うものを無理やり合成してもなと言うクオリティになっているのが残念。NOKKOが古いスライド映写機をいじっているとスイッチが入ってしまい、画面に生前の間宮夫人が映し出せるのだけどやがてフィルムが焼けて無気味な溶けていく画面になる。映画ではそこまでだったのが、その溶けていく画面に無理やり怪物になった時の恐ろしい間宮夫人の顔が一瞬映るんだけど、これが全然怖くないのは、間宮夫人のカットを無理やり他から持ってきてオプチカル合成しているためだが、例えばCGを使ってもこれはうまく行かないだろうとは思う。なぜなら間宮夫人の顔は、本来そこに使うために撮られたものではないので、怖くないのだ。それから、一度救出したはずのNOKKOの顔が間宮夫人に変わってしまうところも、無理やりNOKKOの顔に間宮夫人の顔を合成している。このカットは、当初四谷怪談風に撮られていたと思う。つまりNOKKOの顔と宮本さんの顔をカットバックさせ、あるカットから同ポジでいきなり怪物になっている。と言うものだったが、これも何が起こったのか観客にはわからないだろうと言うことで、今の合成になったとのだと思う。

 このあたりの行き違いは黒沢さんがあくまで、ホラー演出に拘ったのに対して伊丹さんはアメリカ冒険映画的ジュブナイルに拘り「アメリカ映画に見慣れた子供たちにも楽しめる映画」を志した、そこの差だと思う。黒沢さんの演出はホラーとしては間違っていなかったと思うが、東宝の正月第2弾映画として伊丹プロの持ち枠だった全国公開の娯楽映画と言うことを考えると、お互いにいい落としどころがもっと早期に見つかっていれば、この問題は乗り越えられたのではないかと思うと、非常に悔しい思いも残った。この映画の直前に黒沢さんが撮った「危ない話」の一編の時に、黒沢さんは「日本映画でもスピルバーグをやれるはずだ。スターウオーズは出来なくても、「激突」や「ジョーズ」は演出次第で絶対に出来る」と志を抱いていた。このスピルバーグと言う作家の定義が中々難しいから、伊丹さんもそこには絶対に黒沢さんと共鳴するものがあて「スウイートホーム」を企画したはずなので、いろいろと現場の成り立ちからうまくいかないことが多くなっていったは残念だった。僕はこの原因が、伊丹さんが当初からプロデューサーには徹することが出来ず、やはり監督としての目で作品に向いていたことが大きかったのではないかと思う。準備の頃、伊丹さんはやはり黒沢さんに対して当初は遠慮がちになっていたことがあった雰囲気があったと思う。それが現場が始まり、具体的な撮影が始まっていくと、自分が考えていたものとちょっとこれは違うぞ、と言うことになり黒沢さんを結果的に追い詰めることになったのではないかと思う。もっと脚本段階でプロデューサー的視点で監督と対峙して、駄目なものは駄目。これじゃメジャーの東宝映画では通用しないよ。と言う一言があれば、最初は監督の心が多少は傷ついても、それでも向いていく方向が一緒であれば、いろいろな問題は回避できたかもしれなかった。伊丹さんが準備中に「監督と言うものは孤独なものです。カットをかけた瞬間味方は誰もいない。そんな時に、後ろで一人だけ味方になってくれるのはプロデューサーだけなんです。越さん(細越さん)はそう言う人だったねえ」と述懐していたのを聞いたことがあったが、伊丹さんも本当は細越さんのように黒沢さんの味方になりたかったのではないかと今にして思う。ただ、伊丹さんはプロデューサーには成り切れなかった。役者で参加してしまったのも良くなかったのかもしれない。

 僕は「スウイートホーム」が日本映画で成功していれば、映画の歴史が少しは変わったかもしれないと思うので、その後の裁判も含めてああいう結果になってしまったことが本当に残念だったと思う。

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2009年9月21日 (月)

再会

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 昨日は昼間はジムで汗を流し、夜は目黒で「女子大生会計士の事件簿」の原作者山田真哉先生と食事会。撮影から丁度1年経って、実は完成してから一度もお会いしていなかったので、いろいろとお話がしたかったのでいい機会でした。僕自身はあのシリーズには結構思い入れがあって、その分自分自身でも演出的に不満が残る部分も多かった仕事なので原作の山田先生の意見とか、素直に監督として聞いてみたかったのです。この業界って一度仕事をして、次に何か具体的な利益に繋がらないと人と人の交流ってなくなってしまうのが凄く勿体無いと思うんですよね。やはりものづくりの原点は人と人の関係が大事なのではないかと思うので、何か新しい仕事にすぐに繋がらなくても一度出来た関係は大事にしなくちゃいけないのではないかと思うのです。と言うわけで、反省会も踏まえつつ実はほとんど雑談でした。で、山田先生が実は野球好きだという事がこの時にわかって、同席していた妻と高校野球の話で盛り上がったりとか、意外な面がわかり、やはり仕事の中だけで話しているときには出来ないお互いの面を確認できてとても楽しかったです。

 さて、今日は川崎FM「岡村洋一のシネマストリート」で生出演です。14時から神奈川方面の方は是非エアチェックしてみてください。79,1MHZですのでよろしくお願いします。

 どうでもいいけど「再会」と打ちたくて「さいかい」と打つと「最下位」と変換されてしまうのが悲しい。来年は頑張れよベイスターズ!

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2009年9月20日 (日)

Panasonic NV-SB800W と「木洩れ日の中で」

 Panasonic NV-SB800Wと言うSVHSバブルデッキをようやく手に入れる。本当にVHSを見るのにここまで苦労するとは思わなかった。が、苦労した甲斐はあり、いくつかのVHSビデオをブルーレイレコーダーにダビングしたが、この解像度のよさが半端ではないくらいによい。リビングの大型液晶テレビで再生しても色むらも出ないし、TBCのおかげで輪郭補正が確り利いていてスカパーのアナログ放送の解像度よりよいかもしれない。こう言う名機は大事に使わないといけないな。まあ当然中古格安物件なのでいつ故障してもおかしくはないと思うが、それまでに持っているVHSの素材をどれだけHDDに貯め込めるか・・・。

 と言うわけで先月青山から推薦されたビクター・ヌネッツの「木洩れ日の中で」と言うピーター・フォンダ主演の映画をようやく観る事が出来た。映画はアメリカの田舎街を舞台にした家族を守る養蜂家の老人の話。これが実に抑制が利いた丁寧な演出で、特にピーター・フォンダが素晴らしい。この映画でアカデミー主演男優賞の候補になったり、ゴールデングローブ賞の主演男優賞を貰ったのも頷ける。ドラマチックで、たいした事件もなく淡々とした老人の日常が描かれるのは、日本のインディーズ映画にもないわけでもないが決定的に違うのは、映画の語り口が70年代の初頭のアメリカ映画の香りがするところだ。例えば同じピーター・フォンダの「怒りの山河」の主人公が若い時に悪党を蹴散らした跡に静かに暮らし始めているような、言葉を変えるとかつての「許されざる者」のガンマンが田舎で不器用に生きているようにこの主人公も、ベトナム戦争で失った半身を引きずって片田舎で暮らしている。

 70年代、ベトナム戦争帰りの主人公がアメリカの田舎に帰ってきて、そこで悪党を殲滅する。と言うちょっと歪んだ心理の主人公が活躍する映画が一つのジャンルを形成していた。代表作は「ローリングサンダー」だろうが、ベトナムを理由付けしなくても、先に挙げたジョナサン・デミの「怒りの山河」だとか、ジョン・フリンの「組織」だとか、黒沢清命名するところの「アメリカ殴りこみ映画」とでも言うべき作品群があり、。主人公はマッチョな男たちではなく、どちらかと言うと心に傷を負い、戦争や都会から逃げて帰ってきた男たちが主人公だった。そう言うキャラクターを体現する時、ピーター・フォンダと言う俳優は実にはまった。そして、アメリカの映画の中でどの時代の映画が一番好きなのか?と、問われた時に真っ先に答えるのが、僕にとってはこのアメリカの田舎を舞台にした殴り込みアクション映画だった。

 「木洩れ日の中」の主人公はもう肉体を使ったアクションをすることはない。ただ、自分の家族を守るという一点において、ピータ・フォンダ演じる初老の男の孤独な戦いぶりはかつての、ベトナム帰りの翳りのあるアクションヒーローそのものだった。

 スタローンとシュワルネッガーの登場でアメリカアクション映画のヒーローたちが再び「強さ」を取り戻したが、70年代「弱いアククションヒーロー」がいたことを記憶にとどめておきたい。共和党型ヒーローがスタローンやシュワルツネッガーだったとしたら、ピーター・フォンダは民主党(アメリカの)的ヒーローだったといえるかもしれない。

 青山に映画を推薦されると大体こういう映画が多い。「ラストショー2」とかね。そして大体外れない。

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