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2009年11月29日 - 2009年12月5日

2009年12月 5日 (土)

フィリップ・カウフマン 「ミネソタ大強盗団」

ミネソタ大強盗団 [DVD] DVD ミネソタ大強盗団 [DVD]

販売元:紀伊國屋書店
発売日:2009/11/28
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フィリップ・カウフマンの「ミネソタ大強盗団」をDVDで観賞。地味なキャストに渋いカメラワークと演出。70年前後の西部劇と言うのはどうしてこうもせつないのだろうか?

映画への憧れと絶望とそれを冷徹な視線で描き出している。ある意味先日観た「イングロリアルバスターズ」とは対極にある映画だ。ただ、当時のポスターを見ると、デザインと言い配色といいまるでマカロニウエスタンのようなのが面白い。

惹句も「西部に轟く皆殺しの銃弾!血しぶき染まる暁の荒野!ミネソタに散った・・・」

まあ確かに、主人公も回りの登場人物も殆どが血飛沫に染まるし、暁の荒野も出てくるし、ミネソタにも散るのですが、これをマカロニウエスタンのような活劇映画として観に行くと後半の銀行襲撃まで殆ど何も事件が起こらないで、旅をして風呂に入ったり、蒸気自動車に感激したり、創世記の野球をのんびり観戦したりしているだけだから拍子抜けはしたかもしれない。それでも、全体の色彩を落として光を絞り込んだブルースサーティースのカメラは、まるでそこに我々が存在して、ジェシー・ジェームスやコール・ヤンガーと同じ時代の同じ空気を吸っているような勘違いをさせられる。後に、この地味な映画を気に入ったイーストウッドが自分のプロダクションにカウフマンを招いて「アウトロー」を撮らせようとした理由もよくわかる。ただ、映画の後半「皆殺しの歌」のように低くメランコリックに歌う娼婦の歌が効果的に使われ始めると、叩きつける雨の中の泥まみれの強盗シーンまで爽快感皆無のアクションが僕らを感動に導き出す。襲撃する銀行前にイベントの為に置かれていた「蒸気オルガン」の音と蒸気の効果的な使い方まで含めて演出が行き届いて、この襲撃シーンはもっと演出的評価をされるべきだ。

余談になるがブックレットには、イーストウッドに雇われたカウフマンが「アウトロー」クランクイン一週間で解雇され、脚本クレジットだけ残った話が載っていて、カウフマンは衝突の理由に芸術的な乖離ではなく、「俳優としてのイーストウッドが本番テイクを一回で終わらせたく、その理由は馬が怖かったから、馬絡みでテイクを重ねることをイーストウッドは嫌がった」と語っている。イーストウッドは今でも演出する時にテイクワンオーケーを大事にしていることは有名だが、馬が怖かったからかどうかはともかく、テイクワンオーケーと言う方針はやはり俳優出身監督故の演出論なのだと言うことを思った。

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2009年12月 4日 (金)

成城でレッスンとか 栄光なき野郎どもとか

昨日は、成城で妻と共にレッスン。相変わらず妻の求めるものは厳しい。そのおかげでかなり充実したレッスンになっている。僕は、演技の根幹はなんなんだろうと言うことをいつも考えさせられるが、やはり根本は演じる俳優が自分の理想の演技をイメージ出来ているかどうかにかかってくるのではないかと思う。脚本のキャラクター造形を深く読み込んで自分で完成させられるかどうか?僕は、現場で俳優さんがアドリブを連発しても全然面白ければ構わないが、やはり脚本に書かれたキャラクターから逸脱して、その物語に対して与えられた役柄、役割を逸脱するようなアドリブは許せない。どんなに逸脱しても、戻ってくる根幹さえ確りしていてくれればオーケーなのだが・・・。だからとにかく、自分の理想を高く持って作品に臨む事。これは監督や脚本家でもそうだと思うが、日々の仕事に流されず、理想を失わずに頑張るのは難しい。そう言う時は、理想の映画を観る。それしかない。

前日は、タランティーノの「イングロリアスバスターズ」を川崎の109シネマで妻と観賞。映画に対して実に誠実な志を感じた。それはパンフレットに書かれているような既成の映画のアイテムやオマージュが散りばめられているからでは決してなく、映画だけに流れている歴史を自作によって再現させ、それを確りと娯楽映画に仕立てる演出能力故の志なのだ。確かに物語映画として見れば不満なところを持つ人もいるだろう。ブラッド・ピットはヒーロー的活躍をするわけではないし、派手な戦争活劇でもない。どちらかと言うとヨーロッパで多く作られていたパルチザン映画的な戦争スパイ映画としての色合の方が強かった。でも2時間半たっぷりと映画の心地よさに身を任せることの出来る映画ではあった。「Kill BIll vol1」以外のタランティーノは大概いいなと思います。しかし、それでもやはりもっとまともな邦題をつけて欲しかった。

ブラッド・ピットがおかしかったので、帰って久々に「ファイトクラブ」を観たくなりアマゾンでブルーレイを注文。昨夜レッスンから帰ってきて観たけど、面白かった。デビッド・フィンチャーも、デビッド・リンチもいかれた世界を描いているようでいて、実に撮り方がオーソドックスで映画に誠実なところに好感を持つ。そして、ブルーレイのDTSHDの音響設計の再現度の素晴らしさを改めて思い知る。

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2009年11月30日 (月)

ラジオ

書き忘れていましたが、今日はこれから川崎FMで「岡村洋一のシネマストリート」生ラジオ出演です。14時から生出演ですが、22時から再放送もあります。

http://www.kawasakifm.co.jp/index.html

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昔の川崎を楽しみながらブラームスを聴く

 脚本の上がりが遅れていて、他にもいくつか僕の手から放れて「上がり」待ちになっている案件がいくつかあって、いくつか観たい映画もあるけど中々落ち着いて観賞する気分にはならないので、チケットを戴いていた「川崎市民交響楽団」のコンサートを妻と共に川崎の教育文化会館まで聴きに行く。題目はブラームスの「ハンガリー舞曲」と「バイオリン協奏曲」それに「交響曲第3番」だった。ブラームスは演者によって重苦しくもなるし、メロディアスにもなる作曲家で聞くぶんには楽しいけど、演奏するにはこれほど難しい作曲家はいないそうだ。昨日の演奏は基本的には市民交響楽団なので、物凄い演奏を期待していたわけでもなく、素人の僕の耳にも多少の音のずれなども感じたりするものではあったけど、生のフルオーケストラのアナログな音は素晴らしかったと思う。最近は耳にする音の9割はデジタル化されたものばかりで、やはりホールの中の空気を振動させて伝わる楽器の厚みある演奏はデジタルでは得られない豊かさを感じた。

  ところで、昨日は時間より早く開場に着いてしまったので、川崎教育文化会館大ホールの隣にある「川崎球場」の跡地に数年ぶりに訪れたが、あの川崎球場の照明灯はいまだに立ったまま。スタンドは取り外されてグラウンドだけは残っていたが、昔大洋ホエールズの本拠地だったころの名残は充分に残っていた。この照明塔は小津の「秋刀魚の味」にも出てきますので見たことがある人も結構いるんじゃないでしょうか?ついでに、そのそばにある川崎の競輪場内もちょっと歩いてみたけど、こちらも古くてスタンドは鳩やカラスの糞だらけで、この日はなんかイベント会場になっていたけど、極めて昔の川崎を感じさせる場所だった。

 終わってから鎌倉の友人たちと駅近くにある川崎の大衆酒場で語り合って帰宅(今日の演奏会のメンバーが鎌倉のメンバーの一人だったのだ)。この大衆酒場は川崎らしく、朝8時半から営業している飲み屋件定食屋のようなところで、しょっちゅう旅番組やグルメ雑誌にも取り上げられている店だが、やはり美味しかった。こういう店で呑むとチェーン店で呑む気には益々なれなくなる。

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