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2010年1月 6日 (水)

正月は韓国映画三昧だった

ウォン・シニョン監督、キム・ユンジン主演「セブンデイズ」が誘拐ミステリとしてよく出来ているような記事を読んだので、正月に慌てて借りてきて見たが、全然駄目だった。犯人の意図は途中で読めてしまうし、それに当てはまる人物が出てきたところで僕の中では物語終了だった。でもそれは物語、脚本の批判でしかなく、特別に物語に真新しさや展開がなくても映画は楽しめるものなのだが、それが楽しめないのは演出が酷いからだと思う。ぶれぶれカメラでやたらにカットをパチパチと切り替え、さらに編集で可変速とオーバーラップを過剰に操るPV演出はトニスコでも最近やらなくなっているのにと、ああいう一過性の流行りものの演出を見せられると本当に腹が立つ。何年か前にも「インファナルアフェア」や「24」の編集を、そのまま真似したテレビドラマがあったが、あの程度の下品さだった。

 と、口直しにホン・サンスの「気まぐれな唇」と「女の未来は男だ」と「浜辺の女」を連続DVD鑑賞するが、口直しどころか感動してしばらく席をたてなかった。いくつかの評を読む限り韓国のエリック・ロメールとか書かれていたけど、扱うテーマが「性」であることと生々しい会話での長回しは、いくつかの神代辰巳を思わせた。殆ど1シーン1カットなんだけど、日本の若い監督の長回しにありがちな傲慢な長回しではなく、カメラと役者の距離感に温かみがあって、映画を観ている間中心地よい時間が過ぎて行くのを共有させてくれるような時間を作り出しているのが素晴らしい。あと、韓国映画にありがちな興奮した激昂芝居が殆どないのもいい。こう言う思い切り創り上げて、それでいてまったく自然な芝居は時間をかけないと生み出せないのであろうが、映画における芝居のある理想系の形だろう。ホン・サンスはプロットだけ決めて、あとは役者とディスカッションしながら台詞を作り上げていったらしいが、時間の余裕さえあればそういった芝居作りはやはり興味深い。でも、本当に上手い人とではなくては出来ないのかとも思う。ワークショップで、こう言う芝居作りは何度か取り組んだことがあるが、経験値が低かったり演技対する考えに計算が建たない人がやるとかなり悲惨なことになる。やはり自然で演技していないような芝居を演技で作り上げると言う再構成が出来ないとこのクオリティにはいかないと思う。要するに「思いつき」だけでは駄目だと言うことだ。「思いつき」をオリジナルな表現に持っていくには経験値が高い胆力が必要ではないかと思う。日本でこの手のインディーズ作品が辛いなあと思うときは大概この芝居の追い込みが足りないからじゃないかと思う。まあ、真面目にやれば相米組のように1ヶ月の撮影スケジュールが3ヶ月にまで伸びて、2億も3億も赤字出したりすることもあるから、気をつけなくてはいけないけど。

こう言う弛たう映画は、80年代~90年代初頭の日本の自主映画系の監督にも多く見られたし、むしろ日本のインディーズ映画得意のジャンルだったはずなのに、軽く韓国映画に超えられてしまったのは悔しい。僕はこう言う映画は撮らないと思うけど、例えば松岡錠司監督とかPFF入選作の「三月」とか「田舎の法則」とか見る限り、限りなくホン・サンスのようになって欲しかったのに・・・。

と言うわけで2月にやるワークショップのテーマがはっきりしました。

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