« 2010年2月 | トップページ | 2010年4月 »

2010年3月

2010年3月28日 (日)

ブルーノ

 チネチッタで『ブルーノ』を鑑賞。鑑賞という文字が似合わないくらいにくだらない映画。『ブルーノ』は『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』のサシャ・バロン・コーエンの自作自演劇場第2弾。まあ、『ボラット』も大概だったが、差別、人種、宗教ネタのレベルが更に上がっていて、しかもネタの一つ一つが無意味でかなり笑える。ビン・ラディンのテロリストへのインタビューだとか、イスラエルとパレスチナをコケにしたネタ。更にアメリカ芸能人の社会奉仕活動を茶化す黒人の子供の養子ネタとか、『ボラット』にはまだロードムービーとしての物語や情感があったが今回は更に洗練されたくだらなで突き進む。『ボラット』がアメリカ文化への嘲笑だとしたら、今回はキリスト教文化圏から中東諸国すべてへの嘲笑とも受け取れる。だからかなりやばくて面白い。85分という短い上映時間も楽しい。久々になんにも考えずに見られるけど、真面目にゲイや性差別の問題を考えている人には迷惑な映画化もしれない。だって、オカマは絶対に拒否したくなるもの。こういうのは日本でもある程度の低予算で出来るんじゃないかと思うがどうだろう。

|

2010年3月22日 (月)

イルリッチョ IL RICCIO

昨日は妻の誕生会&甥の入学祝いを兼ねて、近くの「イルリッチョ IL RICCIO」と言うイタリアンレストランで家族の食事会。

http://ilriccio.food.officelive.com/default.aspx

このレストランは、魚料理専門のトラットリアで、佐世保の市場や横浜の契約農家から直接食材を取り寄せて、非常に美味しく料理してくれる店で去年から近くにオープンしたのですが、なかなかローカルな場所で魚と野菜のみのレストランは冒険だと思うのですが、こちらの心配をよそに結構繁盛しています。昨日は佐世保産やず(ハマチ)のラグーソースのパスタ、淡路産タマネギのピザ、同じく淡路産タマネギとホタテのパスタなんかを中心にコース料理を食べましたが、どれもこれも美味しかった。お酒の方はお店にお願いして、イタリア産のスパークリング「ヴィラ・デステ・スペシャル・リザーヴ・ブリュット 2005」と白ワイン「モリスファームズ・ヴェルメンティーノ」を持ち込んで3本とも開けました。総勢7名ほどだったのですが、お酒を飲める人がそんなにいなかかったせいもあって、結構僕は呑んでしまいましたね。「ヴィラ・デステ・スペシャル・リザーヴ・ブリュット 2005」はクリスマスにも呑みましたが、イタリアのリゾートホテル「ヴィラ・デステ」のオリジナルスパークリングで、高級シャンパンと同じ製法で作られているのにも関わらず比較的値段は良心的なものですが、とにかく香りがいいので大好きなスパークリングです。妻はお酒ではスパークリングワインやシャンパンが一番好きなので、これは誕生会のスペシャルですね。「モリスファームズ・ヴェルメンティーノ」の方は、トスカーナでは珍しい赤ワインではなく白ワインで、かなり濃厚な発酵度の酸味が抑え気味で甘みと香りが素晴らしい白ワインでした。一応先週、こちらのお店に老人たちを連れてきても大丈夫かロケハンがてらに妻と食事をした時に、味を確かめ、南イタリア料理と最高に合う酒を用意したのでした。まあ本当は、こちらのメニューに有るワインを飲むのが礼儀だと思うのですが、どうしても「「ヴィラ・デステ・スペシャル・リザーヴ・ブリュット 」を呑みたいと言う我侭を通させていただきました。

 甥っ子も去年夏まで硬式野球部で実質受験勉強期間は半年しかなかったのに志望校のW大学へ進学が決まってまずまずよかった。妻は大学でも野球部入部を進めていたがさすがに200人以上の野球部員を抱えるこの大学では野球はやるつもりはないらしかった。まあ、もし入部したらあの有名選手と1年間だけ同じ部員ってわけですが・・・

|

2010年3月17日 (水)

招かれた客

 昨日は、風間杜夫さん主演の舞台「招かれた客」を妻と共に日本橋三越劇場まで観に行ってきました。三越劇場は初めて入りましたが、日本橋三越そのものが昔の建築様式をそのまま残してあって中々興味深かったです。お芝居の方はフランスのちょっと苦い話を翻訳した1シュチュエーションコメディ。フランス独特の苦い味のするコメディを、風間杜夫、久野綾希子、綾田俊樹、川端槇二と言う出自が全く違う芸達者な役者が演じるエンターテイメント。どの俳優さんの芝居も堪能出来ました。

 その後築地で風間さんと合流して呑みました。芝居の感想も語ったけど、やはり面白いのは昔の東映時代の話。「真田風雲録」で、萬屋錦之介と渡部美佐子の少年少女時代の淡い恋のエピソードを当時子役だった風間さんが演じたが、午前中1カットも回らず、これは当時の東映京都では異例のことだったろうと言う話とか、「大江戸の侠児」で風間さんが死んでしまうシーンで風間さんを抱いたまま大川橋蔵が走り出すカットは、京都の東本願寺の境内に、いまでは考えられないほどの数のレールを敷いて、橋蔵が全力で走るカットを撮った。その後もあれほど長いレール撮影は見た事がない。とか。風間さんは黄金期の東映京都撮影所で少年期を過ごされ、しかも加藤泰監督の現場がいかにプログラムピクチュア全盛期の時代にも凄いことをやっていたか、そういう生きた映画の現場の話を聞くと、非常に羨ましくもあり、撮影所崩壊後の映画の現場についてまた考えさせられるのであった。

 散々呑んで、締めはやはり築地場外にある「虎杖」で、小海老天カレーうどんで締める。ここのカレーうどんは日本一うまいと思う。生クリームがスパイスの効いたカレーにかかっていて、想像するカレーうどんより相当にクリーミー。

 20100316205424

|

2010年3月16日 (火)

矢崎さんのはなし

ついでに矢崎さんのことを書いておこう。矢崎さんは長崎俊一監督と日大芸術学部映画学科の同級生だったが歳はひとつ上。万田さんと黒沢さんみたいな関係かな。同級生なんだけど、片方が呼び捨てにして片方がさん付けになる。この場合は「長崎」「矢崎さん」で「万田」「黒沢さん」だったりしたわけですね。
 この矢崎さんが「風たちの午後」と言う映画を撮って日本中を上映して廻っている時に僕は北海道で矢崎さんに出会った。矢崎さんは繊細な方で、自分で毎回映写機のそばにきては音を自分で調整したがった。まあ、そうすると殆ど聞こえなくなるんですが、その音量設定で上映するのが矢崎さんだった。矢崎さんは、地方に上映に行くと、必ずそこにいついてしまった。何も用事がないと延々その地方に居候を決め込むのだ。そして、そこで彼女を作る。矢崎さんはああいう顔なんだけど、非常に女性にもてた。いまはわからないけど80年代前半は、映画監督がもてた時代でもあったのだ。そして男にももてた。この場合、もてると言うのとは違うが、地方で映画作家少年を見つけると必ず声をかけて東京に招き寄せるのだ。そうして集まってきた人達が高円寺の寿荘に住み着いた。僕もその一人だろう。
 当時は、矢崎さんが声をかけて矢崎さんを慕って出てきた男女が本当にたくさん寿荘の周りに住んだ。もちろん色恋沙汰も耐えなくて面白かった。自主映画青年、役者、詩人、絵かき。どうしてこんなに他ジャンルの人達まで見つけてくるのかわからないけど、矢崎さんは地方から様々な人を招いた。ある意味治外法権の原始共産制みたいなところがあって、誰かが稼いで冷蔵庫に入れておいたものは勝手に食べていいことになっていた。
 でも矢崎さんはこう言う女性たちの中から女優志願の可愛い彼女を見つけるとあっという間に結婚してして、寿荘を出て行ってしまった。
 そしてそれが「三月のライオン」を生み出すことになるのだが、一方で多くの人を巻き込んだ事件にも発展するのだが、そのはなしはまたの機会に。

|

最近

 ツイッターで呟いてばかりでこっちにはあんまり書いていません。もうひとつの理由は、ココログのアカウントとニフティメールのアカウントが違うのでメールチェックのたびにアカウントを切り替えなければならず、それでちょっとメーラーに不具合が起って送信しても送信済みフォルダに履歴が残らない表示されることが多くなり、なんとなく足が遠のいたってのもありますね。とりあえず昨日は確定申告最後の日に滑り込み申告してきました。今日はこれから風間杜夫さんの舞台を観に行きます。あ、ツイッターでマジックのナポレオンズの人と知り合いになったのが嬉しいです。

そういえば中谷美紀さんが、「スイートリトルライズ」の舞台挨拶で矢崎仁司監督が打ち上げ中、寝てしまったので、まぶたに目を書いてしまった。とか言うことが記事になっていたけど、20ほど前に僕も全く同じ悪戯を矢崎さんにしてしまったことがある。つまり呑み会に行くとすぐに寝てしまうからなんだろうね。この時は中谷さんより僕らは悪質で、誰かの部屋で雑魚寝していたんだけど、朝起きて矢崎さんの顔中に落書きがしてあったままでも、誰も何も言わずにコンビニに買い物とかに行ってしまった。結局、矢崎さんは落書きだらけの顔で電車に乗って帰っていった。同じ悪戯を、確か宇野イサムにもしたことがあったが、その時は宇野は本当に怒り出し、それを怒った矢崎さんが「おまんは修行が足りん!」とか宇野と真面目に喧嘩になったりしていた。矢崎さんは酔っ払うと、相手をおまんと言ったり、「仁義なき戦い」の広島弁になったり、メチャクチャな言語になる人だった。
 『スイートリトルライズ』は黒川芽以も出ているから観に行く予定です。

|

2010年3月 8日 (月)

お祝い

 昨日は、脚本家の上がりを待ちながら成城の辰巳琢郎さん宅で真理恵ちゃんのレッスン。その脚本家が1年前に書いた初稿の一部を使う。ライターが書いた台詞を一行も変えずに、芝居次第でどうにでもなると言う試み。先月のワークショップも同じテキストを使ったが、やはりマンツーマンのほうがより深く考察出来る。ワークショップは僕1人対演者20数人なのに対し、昨日は僕と妻の2人で一人の演者の芝居を探求出来るのがやはり違うのだろう。面白かった。これをまた脚本やプロットに戻って自分の映画に活かせるに違いないと感じる。

20100308002056

 レッスン終了後、成城の蕎麦ダイニング「永山」に移動、辰巳さん一家と会食。妻が誕生祝いに素敵な花束と「ローランペリエ」のシャンパン、それに『永山』へも持ち込みで呑んだ「極上 吉乃川」をいただく。これらの酒に合う料理を考えるのが楽しみだ。「ローランペリエ」は妻の誕生日の30日にあけることにしたので、その日の料理が楽しみだ。辰巳さん、ちょっと最近は悔しいこともあったと思うが、家族全員明るい人達で昨日は本当に素敵な時間を過ごさせていただいた。『永山』は前からチェックしていた蕎麦ダイニングで、趣向を凝らしたつまみが美味しい。いい心地に酔って帰宅中に、ライターからプロットも届いたことを携帯で確認。ぎりぎり間に合ったか。

|

2010年3月 6日 (土)

ざっと

今週は月曜に「バッドルーテナント」を恵比寿で観た。ヘルツオークの新作。僕はアベル・フェラーラの前作に別に思い入れはないので、それなりに面白く観られたが、ニコラス刑事の芝居がちょっと力入りすぎ。小津じゃないがもう少し「刃物を呑んだ」芝居をしてほしい。ニコラス刑事は刃物見せ過ぎ。
 次に観たのが、ツイッターで柳下さんが絶賛していたジャン・クロード・ブリソーの「裸のめざめ」と言うフランスのエロ哲学映画。物語は性を探求して行く男女の話ですが、エロシーンと哲学トークの演出が見事で、長回しとカットバックの妙に溺れる。フランス映画はこうではなくてはいけない。
 あとの2本は、「パニッシャー ウオーゾーン」と「ハンコック」。「パニッシャー・ウオーゾーン」は残酷アクション映画の系譜に入れてもいいんじゃないかと言う程にスプラッター演出がキワキワで面白いんだが、ジグソーと言う「SAW」の悪役のモデルになったらしい、継ぎ接ぎだらけの怪人の役者がVシネ演技でちょっと萎える。ヒース・レジャーと比べちゃいかんが、悪役にはどんな映画でも品格がほしい。「ハンコック」は、前半のコメディ演出が全然笑えなくて困ってしまったが、後半強引なメロドラマと強引なハッピーエンドに泣かせる演出が良かった。
 と言うわけで、今日も脚本待っています。

|

2010年3月 4日 (木)

悪夢

 手塚眞さんのブログを読んでいたら「ロケの当日に取り返しのつかない遅刻をしてしまった!」と言う悪夢を見て目が覚めることがある。と言うことが書かれていたが、これは僕にもしょっちゅうある。僕の場合、ロケへの遅刻以外に、「当日のカット割りも何もなんにも考えていないのに現場に来てしまって役者やスタッフに恐ろしい目で睨まれる」と言う悪夢を見ることもある。こういう話を10年くらい前に黒沢清監督にしたら、「夢はあるよ~」と同じような体験をしたことがあると言っていた。こういう強迫観念のような悪夢は映画監督と言う仕事をしていると誰しもあるものなのだろうか?或いは自主映画出身でプロの現場に入って、最初はスタッフや役者と向きあうことに緊張感を持ってしまっただけの人が持つ強迫観念なのだろうか?

 いま「悪夢」をテーマにした企画を1本考えているので、ちょっと気になった。

 ところでツイッターは面白いね。久々にゴジさん(長谷川和彦)と再会した。元気そうだった。もう60過ぎだよね。僕も頑張らなくては。

| | コメント (0)

2010年3月 2日 (火)

普天間

 沖縄に何年も毎年行っていると地元の人達と親しくなる。そこで聞いたことは、普天間基地の県外移設には反対している地元の人達も結構多くいると言うこと。名護の市長選挙の結果は反対派の市長が当選したが、米軍がいることで仕事にありつけている人達はかなり多い。「沖縄の経済は米軍抜きには考えられないよ。特に毎日の仕事に窮する労働者にとっては死活問題になる」らしい。考えてみれば沖縄県は、農業で賄えるほどの土地もない、観光リゾート地としては素晴らしいが、不況の影響で観光産業はジリ貧だ。ぼくが毎年行く宜野湾にも完成したのに、親会社が倒産して廃墟になりつつある大型リゾートホテルがあった。基地があるからこそ中央からの金も誘導出来る。米軍の極東戦略のあり方や、日米安保そのもの考え方、騒音問題、米兵の素行など対米外交からイデオロギーから経済、治安まで含めて様々な問題を抱えているとは思うが、少なくてもこの問題で一番大事にしなくてはいけないのは沖縄の地元住民の人達の考えではないか?と、思う。安易にグアム移設だとか内地の人間には言って欲しくない。と言うのが沖縄の人達の率直な意見だと思う。

 

|

« 2010年2月 | トップページ | 2010年4月 »