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2011年1月 9日 (日)

最後の忠臣蔵

 川崎チネチッタにあるチネグランドが10日に閉館という話を聞いて、「最後の忠臣蔵」を観てきた。チネグランドはかつては川崎グランド劇場と呼ばれた700人以上入る所謂戦艦級の劇場で、全盛時はミラノやパンテオン系のチェーンに組み込まれた神奈川では大劇場の方だったと思う。川崎の映画街がチネチッタとしてシネコンに再編されてからも、チネグランドの名前で残っていたが、さすがに老朽化でその長い歴史を閉じることになった。シネコンは見やすいけどこうした大劇場独特の雰囲気は味わえない。切符を買ってから劇場の扉を開けるまでのワクワク感。場内の緞帳(チネグランドは既に撤去されていた)、単に映画を観るだけではないイベント感がかつての劇場にはあった。シネコンというのは何か大きな試写室にいるような印象なんですよね。

 そうしたこともあって「最後の忠臣蔵」をここで観たわけだが、正直、僕らはヒロインの桜庭ななみ目当て以外のモチベーションがあまりなかった。最近の時代劇にかなり失望感があったし、監督も時代劇を撮り慣れていないテレビドラマ界の大御所だし、とか偏見を持っていたのだが、これが実に静謐な最後の撮影所映画とも言えるべきクオリティを持っていた。脚本は田中陽造らしく、忠臣蔵の後日談に人形浄瑠璃の「曽根崎心中」を絡ませながら、どこか背徳的な純愛を描いていて、しっとりとじっとりと年の離れた男女の恋愛を描き出し、松竹大船の若手エースカメラマンだった長沼六郎さんが勝新太郎監督「座頭市」での陰影が強く大映映画の時代劇のDNAを持ち込めば、美術の西岡善信も最後の力を振り絞るかのようなリアリティある大映映画のセット、ロケーションコーディネートをしている。時代劇の職人が実にいい仕事をしているのだ。そしてなにより、役所広司、佐藤浩市といった俳優陣が実に過不足なく地に足がついた芝居を披露、出番は少ないが大石内蔵助を演じた片岡仁左衛門の重たいが確りとした口舌の良さは最近の時代劇では絶対に観られなかった「芸」の素晴らしさを感じた。それ以外も去年なくなった京都映画のスタッフが最期の撮影所の力を振り絞るかのように監督の杉田さんをを支えていた。杉田さんはフジテレビの役員でもあり、日本映画専門チャンネルの社長でもあるから出資会社に名前を連ねる日本映画専門チャンネルのプロデューサーでもあるわけで、出資者であればこそここまでのスタッフコントロールを出来たのかと類推したりする。あと、監督補に小笠原佳文さんという松竹京都のベテラン監督を配しているのもチームワークがうまく進んだ原因かとも思う。小笠原さんは、Vシネ全盛期は京都で「卍舞」とか撮っていた監督で「御家人斬九郎」とか渡辺謙版の「仕掛け人梅安」とか良質な映像京都の時代劇の監督もやっていらした方です。

 この映画、僕は勝手に松竹とフジテレビの提携作品なのかと思っていたけど、出資の大本はワーナー。製作は角川映画、下請けに松竹京都に作られていた。実質的には京都映画最後の映画になったと思うけど、これだけの傑作を生みながらおそらく次はもうないんだろうなあという寂寞感も持つ。継承すべきスタッフはこの映画を支えている老人スタッフがいなくなればもうその場所さえないだろうからだ。

 ところでチネグランドで久々に観たけど、やはり映画を観る環境としてはシネコンの方が圧倒的に良かった。広すぎて音が反響しまくって聞こえない台詞があるし、場内灯が消えないのに加えて劇場が広すぎて光源が弱くなり大スクリーンが少し薄らボケていたのだ。これもちょっと悲しかった。

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