鈴木則文監督と撮影所映画の終焉に関して私が知っている二三の事柄
「ドカベン」がなぜ面白いのか? 「今のがどうして面白いかというと」というのは林家三平のギャグの一つだが、久々に「ドカベン」を観て、なんで鈴木則文が面白いのかというと。ということを書きたくなった。これは映画の作り方や観る作法にも関係してくるとおもうからだ。
映画「ドカベン」は意外にも、水島新司の原作に物語運びは忠実に作られている。だから映画の殆どは柔道部編で展開し、野球編は後半の10分程度のエピソードに強引にまとめられている。たぶん東映としてはシリーズ化を目論んだからだろう。で、これは鈴木則文監督を再評価される時によく出てくる言だが、漫画的表現を本当にしょぼい特撮でもなんでも使ってこれもまた忠実に再現している。忠実に再現しようという余りに「やりすぎ感」が出すぎて、かなりリアリティを欠いたものになっている。確かにそれはひとつの特徴と言える。
しかし、それでいて最近の劇画やアニメの映画化のように原作をなぞって再構築しているだけの「スターかくし芸大会」映画と違うのは、ひとつひとつのくだらないカットに物凄い手間暇をかけて撮っている点で、ここが同じ東映の他の監督とは違うところだと思う。
何が違うのかというと、徹底した撮影所のセットワークだ。例えば、岩鬼が四つん這いになってドカベンに気がつれないように、追いかける場面。追う岩鬼が土手の下を走り、土手の上をドカベンが走る。これを横位置の引きでワンカット処理している。まあ、これも漫画的な表現といえばそれまでなのだが、これをロケではなく土手のセットを造り込んで2人が上下を走る姿にまで引くには、セットとカメラの間にはかなりの「引きじり」が必要なわけで、このカットを撮るためにもかなり労力を割いていることになる。しかし、こうしたくだらないことに物凄い労力を使って映画をなんとか娯楽にしょうという涙ぐましい努力が鈴木則文映画からは垣間見える。
露悪的な傾向やスカトロイズムからカルト映画の監督としての再評価が高くなってきた鈴木監督だが、本来は70年代までは東映のお正月、ゴールデンウイーク、お盆興行を任させれるエース監督だった。真田広之の最初の主演映画「百地三太夫」~「吼えろ鉄拳」までその地位は揺るがなかった。しかし、「ザ・サムライ」を最後に東映で撮れなくなった理由はお体を壊したということもあるが、やはりこのくだらないことに全力を尽くす撮影所映画の王道のやり方が斜陽になってきた東映の中でも避けられたのだと思う。当時、日活撮影所出身の黒沢満さんが東映セントラルから東映本番線の常務、専務になられてかなり多くの作品を作られるようになった頃、東映の番組は日活出身の若い監督に登板が多くなっていった。ロマンポルノで鍛えられた若い監督たちは、ロケーション中心の撮影にも対応し、低予算でもそこそこに撮る力はあった。78年に「多羅尾伴内」を鈴木監督が撮り、併映が「最も危険な遊戯」だったが、これが逆転していった時代だ。
東映は、80年代後半から8000万でVシネを撮り始めた。このころ、東映映画を好きな漫画原作者と呑んだことがあって、鈴木則文監督になんとか登板してもらえる企画は考えられないかという話をしたが、この方も何度か推薦したことはあるが、当時の東映から帰ってくる答えは「鈴木監督の映画は予算がかかり過ぎるから」という理由で断られてしまう。と語っていたのを覚えている。
Vシネ全盛期に入った頃鈴木監督は体調も壊され脚本中心の仕事をしていたのだが、東映自体にかつてのエース監督を起用する余裕がなくなっていたのではないかと思う。僕も撮影所の雰囲気をちょっと知っているからわかるけど、一度この監督は予算がかかる。となると中々プログラムピクチュアでは撮れなくなった。もちろん、百戦錬磨の鈴木監督だから「そんなことは出来る」と言うだろうが、やはり鈴木監督を起用するならあのセットワークなしには持ち味は出せなかったのではないかとも思うし、「ザサムライ」の中でふんだんに本格的な殺陣、アクションをやりまくっていくやり方は金と時間がかかり過ぎたのだ。しかし、そのサービス精神に全力を尽くす姿勢こそ映画監督の王道だと僕は思うのだ。
近年は「聖獣学園」の露悪趣味や、サブカル的に持ち上げられる「スケバン」ものなどで再評価されカルトとしての存在になってきた鈴木則文監督だが、映画ジャーナリズムはこのままカルトの中に鈴木則文を押しとどめてはいけない。確りとした技術と映画への思いを手を抜くことなく演出するその力、映画の王道を生きてきた監督として、加藤泰の流れを組む撮影所映画の最高峰として評価すべきなのだ。決して変な映画を撮る監督ではない。もちろん、そういった側面もあるが、「作家主義」として鈴木則文を語るなら、この人の撮る映画こそ日本映画なのだ。
そして一方、同時に鈴木則文が撮ってきた撮影所時代の王道の映画は既に終焉していることも知らなくてはいけない。
僕は映画を撮ったりドラマを撮ったりする人たちがシネフィルのように映画を追いかけて観る必要はまったくないと思うが、自分たちが生きている仕事の歴史は知っておいたほうがいいし、時折検証していく必要もあるのではないかと思う。
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