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2011年1月9日 - 2011年1月15日

2011年1月14日 (金)

犬とあなたの物語

 久々に試写室で声を上げて笑ってしまった。僕は昔から映画館で笑えるシーンがあると本気で声を上げて笑ってしまう。「男はつらいよ」で寅次郎が柴又に帰ってきて虎屋の人々やタコ社長とケンカするくだり、「トラック野郎シリーズ」で定番の由利徹や南利明、山城新伍といった人達がしもネタギャグを連発するくだり、そういうシーンで笑ったのと同じくらい、「犬とあなたの物語」の前半のショートフィルム部分は笑える。今回はCMの監督たちが腕を競い合うかのようにショートギャグを連発する前半部分と、長崎俊一監督による犬と人生について深く考えさせられる中編、そしてエンディングにやはりCM監督による犬への愛情を表現した短編がつく構成となっている。この前半の新劇系の俳優さんに大真面目にくだらない芝居をさせる部分がかなり笑えるのだ。

 そして散々笑ったところへ、長崎さんのちょっと深刻なヒューマンドラマが来る。このヒューマンドラマが長崎さんらしいストイックで抑制のきいた演出で実によく出来ている。僕は長崎監督とは10年くらい組んでいたので、わかるがこうしたプログラムピクチュア的な作品に対してとても真摯に取り組む監督なのだ。人間が真面目なのだ。多分僕の1億倍くらい真面目で努力家なのだ。「犬の名前」は、過度な感動、笑いなどは抑えるが静かに物語を語っていく。的確なカット割り、抑制のきいた芝居久々に上質なエンタティメントを観ている気分にさせてくれた。さんざん前半の短編部分で笑ったあとのなので、「若年性アルツハイマー」で静かに家庭が崩壊していくさまと、少年時代の犬との別れと今いる犬への愛情を重ねながら人生について深く考えさせてくれる。まあ、これは僕がもうすぐ50才でこうした内容に真剣に危機感を覚えたりするってのもあったかもしれないが、主人公達に付かず離れず愛情のある眼差しで描き出す長崎さんの演出に目からウロコが落ちた気分だった。

 これは余談だが、むかし、室井滋や諏訪太朗など仲間内でボーリングをやった時のことだった。長崎さんが決して運動神経がいい方ではなく、ましてや事故の後遺症でもあったので、ボーリングはビリ予想されていた。それがボーリング場について、順番待ちをしている間、僕らがゲームとかしている間に長崎さんはそこに貼ってあったボーリングの球の投げ方、足の運び方を科学的に解析してあるポスターを真剣に眺め、それを短時間で習得し結果的に優勝した。長崎さんとはそういう人なのだ。

 長崎俊一、矢崎仁司といった先輩格の監督たちがそれぞれ予算や規模は違うがプログラムピクチュア的な中で傑作を生み出したのは嬉しい。僕は商業映画は適当にやって、インディーズで自分の映画を撮るときに禊をするような監督は認めたくない。長崎さんが自主映画から商業映画に行く間に実に4年くらい撮れない時期があった。その間、決して遊んでいたわけではなく、僕は長崎さんのために何本も脚本やプロットを書いて企画してプロデューサー周りをした。成人映画やAV的の企画までやったが長崎監督は決して手を抜いたりはしなかった。どんな企画でも、常に全力投球。ちょっとでも気をぬこうとすると「お前本当に其れでいいのか」と射るような目で睨まれた。僕は数年前にテレビドラマを撮っているとき、同じシリーズを撮っているある先輩監督に「おまえこんなものやって何が面白いの?」と言われたことがある。その方は、海外の映画祭でも有名な方だ。しかし、どんな時でも自分の力で傑作を撮る努力をしないと腕が鈍ってしまうと思う。それは僕自身も大いに反省したことがある。だから長崎さんの「犬の名前」の真摯に映画に向かう姿勢にはやはり胸を締め付けられる思いがしたのだ。

 「犬とあなたの物語」1月22日から全国公開される。シネコンでもやっている映画なので、何を観ようか迷った時は是非オススメします。

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2011年1月12日 (水)

不倫純愛

 某Pからのお薦めもあり、というかその人から聞かなければこの映画の存在すら知らなかったわけですが、イマジカの第2試写室に「不倫純愛」を見に行ってきました。マスコミ試写は2回のみで、公式HPもないので、先に告知しておきますが、この井土紀州脚本で矢崎仁司監督による「不倫純愛」は1月22日より新宿のシネマート新宿でレイトショー公開。雑誌「FRYDAY」に記事が出ていましたが、主演の嘉門洋子さんが初脱ぎとなることで話題になっている、新堂冬樹原作のエロティックサスペンスです。

 矢崎さんが低予算の請負仕事をやるってのがまず驚きました。矢崎さんは日芸時代に僕の師である長崎俊一監督と知り合い、「風たちの午後」という16ミリ映画で80年代初頭に話題となった人です。僕はその頃札幌で自主上映をやっていて、「風たちの午後」も上映し矢崎さんともそこで知り合いました。この矢崎さん、普段は消え入るような声でしゃべって静かなのですが酔うと雄弁となり物凄いオルガナイザーになるんですね。日本中を「風たちの午後」を持って行脚して回り、各地方から矢崎さんの言葉にほだされて東京へ出てきた自主映画青年たちは何人もいた。そして、地方から出てきた自主映画青年たちは高円寺にある矢崎さんが住んでいた「寿荘」というアパートに住み始めた。僕もその一人ですね。僕は自主映画をやるためではなく長谷川和彦を頼って助監督をやるために「寿荘」に住みはじめ、矢崎さんの三畳間で暮らしました。僕が出てきた当時は矢崎さんを敬う自主映画青年や役者の卵、ミュージシャン、なんかがゴロゴロ家賃もまともに払わず住んでいましたが、矢崎さんはその後夫人となった女性の部屋に行っていてもう「寿荘」にはいませんでした。この三畳間に畳が落ちそうなくらいに矢崎さんが残してった雑誌「シナリオ」や映画雑誌があって、古い映画の脚本をやたらにそこで読んで勉強になったのが今も役に立っていると思います。

 その後僕は矢崎さんが「三月のライオン」という映画を自主制作で撮り始めたときにチーフ助監督として参加しました。しかし、10日間撮影して1カットもオーケーが出なかったんですよね。当時僕は助監督として生活していたので、「三月のライオン」の為に二ヶ月間は空けられるけど、黒沢清監督に誘われて三ヶ月目からは「スウイートホーム」の準備に入るので困ってしまったのです。このままでは撮影はいつ終わるかわからない。そうこうしているうちに主役の交代劇なども含めて、撮影は中断となり僕は現場を離れてしまったわけです。「スイートホーム」のロケが終わるとすぐに長崎俊一監督の「誘惑者」の準備入るので、再開する「三月のライオン」はキャスティングと演技事務、それにスケジュールだけ組んで新しい若い助監督に渡した記憶があります。

 まあそういう経験もあったので、1日1カットも回せなかった矢崎さんが低予算の請負仕事を撮ると聞いたので、正直不安もありつつスクリーンに向かったのですが、これが堂々としたフィルム・ノワールの傑作で、いつもの静謐な演出を活かしつつ、確りとしたプログラムピクチュアに仕上げていたので驚きました。撮影はデジタル一眼レフのカメラを使ったようですが「三月のライオン」でも組んだ石井勲カメラマンがかなりクオリティ高い画面作りをしていた。主役の嘉門洋子の脱ぎっぷりも堂々としていて、プロデューサーが望むエロティックな濡れ場もかなり濃厚に撮り上げていて低予算商業映画としてはかなり出来がいい。タイトルからすると、ロマンポルノ的なメロドラマのニュアンスがありますが、内容は50年代アメリカ映画に定番だった「悪女」に翻弄されるノワール映画、例えばビリー・ワイルダーの「深夜の告白」とかフリッツ・ラングの「飾り窓の女」ジャン・ルノワールの「浜辺の女」などのファムファタール映画というべきか。とにかく、普通におもしろい映画になっています。

 試写後、撮影の石井勲からいろいろ苦労談も聞いたけど、低予算でもここまで魅せてくれる矢崎さんの演出力の技を堪能しました。

 なかなかマスコミには乗らないし、このタイトルで敬遠する人もいるかもしれないですがエンタティメント映画として楽しめるので是非1月22日からのシネマート新宿へ観に行ってあげてください。ところで「シネマート新宿」って「新宿文化シネマ」のことだったんですね。川崎に越して新宿で映画を観なくなったので知らなかった。

 

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2011年1月 9日 (日)

最後の忠臣蔵

 川崎チネチッタにあるチネグランドが10日に閉館という話を聞いて、「最後の忠臣蔵」を観てきた。チネグランドはかつては川崎グランド劇場と呼ばれた700人以上入る所謂戦艦級の劇場で、全盛時はミラノやパンテオン系のチェーンに組み込まれた神奈川では大劇場の方だったと思う。川崎の映画街がチネチッタとしてシネコンに再編されてからも、チネグランドの名前で残っていたが、さすがに老朽化でその長い歴史を閉じることになった。シネコンは見やすいけどこうした大劇場独特の雰囲気は味わえない。切符を買ってから劇場の扉を開けるまでのワクワク感。場内の緞帳(チネグランドは既に撤去されていた)、単に映画を観るだけではないイベント感がかつての劇場にはあった。シネコンというのは何か大きな試写室にいるような印象なんですよね。

 そうしたこともあって「最後の忠臣蔵」をここで観たわけだが、正直、僕らはヒロインの桜庭ななみ目当て以外のモチベーションがあまりなかった。最近の時代劇にかなり失望感があったし、監督も時代劇を撮り慣れていないテレビドラマ界の大御所だし、とか偏見を持っていたのだが、これが実に静謐な最後の撮影所映画とも言えるべきクオリティを持っていた。脚本は田中陽造らしく、忠臣蔵の後日談に人形浄瑠璃の「曽根崎心中」を絡ませながら、どこか背徳的な純愛を描いていて、しっとりとじっとりと年の離れた男女の恋愛を描き出し、松竹大船の若手エースカメラマンだった長沼六郎さんが勝新太郎監督「座頭市」での陰影が強く大映映画の時代劇のDNAを持ち込めば、美術の西岡善信も最後の力を振り絞るかのようなリアリティある大映映画のセット、ロケーションコーディネートをしている。時代劇の職人が実にいい仕事をしているのだ。そしてなにより、役所広司、佐藤浩市といった俳優陣が実に過不足なく地に足がついた芝居を披露、出番は少ないが大石内蔵助を演じた片岡仁左衛門の重たいが確りとした口舌の良さは最近の時代劇では絶対に観られなかった「芸」の素晴らしさを感じた。それ以外も去年なくなった京都映画のスタッフが最期の撮影所の力を振り絞るかのように監督の杉田さんをを支えていた。杉田さんはフジテレビの役員でもあり、日本映画専門チャンネルの社長でもあるから出資会社に名前を連ねる日本映画専門チャンネルのプロデューサーでもあるわけで、出資者であればこそここまでのスタッフコントロールを出来たのかと類推したりする。あと、監督補に小笠原佳文さんという松竹京都のベテラン監督を配しているのもチームワークがうまく進んだ原因かとも思う。小笠原さんは、Vシネ全盛期は京都で「卍舞」とか撮っていた監督で「御家人斬九郎」とか渡辺謙版の「仕掛け人梅安」とか良質な映像京都の時代劇の監督もやっていらした方です。

 この映画、僕は勝手に松竹とフジテレビの提携作品なのかと思っていたけど、出資の大本はワーナー。製作は角川映画、下請けに松竹京都に作られていた。実質的には京都映画最後の映画になったと思うけど、これだけの傑作を生みながらおそらく次はもうないんだろうなあという寂寞感も持つ。継承すべきスタッフはこの映画を支えている老人スタッフがいなくなればもうその場所さえないだろうからだ。

 ところでチネグランドで久々に観たけど、やはり映画を観る環境としてはシネコンの方が圧倒的に良かった。広すぎて音が反響しまくって聞こえない台詞があるし、場内灯が消えないのに加えて劇場が広すぎて光源が弱くなり大スクリーンが少し薄らボケていたのだ。これもちょっと悲しかった。

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