映画・テレビ

キム・ギヨン3連発

 朝から夜まで東京国際映画祭で上映されるキム・ギヨン監督特集を観に六本木へ。映画は「下女」と「水女」と「火女82」の3本。「下女」は今から12年ほど前に高橋洋さんに誘われて観て以来。「発狂する唇」を撮るきっかけにもなった映画です。「下女」は12年前からさらに修復されていると言うことだったが、さすがに長い年月観ていなかったのでどこが修復されているのかはわからなかったが、再見して、もう鳥肌立つ迫力ある演出に脳内ノックアウト。続く「水女」は児童国際なんたら用の映画のようだが、途中までの醜悪なメロドラマと突如始まる児童憲章の大合唱でなぜか映画的感動を誘う奇跡の演出。この「水女」の何とも言えない貧乏臭いセンチメンタリズムこそアジアンドメスティック映画の醍醐味。ローカル映画でないと味わえない、アジアの田舎の食堂で味の濃い料理を食べさせられている感じ。「火女82」は「下女」の2回目のリメイク。「下女」がどこかアメリカ映画50年代の格調ある演出を感じさせるのに対して「火女」の方は、ほぼ同じ脚本ながらどこか70年代日本映画の青春映画の趣があって、つまり何と言うかロマンポルノのような緩い雰囲気があるのが面白かった。どれここれも傑作揃いで、キム・ギヨン特集は今週いっぱい続くので興味ある方は是非参加すべし。

 実は3本の上映のそれぞれの間が2時間づつあって、持て余す時間をどう過ごそうかと考えていたら、会場に柳下毅一郎さんと篠崎誠君がいて、3人で食事をしたりコーヒーを飲んだりしながら上映時間ぎりぎりまで延々と映画談議に花を咲かせたので、映画も含めて実に有意義な1日となった。帰り際には青山真治にも会ったけど、彼に残した言葉は、今日1日キム・ギヨンを見ての僕の心の底からの真実の言葉だった。

http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=127

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女子大生会計士の事件簿 7話 本編集

女子大生会計士の事件簿  DX.5 とびっきり推理なバースデー (角川文庫 や 37-5) Book 女子大生会計士の事件簿 DX.5 とびっきり推理なバースデー (角川文庫 や 37-5)

著者:山田 真哉
販売元:角川グループパブリッシング
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午後から新井薬師のトムスエンタティメントで「女子大生会計士の事件簿」第7話の本編集。既に、5,6話は完成しているのでフォーマットは出来上がっておりこの間よりもスムーズに繋げた。まあ7話目は、「ケータイ刑事」で言う企画ものと言うか銭形舞「チーフ脚本家殺人事件」や銭形零「連続監督殺人事件」のようなものなのですが、さらにそれを超えて現実とドラマが一緒になってしまうと言うまさに「テレビは冒険だ!」を実践する回になっております。僕の中ではウルトラセブン「第4惑星の悪夢」とかロバート・バリッシュの『決死圏SOS宇宙船』を、角川書店本社内だけで撮ってしまったと言うようなものにしたかったのですが、どうなっているでしょう。まあ、そこまで崇高なものは無理かもしれませんが、この回は角川アニメに馴染みある声優さんも出演していたり、突然萌ちゃんが雷になってしまったりいろいろ遊んでいます。

 「女子大生会計士の事件簿」では、5話は宝積さんを起用してクイーンとはまた違った、強くて悪い女を演じて貰いました。以前にも書きましたが、クライマックスの2人の対決を長回しで撮ったシーンが印象的ですが、実はこの回はカッキーこと竹財君がメインのストーリーで、カッキーが単に萌美の相棒ではなく、彼の心情とか過去にも突っ込んでみた回で三宅君の脚本が冴えています。6話は、本来僕がこのシリーズで一番やりたかった経済サスペンスを、森本亮治君をゲストに迎えて描きました。萌美には「マルサの女」の宮本信子さんのように、経済専門用語を軽やかに駆使して事件を解決させていく。と言うことをやらせたかったので、撮影初日の最初のシーンには随分とテイクを重ねて小出早織ちゃんに経済用語をかつ舌よく語りきるまで頑張ってもらいました。おかげで、そのあとのクライマックスシーンでは最初のテストから素晴らしい知的な小出=萌美を演じてもらうことができ、理想の萌美を撮ることができました。この回はうちの奥さんも森本君の上司の役で出演しています。

 とにかく新しい一皮剥けた小出早織ちゃんをたっぷり堪能していただきたいなと思うし、原作を読んで山田さんの小説のファンになった方にも絶対に落胆させない仕上がりのドラマが出来上がったと思います。いつか映画版とかできたら是非撮りたいなと欲望が湧いてきてしまうくらい面白かった仕事です。と言うわけで、母の死と言うのが間に挟まってしまったせいもあって、「女子大生会計士の事件簿」は僕にとって忘れられないシリーズとなったと思います。実は順調に進めば今日クランクアップとなっているはずなんですが、雨も降ったし大丈夫だったでしょうか?

 明日は朝から「東京少女」のロケハンで、夜から「女子大生会計士の事件簿」の打ち上げです。

 

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レイダース4

亡くなった母の葬儀からもう1週間。なんだかんだとめまぐるしく動いてようやくひと休み。「インディジョーンズ クリスタルスカルの王国」をチネチッタに観にいく。思えば、母はこのシリーズのファンだった。1作目、2作目は元気な時に見たし3作目はもう病気になっていたが、それでも観たいということで、帰省した折に札幌の東宝日劇というこれまた今は亡き札幌の戦艦級の劇場で観た。そういった意味で映画の出来とは関係なく、ラストでインディのテーマ曲が流れて来ると一つの時代が終わっていくのだなと言うことを実感する。Times They Are A-Changin'

 で、映画のほうですが、前作からおよそ20年ぶりの新作ということなのだが、ここまでかつてのこのシリーズを反芻する意味がどこにあるのかと?いや、「ケータイ刑事 THE MOVIE」のようにこれまでシリーズを育ててくださったファンへの感謝の意も込めて創られる映画ならともかく、今更1作目のカレン・アレンがヒロインとして復帰したりだの、シリーズの小ネタ拾いには辟易とさせられる。あんなオバチャンがヒロインで冒険活劇に胸は躍らんし、大体27年前の「レイダース 失われた聖櫃」においてもカレン・アレンの存在は決して歓迎されていたわけではなかったのに・・・。

それだけではない、スピルバーグの演出にも大いに不満が残る。アクションは確り撮れているのに何か決定的なカットがない。たとえば、冒頭でソビエト軍がアメリカ兵に扮装して乗り込んで来る時のカット。襲撃の瞬間、人があっという間に倒れていくあの瞬殺のカットがない。冒頭のアクション~ジョーンズの教授エピソード~ジュニアの登場のくだりも、余計なシリーズの後付け説明を蒐集していくので映画が停滞することこの上ない。どうしてこうなってしまったのか?ルーカスは悪いのだ。と決めつけるのは簡単だが、演出が下手糞に見えるのはスピルバーグの責任以外の何物でもない。ジョン・ハートとかケイト・ブランシェット(最近出まくりだな)とかキャスティングセンスは絶妙なのに勿体ない。この活劇映画の代表のようなタイトルを冠した映画がなぜ失敗するのか?アクションシーンがうまく撮れていても活劇はなぜうまくいかないのか?深く考えながら映画館を出た。

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暑い

 午前中から家を出て赤坂のBsiまで出向いてライターの三宅君と脚本打合せ。もう、テレビ局だろうがどこだろうが短パンTシャツ姿ですね。8月7日と言うのは昔の暦で立秋らしいけど、7日~お盆当たりが暑さのピークだろう。打ち合わせ後新宿のビックカメラ~ヨドバシと廻って買い物をするがお目当てのものは見つからず、これも母の葬儀の後始末の品です。その新宿での暴力的な暑さは、ハンマーで後頭部を何度も殴打されるようなくらいにガツンとくる暑さだった。それでも湿気が少ないのがまだ救いか・・・。去年は8月いっぱい風邪をひいていたので、結構寝込んでる時期が長かったけど今年はクランクインを控えているので「これから」が忙しくなる本番ですわ。

 三宅君との打ち合わせでようやく自分の中でのこのドラマの演出の肝を見つけたかと思う。とは言え明日からチーフDの回はもうクランクインだもんなあ。まだ詳細は書けませんが、スタッフ・キャストの皆さんは猛暑の中での撮影となるので、熱中症にならないようにくれぐれも気をつけてほしいなと思います。

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悲しみは空の彼方に

 ダグラス・サーク特集の「いつも明日がある」再見と「悲しみは空の彼方に」を観に行っていたら、北海道から訃報が届いた。母親が亡くなったのだ。丁度「いつも明日がある」の入場直前で、角川の伊橋さんに出くわしてチケットソールドアウトで獲れない人がいたので速攻で譲って、家へ帰り詳細を聞く。今朝心筋梗塞で亡くなったのだと言う。明日カメラテストや脚本打ち合わせを予定していたので、助監督や担当プロデューサーに連絡、なんとか5日のオールスタッフ顔合わせには間に合わせて戻ってこられるように北海道とも連絡を取って段取り。とりあえず、明日早朝出発で北海道へ。いきなり喪主ですね。

 「悲しみは空の彼方に」はスクリーンで観ることは出来なかったが、母の訃報と共に今週観た数々のダグラス・サーク映画は僕にとって忘れられない映画的体験となるだろう。

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翼に賭ける命とボリショイサーカス

 早朝に来月撮るドラマの脚本が送られて来たので出かけるまで2本読んで、簡単な感想をライターの三宅君に送りながらダグラス・サークいくべしと言うメッセージを書く。

 と言うわけで、11時からまた渋谷でダグラス・サーク特集の「翼に賭ける命」を観て、また体中を完璧なる映画の技に身も心も震わせてしまう。文武両道と言うか、これほどまでにアクションシーンがダイナミックに描けながらロック・ハドソンとドロシー・マローンのシーン始め芝居場の撮り方がここまで完璧なのはもうお手上げだ。人物の配置からカメラ、人物が動いた時の影の具合、芝居の仕草ひとつひとつが全て言うことなしなのだ。さらにあれだけの激しいアクションシーンの後に飛行機事故で死んだ死体が無造作に投げ出されると言う死の瞬間まで捉えている。それが、ダミー人形のようには見えないとか操演技術の賜物であるとかいうことを超えて死を感じさせてしまう。CGでは絶対出せないスペクタクルとその結果の死をフィルムに焼きつかせてしまったと言う凄さなのだ。最近のハリウッド映画のアクション監督はこのシーンを絶対に見るべきだ。個人的にはプロペラ飛行機の回転するプロペラに異常な執念を燃やす、現代の文武両道監督スピルバーグに「翼に賭ける命」をリメイクしてほしいなと思いました。

 でも、この凄さはDVDだけで確認できるものなのだろうか、やはり劇場のしかもシネスコサイズで体感できるものではないだろうか、家の40インチモニターでもダメだ。だからDVDボックスを買っても劇場に通わなくてはいけない使命感に燃えてしまうのだ。

 今日は1本だけ観て、速攻で東横線に飛び乗り関内で妻と待ち合わせて横浜文化体育館で「ボリショイサーカス」を一緒に観に行く。生まれて初めてのサーカス体験だったが、「翼に賭ける命」が飛行機サーカスが失敗してしまうと言う話だったので、終始緊張感を持って観る。でも、これは楽しかったなあ。空中ブランコと言うのは、テレビの映像とかで観るとそんなに怖くないんだけど、間近で見上げて、例えばブランコからブランコに飛び乗る瞬間の筋肉の瞬発的な伸縮を直接見ると、それが人間の力だけで為されている業であるかをまざまざと感じさせられて、それだけに落下の恐怖感はまさに今そこに迫っていたのだと感じて鳥肌が立ってしまった。なんにせよ、2時間のエンターティメントは心を潤沢にしてくれた。

 ところで、ダグラス・サーク特集で会った中原昌也君に「これからボリショイ行くんだ」と言ったら「僕はもう先週見ましたよ」とすぐに切り返され、その隣にいた青山真治が「え、なんで?みんなサーカスに」と言いたげに思わず中原君を見たのはおかしかった。

 明日は脚本のお勉強の為、サーク特集は一休み。明後日の最終日、もう一度駆けつけることにします。「いつも明日がある」はもう一度観ないとなあ。

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アパッチの怒り 南の誘惑

 朝からぴあフィルムフェスティバルでダグラス・サークの「アパッチの怒り」と「南の誘惑」を連続鑑賞。「アパッチの怒り」はダグラス・サークが撮った唯一の西部劇で、馬と斜面を使ったアクションはとても初めて西部劇を撮った監督とは思えないほどのダイナミックさがあった。ただ、時折微妙な間合いでカメラ目線の単独カットが入るのはこの映画が3D立体映画として創られていたからだろう。ロック・ハドソンがインディアンの主人公をコスプレしながら、それでいて途中で騎兵隊姿にならなくてはいけないと言うかなり捻った異形の姿が面白い。それだけで映画の主人公に常に爆弾を抱え出す演出になっており、主人公がこの騎兵隊衣装をかなぐり捨て半裸になって戦闘に駆け付ける姿に映画的な感動を覚えた。

 「南の誘惑」はドイツ製のミュージカルだが、後半は陰謀サスペンスメロドラマになっているのが面白かった。この映画もヒロインがクライマックスで「10年間で嫌いになった」ハバネロを無理に歌い上げていくシーンと同時にサスペンスが盛り上がる演出が素晴らしい。これこそが活劇の語り口と言うことではないかと思った。非常に面白い映画だった。

 この2本の映画を観た後は武蔵小杉に移動してFM川崎のラジオ出演。「トリコン!!!リターンズ」の話とか、ダグラス・サーク、それに8月に川崎の市民ミュージアムで上映される成瀬の「流れる」や「女が階段を上がる時」などについて語る。

 もうすぐまた疾風怒涛の準備が始まるので今は束の間の時間を使って映画を観まくらなくてはと思っています。

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歩いても歩いても

 阿部寛さんから頂いたチケットで「歩いても歩いても」を鑑賞。三浦海岸を舞台にした、どこにでもありそうな、それでいてちょっと複雑な家族の1日を描いた秀作。いや、日常を描く映画って多いんですが、この映画の俳優さんたちくらいの実力者が出てくる映画はあまりない。まあ、原田芳雄さんが年寄りにはまだ見えなかったり、YOUはやっぱり好きではないんですが、樹木希林さんの独壇場の芝居はやはり見応えがあった。現役の年齢の役者では一番うまいんじゃないかなと。それが演出によるものなのか、俳優の独自のアイディアなのかわからないが、終始主婦として常に何か動きながら芝居をしているのに感心する。それもどれもさりげなくリアルだ。芝居になっていないようで明らかに芝居で、それでいて映画全体の調律を狂わせてしまうようなおこがましさもない。全てが物語に奉仕しながら極めて禁欲的でそれでいて攻撃的な芝居。最近観た映画の芝居でも特筆すべきものだろう。僕は昔から樹木希林さんに憧れていたが、これは彼女の代表作になり得る映画ではないかと思った。映画の方はそれまで一回も移動撮影がなくラストで突如クレーンアップするが、ロッセリーニの「イタリア旅行」のようなたった一回のクレーンの動きに大きな情動を呼び起こすマジックがなかったのがちょっと残念。ここは最後まで禁欲的でも良かったんじゃないかなと。

 阿部寛さんは、生活感がなくってそれが漂泊している都会の男と言うものを説明させないキャラクターで成功していると思いました。まだこれから見る人も多いと思うので詳しくは書けませんが、成瀬巳喜男の映画の中に出てくる上原謙のような不安定な二枚目と言うか、それでいて主役しかやってはいけないキャラクターとして絶対的に映画には必要な存在だと思わせました。彼が主役だから、脇の樹木希林さんが初めて生きて来るし、また樹木希林さんがいるからこそ阿部寛さんも生きてくる。溝口流に言えば「反射している芝居」がそこにある。と言うことなのでしょう。

 いずれにしろ、どれもこれも同じような映画に見える単館系の若い監督の撮った映画の予告編に絶望させられる中、映画としての芯をしっかり持った日本映画に心を癒された気にさせられました。

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暑い時は汗を流すのが一番 と吸血髑髏船 ネタバレあり

 昨日は公式行事がなかったので、いくつか試写に行こうかなと思うがこう言う日に限って観たい映画の試写がない。撮影が重なっていた時はあんなに試写あったのに・・・。と言うわけで、午前中はHDに録った松竹映画「吸血髑髏船」を観て、午後から携帯ショップを廻って機種変更とMNPでキャリア遂に変えるかどうか検討。その後、スポーツクラブへ行こうと思うが近所のジムが休みなので溝の口の系列ジムへ行き、1時間30分ほど汗を流し、プールでトレーニング。終了後サウナ入って、水分を確りとりながらマッサージで身体をほぐす。外へ出ると暑さがぐっと来るが、スポーツの後は体感が全然違う。今日はこれから「東京少女」のMAを夕方までやって、夕方から「トリコンリターンズ!!!」のCGカット差し替えとカラコレチェックとスタジオをハシゴするので昨日はよい休日になったかな。

 ちなみに松野宏軌の「吸血髑髏船」は小学校3年生の時に怪獣映画と勘違いして観に行った「昆虫大戦争」の併映で、およそ40年ぶりの再見となったが、小学校3年の時に観た記憶がほとんど間違っていなかったことを確認。基本的に「発狂する唇」とかと同じ世界観の怪奇ミステリ映画なんだけど、役者が素晴らしすぎる。当時も、出てくる俳優が嫌な大人ばかりだなあと思っていたら、金子信雄、小池朝雄、内田朝雄、西村晃と言った人たちが次々と殺されていく話で、そりゃ嫌な印象にもなるわなと言う絶妙な濃すぎるキャスティングだった。主演が松岡きっこと言うのもなんだか嫌な感じ。で、ただ一人映画の中で救いと思われる岡田真澄をキャスティングしておいてラストで思い切り暗黒世界に突き落とす演出は素晴らしすぎる。こう言う映画こそ本当にカルト映画なんだろうなあ。ただ、こういった役者がいてこその企画でもあるので、現代の日本映画で同じことはかなり難しいなあと言う思いにもさせられる。そう言えば、10年前に高橋洋さんと「発狂する唇」や「血を吸う宇宙」の打ち合わせ時にもこの映画に関して話題になったことがあったけど、同じようなことを話した記憶がある。昨日書いた山田風太郎の小説もそうなんだけど、昭和の時代に残る日本人独特の矮小な世俗感と揺るぎない土着的な悪を表現できる顔を持った役者がいなくなってしまったなあと思います。上記した俳優さんたちのようなえぐい顔がね。現代の俳優さんはみんなそれなりに垢ぬけていますもんね。時代が変わったと言えばそれまででしょうが、でもテレビのニュースで出てくる現実の政治家や悪徳業者たちはまだまだ垢ぬけていないえげつない顔をした人は多いのになあ。

 さて、そろそろ出かけますか。今日は長い1日になりそう

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西の魔女が死んだ

 助監督時代の師である長崎俊一監督の「西の魔女が死んだ」を恵比寿ガーデンシネマにて鑑賞。原作はかなり著名なものらしいけど、僕は全く未読。それゆえなんの前知識もなく、ジャンル性すらわからぬままに鑑賞。かなりフィクション性の高い物語を自然に自然に創り手の意図が見えないような演出で描き出していく静謐な描写は中々力が入っていて見応えがある。ただ、1シーンの中でトリッキーに時制が変わったり(苺狩りで祖父が死んだ話を回想する場面)、普段は殆ど人間の目高の位置にあるカメラがクレーン効果(やはり苺刈りのシーンの俯瞰)で妙にスペクタクルな映像を創りだしているところにバランスの悪さを若干感じさせるのが気になった。ただ、それが気になると言うのは他のシーンの統一感がしっかりしているからなのではないかと思いました。それにしても力作は力作です。

 長崎俊一監督の最高傑作はテレビの2時間枠で放送され、その後諸般の事情で封印された「最後のドライブ」と言うフジテレビ製作の実録犯罪ドラマだと思っている。それと「誘惑者」「闇うつ心臓(8ミリ版)」かな。長崎監督の良さは現代に生きる歪んだ人間の精神病理ぎりぎりの不条理なまでに激しいキャラクターによるメロドラマであり、日本のジョン・カサベテスになるべき監督だと思っている。いや、カサベテスにはない昇華を長崎映画には内包されていて、そここそが長崎演出の真骨頂だと思っている。

 昔、僕が脚本を書いて長崎監督が演出した日活のエロVシネがあった。もう23年くらい前の話だ。僕が書いたのは20歳そこそこの女子大生2人の明るい青春物語だったのだが、それを長崎さんは物語に主人公の心象風景を足していくことで大どんでん返しをさりげなく持って来て、僕が描いたハッピーエンドを思い切り絶望的なものにしたことがあった。当時僕はチーフ助監督も兼任していたので、ここまで演出によって物語と言うのは大きく変わるもので、それは長崎さんが演出したのだから僕は腹が立ったり驚くと言うよりは驚異と尊敬の念を持って観ていたが、シニカルと言うのとは全く違う暗い情念をクールに描き出す長崎映画の真骨頂を脚本家として助監督として目の前で直接経験できたのは非常にいい勉強になったと今でも思っている。

 ちなみに、全く偶然、「西の魔女が死んだ」の劇場でばったりとBsiプロデューサーのアンドリウさん親子に遭遇。確かに親子で観るべき映画なので、ばったりと会って当然なんですが、これだけ広い東京でこの時間に会ってしまうとは・・・いや僕は仕事今日さぼって映画観にったわけじゃありませんが・・・。

 明日はまたまた別件の打ち合わせで赤坂です。

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仕上げから仕上げの梯子の日々

 昨日は「東京少女 岡本杏理編」の本編集。編集上がりより大胆にカット尻を伸ばしていく。「どんどん伸びていますよ監督」と編集部に言われるがお構いなしにじっくり見せるところは見せる。リズムだけでカット繋ぎしている部分を間を足して芝居に情感を持たせる編集。そう言う演出してきているので、演出意図に沿って直していくだけなんですがね。で、トータルがかなり長くなってきたので大胆にドーンと切れるところは切って、出来るだけ説明過多にならないように、それでいて説明不足にならないように編集する。中江さんの脚本はリリカルで、情感を出さなくてはいけない。それに東京とそれ以外の場所とを川が繋いでと言う地理的なテーマをうまく生かそうと言う僕自身の今回のテーマもあって、それを生かすのと、さらに岡本杏理ちゃんをこれまでにないくらい可愛く見せて、2回目もちゃんと視聴者の人たちにチャンネルロックしてもらえるように頑張らなくてはいけない。もう一人秘密兵器もいたしね・・・。新人の子たちを使って1回目を撮るのは、いつもよりビジュアル的な工夫も考えなくてはいけないので大変でした。それでも徹夜に近い予習の甲斐あって、編集室での作業はあっと言う間に終了。終了後は、スポーツジムに寄って軽く筋トレ&ランニング&プールトレーニングで汗を流し、その後サウナ&ジャグジーで疲れをとる。「トリコンリターンズ!!!」MA~「東京少女」本編と殆ど休みなくスタジオ作業をした疲れが消えていく。

 本日は、午後から音楽の遠藤氏と「東京少女」の音楽効果打ち合わせ。今回はかなりSE(効果)に凝りたいので、直接細かい指示を出す。暑さもあって少々バテ気味。でもこれも面白くなりそうだ。かなりしっとりと落ち着いた「東京少女」になりそうです。夜は朝から生姜醤油に漬けて置いた「越後もち豚」を玉ねぎと一緒に焼いて妻と食べる。肉が信じられないくらいに柔らかくって、うま味成分がトロリとして大満足の夕食ではありました。

越後もち豚

http://www.sep-i.co.jp/uonuma/niku.html

 

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デジタルの弊害

 昨夜「トリコンリターンズ!!!」の方の仕上げでちょっとしたトラブルがあって、深夜まで確認作業をすることに。映像がデジタルで送受信出来るようになって、在宅のまま受注確認できるようになったのはいいんだけど、会話の行き違いと言ったアナログなミスはやはり回避出来ない。今回はスタッフ間のほんのちょっとした「言葉」「単語」の行き違いが結果的には画像クオリティにまで及ぶことになった。撮影現場の作業と言うのは、役者さんがお芝居をしてそれをカメラが撮ると言うあくまで人間と人間のアナログな作業で、こればかりはカメラのメディアが進化しようとも変わることはないだろうが、仕上げの方は日々デジタル化が進んで、例えば僕もBsiのドラマは全て自宅に映像を送って貰ってラッシュを確認するようになってきている。

 仕上げに至るとスタッフ同士が一度も顔を合わすことなく、Webメールでのやりとりとデータ化された映像、音声のやりとりだけで仕事がどんどん進んで行ってしまうことも多くなってきた。そう言ったときでも、やはり面倒でも一度は当人同士が顔を合わせて確認することは必要ではないかと思う。人間同士なので「言葉の行き違い」と言ったことが出てしまうのはしょうがないことだ。同じデジタル単語でもそれが何を指しているのか全く意味が違っていることもある。そういったことは直接顔を合わせて話していれば見えて来ることでもメールでの即物的なやりとりでは認識されないまま進んでしまうこともある。だから、やはり雑談も含めてお互いを知って仕事を進めることは必要だろう。

 僕も家のパソコンのスペックをどんどん上げて在宅でデータのやりとりで仕事をすることが多くなってきたが、利便性が生かされれば生かされるほどに単に時間短縮に走って多くの仕事をこなすことだけを考えるのではなく、一つの仕事を丁寧に創りあげていくことが必要になってくるのではないかと思う。

 今から10数年前に「ナチュラルウーマン」と言う映画をデビュー作として撮った時に試験的に「AVID社」と連携してノンリニア編集で仕上げがなされた。確か劇映画では岩井監督の映画に次いで2本目か3本目のノンリニア編集だったと思う。その時、編集作業は簡略化されても仕上げスケジュールは安易に短縮しないで利便性を生かしてクオリティを上げていくことが望ましい。と随分スタッフ間、監督間で話した気がするが、あれから10数年たってノンリニア編集が当たり前になったいま、デジタル化された仕事は本当に映画やドラマのクオリティを上げているのか常に検証しながら仕事に臨まなくてはいけないのではないかと思う。

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トリコン!!!リターンズは大詰め

 午前中は柴崎の東映ラボテックに出向いてカメラマンの今泉さんと「トリコンリターンズ!!!」のカラコレの打ち合わせ。カラコレと言うのはカメラマンが色彩設計に従って、画の繋ぎが終わった段階で、全てのカットの色調と明るさを調整していく作業で、フィルムの場合は「カラータイミング」と呼ばれます。本当は全カット立ち会いたかったけど、午後から別件の打ち合わせが入っていたので、今泉さんと最初から一緒に観ながら、僕なりに気になったことを話して打ち合わせ。色調と言うより主に明るさの件が多かったかな。今回は2日間のストーリーのなので、撮った日の天候によって明るさが全然違うのでそこを主に調整してもらうことに。色に関してはカメラマンを信じて、僕はお昼から赤坂へ。

 午後からは赤坂で新企画の監督が集まってキャラ設定の打ち合わせ。脚本を読んだ方向とは結構違う話にもなってきて、僕らとしてもちょっと混乱があったので、今日のところは課題を持ち帰ることにさせていただく。打ち合わせ終了後、そのまま赤坂の別の会社へ移動して「トリコン!!!リターンズ」の効果打ち合わせ。本日2度目の「トリコンリターンズ!!!」ラッシュを観ながらの打ち合わせ。「トリコン!!!リターンズ」は来週いよいよ完成ですね。助監督の宮崎がオールラッシュを観て「すげえ面白いですね」と言ってくれたので元気が出る。まあこう言う一言は大事です。

 助監督たちには出来るだけMA(最終音入れ)には顔を出すように言う。助監督って殆ど仕上げに来ないけど、僕が黒沢清監督や長崎俊一監督の助監督をやっていた頃は、ギャラの拘束が解けても仕上げには顔を出していた。仕上げと言うもののシステム知らずに監督の仕事の勉強が出来るとは思えなかったからだ。おかげで、まだ独立したての効果マン柴崎憲治さんと出会えたり、音楽の入れ方やミキシング段取りを学べたと思う。何より最後に映画が出来上がっていく瞬間を観るのが楽しかった。助監督さんもなかなか忙しくて、現場から現場へ渡り鳥になってしまうことが多いが、出来れば1本の作品を準備から仕上げまで見ないと本当の映画構造を知ることはできないのになあと思う。まあ、職業助監督として一生生きていくなら仕上げはラインプロデューサーに任せておけばいいものなのだろうけど・・・。

 

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トリコンラッシュ

 昨日は「トリコンリターンズ」の編集ラッシュが届いたので何度も何度も見て修正箇所の書き出し。しかし最初のラッシュって大嫌い。よく知っている編集部はともかく、演出意図を掴んで編集されていないことが多いので、撮って演出が失敗だったかなあとがっかりすることが殆ど。でもよく観直していくと編集ポイントが微妙にずれていて、それを修正していくときっちりとしたものになるので安心するのだが、そこへ行くまでがちょっと大変。ドラマのように撮影段階でほぼ編集も決まっているようなシステムだとそう混乱はないのだが、「トリコン」のように現場に記録やTKがいないと一つのカットの意図が中々掴みとってくれていなかったりする時もあるので、大概は最初のラッシュが終わって編集に入れば解決するものだけど、初ラッシュは本当に恥ずかしい想いをすることが多いですね。現場に記録をつけないやり方ってのは今売れっ子の某監督さんがVシネ撮る時に初めて導入してしまったそうだけど、これは実に不便なやり方だと思います。

 それはそれとしてPCで編集を初めて、時々リビングの40インチモニターで確認すると観ている間合いが全く違うので小さな画面だけでの判断はやはり怖いなあと。例えば人物がフレームの外に出ていく間合いとか、物理的に大きな面積を目が追いかけて脳に伝える時間と小さな液晶で見て脳が判断する時間には差が出てしまうのが原因で、今回のように引き絵長回しが多いとPC画面では間延びしてしまうようなカットも、40インチ以上のモニターで見るとこれが丁度いい塩梅の長さにも感じられるし中々難しいです。でも映画は大きな画面で見るし、例えばBsiのハイビジョンドラマは16対9の大型モニターで観ている視聴者の方も多いと思うので、やはり大画面対応の編集でいかなくてはいけないと考えますね。

 

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東京少女 自己分析

東京少女」自己分析

この仕事の依頼が来た時、一番最初に考えたのがショートフィルム時代の「東京少女」の魅力をなんとかこの連続ドラマ枠にも持ち込めないか?と言うものでした。ショートフィルム時代の「東京少女」は新人女優の登竜門でありながら一方で、若手監督の力の発揮の場でもありPFF受賞者のようなインディーズ映画出身の監督が撮ることが多いシリーズだったようにも思えます。プロデューサーからは少女を魅力的に撮る。と言う大命題が出ている代わりにかなり作家的なショートフィルムが多かった。別にことさら作家的なものにこだわる必要性もないけど、シリーズ全体にあった浮遊感のようなもの。新人女優が主人公なので確りとした論理的なカット割りによる構造の映像作品ではなく、16ミリや極端に言うと8ミリで撮ったかのようなナチュラルな光と影による画面作りの魅力があった。一番典型的だったのは古厩監督による「東京少女セピア編 さよなら少女」の冒頭の手持ちによる長回し映像。これは16年前にタイムスリップして古厩の「この窓は君のもの」を初めてユーロスペースで見せられた時のような魅力に満ちていた。

こうしたインディーズ感ある浮遊感を技術的にドラマに持ち込むのは、システムの違いもあって簡単ではない。そこで、ちょっと意地悪だが脚本に描かれた芝居が終わってもカットをかけずに役者の反応を見ることにした。主人公は何かを企んでいるが、どこか心に迷いが出る。その少女独特の「迷い」を彼女自身の心に一瞬浮かぶリアルな「迷い」として撮ることはできないかと考えた。だから1シーンの終りは常にななみの表情で終わる構成になっている。しかも、カットがかからないので彼女なりに必死で芝居の緊張を持続させようとする、それでもカットがかからないので少しづつ迷いが生じる。その「迷い」の表情と緊張の鬩ぎ合いこそこの年代の少女の「フォトジェニック」な部分だけではない魅力に繋がるのではないかと思ったのです。出来上がった作品を改めて観て、いくつかのシーンでは巧く行っていたかなと思いました。家庭科教室で千夏に「オッケーだってゼッケン4番」と言ったあとの長い表情のカット~教室へのななみの顔~顔へのオーバーラップは可愛いいけどどこか不安定な表情を引き出せたかなと思います。

ただ天候不良だったので、ラストの屋上の芝居などいくつかのシーンが白バックになってしまい、光による映像の魅力をいま一つ生かせなかったのが残念でした。

桜庭ななみちゃんは将来性溢れる素晴らしい素材を持った少女なので、これからどんどん精進して飛翔して行ってほしいなあと思います。

そうそう、ななみと千夏の共通の友人役で出演した小松愛梨ちゃん。彼女は芝居が巧かった。脇役でしたが、確りとした芝居で主人公たちを支えてくれたと思います。こう言う存在が何気に作品には助けになるものです。

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「東京少女 桜庭ななみ編第1話」 オンエア

本日の23時~Bsiにて僕の最新作「東京少女 桜庭ななみ編」がオンエアされます。僕は本日放送の1話目を撮りました。お時間があればぜひとも、初々しいななみちゃんの可愛い姿をどうぞご覧になってください。

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「トリコンリターンズ(仮題)」クランクアップ

 「トリコンリターンズ」あっと言う間のクランクアップ。昨日は雨を回避したり、雨の中で撮ったりの1日だったけど、今日は横須賀の古い倉庫でラスタチ(ラストのアクション、ラスト殺陣まわりの略)。今回は本当に全編雨、雨、雨の撮影でまるでデビッド・フィンチャーの「セブン」みたいなロケーションだった。しかし、前回より今回の「リターンズ」の方が格段に自分好みではあります。事件に次ぐ事件で、ハードな展開の中に主人公の温いギャグが微妙な匙加減で入っていて心地よいと思います。少なくても映像的には前作より迫力あるシーンをたくさん撮れたんじゃないかと思います。主人公3人とも仕事をするのが2本目なので、こちらが1を言うと3倍くらいに増幅して演じてくれるので実に息があった呼吸で現場をやれたんじゃないかと思います。こういう呼吸と言うのは映画の現場にとってはとても必要なことなのではないかと思います。ヒロインの飛鳥凛ちゃんも、最初は控えめでしたが、撮影後半からがんがんキャラクターをいじりまくって新たな魅力を引き出せたんじゃないかなと思います。芯が確りしているので彼女はこれからも頑張ってほしいものです。

 さて、クランクアップして休む間もなく次の仕事の連絡が入って、今月末にはもう1本ドラマの撮影に入ることに。とりあえず明日は休日にしようっと。なんとなく最近は「撮っていないと死んでしまう病」にかかっているようです。

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湘南の海で

 昨夜遅くまで「東京少女 桜庭ななみ編」の音楽効果入れMAをやって、今朝7時出発で「トリコンリターンズ」のロケで逗子までってのはさすがにくたびれたが青空と綺麗な海を見て一気にモチベーション上がる。今日は、キングとジャックがふざけながら海に入ってしまうシーンを撮っていたのだが、水も冷たくなかったせいか2人ともフルスロットルで頭から海に飛び込んでしまうハプニングも。「僕の靴下が・・・パンツが・・・濡れちゃうう」と言う王子の為に書いたセリフも吹っ飛ぶパワフルなシーンとなりました。

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 写真はレギュラーメンツのあじゃさん。今回も半年の時間が嘘のように全く同じノリノリあじゃ節全開でキングに迫ってくれました。

 明日は雨予報ですが最初のアクションシーンですね。怪我がないように頑張りましょう。

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トリコン2日目とか東京少女MAとか

 午前中は六本木の「trick of treat」で「トリコンリターンズ」の撮影。謎の占い師役で妻が初登場。エースとのやりとり。中々素敵な照明でしたが、ここはティム・バートンが来日すると訪れるパブだそうで、店全体がハロウインのような雰囲気。一作目にはないダークファンタジーな色調で中々良かった。うちの奥さんも怪しいキャラを楽しそうに演じていた。午後からは池袋に移動してスタジオ撮影。ここでは飛鳥凛ちゃんの瞬間涙芝居に感動。黒川芽以さんも泪芸が得意でしたが、飛鳥凛の涙も良かった。彼女は芝居は本当に巧いので今後伸びていってほしいなあ。この2シーンはそれなりにシリアスでもあったりするのですが、最後にトリコン3人が揃うと実にグダグダいつもの調子で楽しい。今日もアドリブ炸裂。明日からようやく3人が揃って朝から撮れるので、実質明日がクランクインのような気もします。明日は海で1日撮影です。

 撮影終了と同時に赤坂へ駆けつけ「東京少女」のMA、ダビングミックスで完成。女性脚本家ならではの世界観を確り描けたんじゃないかと思います。男性ファンが多いシリーズ枠だと思いますが、これは是非とも女性に観てほしい作品であります。

 昼間撮影、夜別作品のダビングと言うのはさすがにヘロヘロになりましたが楽しかったです。

 明日も頑張るぞ!

 

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クランクイン前日

 明日からのお勉強も終わっているので午前中は頭の柔軟体操に「ブラックダリア」をDVD鑑賞。デ・パルマの映画観ていると幸福感に包まれていい映画撮れそうな気がしてくるも、階段でウイリアム・フィンレイ登場の頃からちょっとこのまま観続けるのは欲望が強くなりすぎてやばいかなと、途中で観るのをやめて成瀬の「秋立ちぬ」をぼーーーーっと鑑賞。音だけ聞いていた隣室の妻から「なんで突然英語が日本語になるの?」と言われるが、デパルマが成瀬になっただけと曖昧に答えて終わる。イン前や撮影中に映画を観るのは自分の中の映画のイメージを良くするため。
 去年イチローがインターリーグが嫌いな理由の一つに投手の打席を観なくちゃいけないかたと言っていた。前の回に打席に立つ投手の酷い打席を観ると自分の理想の打撃イメージが壊れるって言っていましたが、それと同じですね。別に今日観た映画の一部をそのまま参考にしようなんて思わないけど、いい映画のイメージを脳に刷り込んでいくことは必要かなと。逆にイチローが言う投手の打席じゃないけど、酷い映像は撮影中は極力避けたいですね。

 午後からは助監督に割本の原稿を届けて貰って明日のカットを確認。まあ、芝居がよけりゃカット割らないですがね。
 と言うわけで明日から「トリコン2」のクランクインです!
 気を引き締めて頑張ります!

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東京少女編集とTBSチャンネル「煙の王様」

 今日は緑山の大塚編集室からWEBで編集上がりが送られて来たので早速自宅PCで編集作業。以前も書きましたが、緑山の編集室で繋ぎ終わった数分後に自分の部屋で編集ラッシュを観られると言うのはなかなか楽でいいです。このシステムは「銭形雷のセカンドシーズン2話」から始まったけど、30分番組の尺だから出来る技でもあるでしょう。もし、本編の最初のラッシュの容量が送られてきたらさすがにメモリ不足になってしまうかもしれないし、そう言った時にはVISTAかマック機を導入しなくてはいけなくなるかな。

 と言うわけで朝から夕方まで、直しの個所を洗い出していく。今回はなんとプラマイゼロの完尺で送られて来ているので、あまり大胆な変更はできない。それでも直しは16対9の大型画面を想定した間尺で、カット尻、特に主役の女の子の感情を表現するために多く用いた、シーン終わりの主役のクローズアップカットの終りを数コマづつ伸ばしてもらうことに。切るところは逆に、バッサリ1か所だけ落とす場所を決める。今回見事に少女のアップしかアップがない。カット進行をリズミカルにするためのカットバックもほとんどない。脚本構成が確りしているから少女の内面に絞ったカット構成で正解だった。

 夕方からはTBSチャンネルで1962年製作の日曜劇場「煙の王様」を鑑賞。テレビドラマ史上でも名作と呼ばれ、芸術祭で文部大臣賞を受賞したドラマだ。内容は、高度経済成長時、煤煙の町だった川崎の埋立地にある工場近辺に生きる最下層労働者たちの悲哀を、元気な少年の視点で描ききった傑作だ。テレビドラマながら当時の本当に汚い町にオールロケーションが敢行され、イタリアのネオリアリズム時代の映画のような雰囲気を醸し出しつつも、少年たちの常に前向きで元気な姿が素晴らしい。特に、主役の市川好朗とヒロインの少女が土管の上に座って、煤煙たなびく煙突のさらに上に広がる青空を、煽りの画面から、会話と共にゆっくり僅かにクレーンダウンして捉えると、煙突が少年たちと重なることで観客の視点から消え、て、少年と少女の前には工場がなくなり空だけになって、まるで空に浮かんでいるような構図なっていく演出には感動させられた。脇役に戸浦六宏や小松方正など大島渚の創造者のメンバーも出演しているから、60年代のかなりトンガッタ映画を意識していたのだろうとも憶測される。ただ、ドラマの方はあくまで少年のふてぶてしくも明るい視点で描かれるので、観ている間中心が躍る気分にさせてくれる。昭和30年代を描いていると言う点では、ハリボテセンチな「三丁目の夕日」よりも、もっとしっかりと昭和の戦後、高度経済成長期の日本の庶民を知ることが出来るであろう。「三丁目の夕日」に足りないのはこうしたバイタリティと言うか時代に対するポジティブなパワーだ。

 監督は円谷一。円谷英二の息子で、当時はTBSの社員ディレクターだった。後に円谷プロ立て直しの為にディレクター職を辞め、円谷プロのプロデューサー、社長になるわけだが、この1本で日本のテレビドラマ史上に名を残すディレクターになったのは間違いない。

 CSのTBSチャンネルでこのドラマが放送されたことはかなり評価すべきことで、若いTBSのドラマに関わる人たちには是非先人のこの素晴らしい仕事を観直してほしいものだと思います。

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高村さんと銭形愛

080223_215502  今日の夜に巨人ー広島戦と大河ドラマ「篤姫」を2画面で見ていたら草刈さんと宮崎あおいが初対面するシーンをやっていた。これって、銭形愛と高村一平の歴史的な対面でもありますね。この時の静かな草刈さんの芝居がとても良かった。静謐で品があって、本当にいい年のとり方をしているなあと思います。2月に草刈さんご本人から「「篤姫」の僕はいいから楽しみにしていてえ」と聞いていたが、自負するだけのことはある芝居だった。普段は他の仕事のことあんまり喋らない人なんですけどね、「篤姫」の阿部と言う役はかなり気に入った様子だった。コメディも大変面白い草刈さんですが、僕はいつかこうした静かで品格のある草刈さんの初老の男と中年女の恋愛映画を撮ってみたいと思っているんです。「マディソン群の橋」のような。クリント・イーストウッドがやってきた役って草刈さんは絶対に出来るはずだと思いますから・・・。

 高校生の頃に草刈正雄主演でマカロニウエスタンを撮りたい!って夢に描いていたら本当に自分のデビュー作で実現できたのだから、こう言う企画も夢を信じて行動起こせば、いつか実現する日が来るかもしれませんものね。そう言うチャンスが来るまで、僕は毎日映画やドラマを撮り続けるのです。

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打ち合わせ&銭形海オンエア

 今日は雨の影響で僕の撮影は15日に振り替え。午後から広尾のOZで一瀬さんと某企画の打ち合わせをしてきました。脚本書いている南川君は風邪をひいていて辛そうだったが、企画の方向性は間違っていないことを確認。僕の撮影が落ち着いたところで彼とはもう1度打ち合わせすることに。誰も見たことがない新しい映画が出来ることを祈り解散。

 しかし、この寒さと雨は身体にきついですね。打ち合わせ終了後は川崎に寄って妻と合流し、総菜を買ったりスパークリングワインを買ったりして帰宅。帰宅後はラザニアとローストビーフとホウレン草とチキンのサラダでワインを呑む。我が家では必ず料理を創るのでこう言う食事は珍しい。ラゾーナの地下の洋食総菜は美味いが、外で買って食べるならこれくらい美味しくなくては意味がない。夕食を食べながら横浜ー巨人戦をテレビ観戦。裏切り者クルーンを打っての同点~逆転劇は胸のすく思い。

 ところで本日は僕が演出した「銭形海セカンドシーズン」が地上波オンエアとなりますので、未見の方は是非観てください。深夜の3時10分頃からですのでビデオなどに予約録画で是非とも・・・。

 明日明後日は、午前撮影~午後ロケハン 午前~午後ロケハン~夕方~夜撮影で早朝から夜中まで、別の映画の準備とロケが並行して行われると言う結構きついスケジュール。でも楽しい。なんのことはない。気持ちを切り替えて頑張ります!

 

 

 

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大脱獄 ネタバレあり

 今日は撮休なので「大脱獄」残りをHDD鑑賞。70年に撮られたジョセフ・F・マンキーウイッツの映画は「暴力脱獄」であるとか「アルカトラズからの脱出」と言った脱獄ヒーロージャンル映画風に見えるが、実際はもっと人間の欲望が噴出する「黄金」のような物語をあくまで軽妙に描いた西部劇である。冒頭に出てくるリー・グラント(脱ぎあり)以外は、カーク・ダグラス、ウオーレン・オーツ、ヒューム・クローニン、バージェス・メレディス、と言った囚人軍団さらに規律を重んじる署長のヘンリー・フォンダと男臭いオッサンだけの物語なのだが、それでいて男の友情とかが絡むわけではなく、ひたすら己の欲望にのみ忠実と言う脚本が素晴らしい。ひと癖もふた癖もある囚人たちVS官僚的な看守の対立。やがては囚人たちが自由を獲得。と言う単純な「自由な国アメリカ」のある側面を描き出すための囚人映画ではなく、ひたすらに活劇に終始する物語。脚本はロバート・ベントン(夕陽の群盗)とデビッド・ニューマンで当時のパンフなんかを読んでも「俺たちに明日はない」のコンビが再び挑んだニューシネマの傑作みたいな売られ方をしているが、「俺たちに明日はない」の何十倍も面白いのは、ジョセフ・F・マンキーウイッツとアーサー・ペンの演出力の差と言うだけではなく、物語の力強さと言う点で「大脱獄」の方が優れているかもしれない。

 とにかく、2時間20分次から次へと悪い奴らが騙し合って主役のカーク・ダグラスは自分を慕っていたウオーレン・オーツらを裏切って全員殺し、さあ金塊一人占め。と、思った矢先にガラガラヘビに噛まれて死んでしまい、結局お宝は品行方正の塊のヘンリー・フォンダが一人占め。刑務所の所長職を放り出してメキシコへ逃げて「彼はその後幸せに暮らしましたとさ」とテロップが出て終わり。

 もともとロバート・ベントンたちは当時流行りのニューシネマ風のアンチヒーロー自滅劇を思って脚本を創ったのかもしれないが、ジョセフ・F・マンキーウイッツの演出が相当に確りとした活劇映画に造り上げてしまったと言うことなのだろうか?

 リチャード・フライシャーとかマンキウイーッツのような50年代に活躍していたメジャーの大監督がこういった若い人の脚本でニューシネマ風の傑作映画を撮っていたり、70年代初頭のアメリカ映画と言うのは若手、中堅、大ベテランの監督たちが次々に傑作を連発し、映画史的にも稀有な傑作が入り乱れたかなり注目すべき時代だったのではないかと考える。
 
 批評家の方々には、70年代アメリカ映画について確りとした批評研究本の類をそろそろ出してほしいと願います。まあ売れないと思いますが・・・。

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クランクイン 

 本日より撮影開始。恙無く順調に撮影が進む。脚本の出来もいいので演出的には基本的に脚本の世界を最大限に生かして、同時に主役の少女を魅力的に撮ることに終始。今回は主役が若いので、きっちりカットを割って、カット構成で論理的に物語を構成していくと言うよりは、長回しでサイズを緩めにして主役のナチュラルさを出していくことに終始一貫していくつもり。脚本がダメダメだとこう言う狙いはうまくいかないけど脚本が確りしているから大丈夫だろう。勿論魅力的な彼女の表情はしっかり撮っています。そう言う狙いもあってか、昨日の脚本読みではちょっとテンション落ち気味であったが、いざ現場に入ると元気にやってくれているのが嬉しい。立ち稽古を繰り返しやってから脚本読みをやると舞台なんかでもテンション下がってしまうものだと妻から言われるが、彼女は昨日の杞憂を吹き飛ばす元気なところを見せてくれた。夕方のシーンではアドリブまで飛び出して、こっちの思惑どおりに自由に演じ始めてくれて楽しい。

 夜には撮影終了。明日は撮休。日曜から変則的にしばらく撮影は続きます。その間に別の作品の脚本打ち合わせやら月末にクランクインさせる映画のロケハンなども入ってくる予定です。

 

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リハーサル&東京ロケハン

 今日は朝から妻の協力を得て某所で個人リハーサル。クランクインまであと1週間ですからね、少しの隙もあれば呼んで貰ってとにかく最初のシーンから最後までを丁寧に追って行く。自分でも経験あるが、シナリオのト書きの動作が納得できていないとどうしても動きがぎこちなくなる。だから、1シーンごとに動きの根拠を考えてあげて感情の流れをつくってあげるとすんなり出来るようになることが多い。このあたりは先月ワークショップで加藤雅也さんと脚本内容からいかにキャラクターを創りあげて、しかも芝居に反映させていくかと言うことをやった経験が役にたっている。ただ、彼女はまだ初心者なので、加藤さんの時に飛び交っていた専門用語を、平易に訳していかなくてはいけないので言葉の選び方が難しい。でも、今回のこの子は勘がいいので、一度、感情の流れを創るとそれを理解してニュアンスを出すことができるようになってきた。そう言えば加藤さんは今日の「AROUND40」と言うドラマにゲスト主役で出ていましたね。

 食事を挟んで午後からはスタッフと合流して都内~立川あたりの郊外をロケハンし、夜になってからまた都内へ戻ってナイターの公園のロケハン。かなりの強行軍だったが、一昨日ほど疲れがでないのは今日は比較的涼しかったせいなのか?昼食は久々に天下一品のラーメンを食べたが、かつては一番好きなラーメンの味だったのに、最近は段々きつくなってきてたのは味覚が代わって濃い味のものが苦手になって来たのかなと思った。

 明日はまた別件の映画の俳優面接。ゴールデンウイークは休みなしです。

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新企画打ち合わせと「アイム・ノット・ゼア」

 赤坂の某会社でライターとプロットの打ち合わせ。5月下旬からクランクインする映画の会社と同じ会社なので、スタッフの前で別な企画の打ち合わせをしていると言うのはあまり気持ちのいいものではない。この企画は低予算ながら僕にとっても和製ホラーというジャンルにとっても挑戦的なものになるので、安易な妥協はできないと思っている。なので、出がらしのような実録心霊表現をできるだけ排除していくと次に怖いものは何か?という原初的な問題にも突き当り、ライターの方には苦労をかけると思うがやはり新しい表現を追求していかないと映画は細くなっていく。「ホラーはもう当たらないよね」という言葉をなんとか覆してやりたいのだ!ホラーが当たらないんじゃなくて、ジャンル映画を重要視せずに安易な表現の繰り返しが市場を飽和させてしまっただけなのだから・・・。そういった玉石混交の中から、清水君の「輪廻」のような、或いは僕らが「怪談新耳袋」の何本かでで挑戦していったことは継続していかなくてはいけない。

打ち合わせの後は気候のせいか、非常に身体が全体がだるく重くなり早く帰りたいと言う欲望も出てくるが(ホラーの打ち合わせの後だったせいかなあ)、川崎で妻と待ち合わせしているので、なんとか力を振り絞ってチネチッタまで行く。「アイム・ノット・ゼア」という映画を観に行くためだ。

「アイム・ノット・ゼア」はボブ・ディランの人生を実に大胆な表現で描いた音楽映画の傑作だ。役者も設定も世界観も違うボブ・ディランの物語をどこに重点をおくでもなく、平行に描き出すので映画やドラマと言うものを、「物語を一人の主人公に思い入れをしながら見ていく」と言う制度的な見方をしてしまうと、あまりに突拍子もなく視点が次々と変わるのでついていけなくなる人も多いかと思うが、映画の流れの中に自分を放り込んで映画の流れていく時間軸に自分の脳をセットするとそれほど難解でもなく、自然と楽しめる。デビッド・リンチなんかもそうなんですが、構成や設定は突拍子もないけどワンシーンごとの表現は、カット割りだとかカットごとの編集は極めてオーソドックスで固いと言う映画が僕は結構好きなので、今回も芸達者な俳優をそこここに配置してあくまでオーソドックスに描き出していくこの映画はなかなか楽しかった。ただ、何と言うか、僕らが知っているボブ・ディランの人生を新しい表現で描き出したと言う点においては非常に面白かったのだけど、ここまで来たら最後に何か突き抜ける、飛躍する展開が最後にあってもよかったかなと。

それにしてもアメリカ映画の裾野は広い。経済的な意味だけではなくいろいろな意味で日本映画がアメリカ映画に勝てる日は来るのだろうか?

帰ってスカパーをつけたら、横浜が中日に追い付かれながらも突き放していくところだった。首位中日に対してようやく1勝目。今年は1カ月目にして順位を気にせず一つの勝ちを喜び、負けは試合は無視と言う境地に入っています。頑張れベイ

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ロケハン&レッスン

 午後から東京の西の彼方へ学校のロケハン。同じ場所でやはり別の回の「東京少女」を安里がロケしていたが、目線で挨拶しかできなかった。学校の階段の近くで安里がモニター前にいると「学校の階段」の現場を思い出してしまう。今回、チーフ助監督をやってくれる松田君はもう何本も連続ドラマのチーフディレクターをやっているベテランの人だが、映画やドラマへの想いを熱く語ってくれる人で、帰り40分ほどかかって都心へ戻ってくる間二人で休みなく映画、テレビの現場のあり方の違いや芝居の話などをする。これが楽しい時間であっという間に過ぎた。いい出会いです。
 夜からは都内の某所へ移動し、妻と合流して主役のレッスン。またまた素晴らしい少女との出会いだ。彼女は華があって素直で勘も良く何より可愛い。丹羽さんの慧眼には改めて感服。彼女の最初の主演作品を撮ることが出来ることは、きっと将来的に誇りに出来る思い出になるのではないか?いやなってほしいと願います。今日からクランクインまで間髪開けずにレッスンが始まります。

 で、明日はまた次の次の映画の脚本打ち合わせです。

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頑張れ!横浜ベイスターズと オレ

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 開幕からベイスターズが躓いてしまっている。ここ10年間では02年、03年、06年に単独最下位をぶっちぎっていた頃並のペースで負けまくっている。02年は外国人補強の失敗と故障者続出と言う完全な戦力不足、03年は新人監督、若手選手積極起用策で未熟なチームが露呈、そして06年は無補強に近い球団フロントの執政の拙さが原因で監督にも逃げられ、と言う感じで黒星を重ねても理由がはっきりしていたので、納得しながらみていくことが多かったが、今季は敗因を探るのが難しい。抑えだったクルーンの放出と言うのが痛いところだが、それだけではない。不振の原因を具体的に検証してみよう。

・三浦、土肥と言ったベテラン先発投手のキャンプ~オープン戦における調整の失敗。意気込みが過ぎて投げ込み量が多く、開幕前に万全の状態で臨めなかった。三浦で開幕出来ず、若い寺原を開幕に投入せざるを得なかったことでメンタル面での調整がうまくいかず負け。これは、投手コーチに大いに責任があると言ってもいいかもしれない。ベテランだけに選手に任せる調整方法なので選手の責任も重いが、キャンプを含む調整失敗は投手を預かる首脳陣の責任は免れないだろう。

・加藤、川村と言った04年~07年までフル回転してきた中継ぎ投手陣が揃って故障、調整失敗で、頼りになる中継ぎ陣がいない。ベイスターズは先発投手不足に悩むチーム状況を抱えており、尚且つ現監督はブルペンをフル回転させる傾向にあるので、接戦で中継ぎが耐えている間に逆転或いは同点、または勝ち越しを狙うと言う構造が作れなくなってきてしまっている。故障でもなく、2軍でも失点を続ける川村は衰えによるものなのか、調整失敗によるものかはわからないが、これは首脳陣としても計算できない部分だったろう。そして、彼らが不振の時を織り込んで獲得した入来、小山田と言うベテラン補強が失敗し彼らも2軍にいるのはフロント並びにトレードスカウティングに責任があるかもしれない。

・内野手が仁志、石井、佐伯と30代後半の選手で、代打の切り札の鈴木尚も衰えが激しく、他球団では炎上している増渕、内海らノーコン速球派投手の力ある球に打ち負けする場面が多いので、潜在能力で甘いコースの球をヒットには出来ても、どうしても「力負け」から単打が多くヒットの数は多くても得点に結び付かない。

・加えて、長打があって本来走者を返す役割の村田、吉村と言う若手~中堅スラッガーたちの不振。去年のキャンプで若松元ヤクルト監督が記者に呟いているのを直接耳にした。「ベイスターズの若手打者はボールの見極めが悪いだけじゃくて、1人の打者に1球は投げてしまう投手の失投を打ち損ねてファールにしてしまう傾向にある」と言っていたが、今年もそれは変わっていない。これが技術的なものなのか、メンタル的なものなのかわからないけど、今年も甘い球を打ち返せていない。ベテラン選手が塁に出ても、彼らが打ち損ねて残塁の山を築いている。若松さんの言葉は彼らのこれからの打撃に何か参考になるものがある気はする。仁志が打点トップでは困るのだ。

 今年は補強の失敗と、現有戦力たちの調整失敗とベテランの衰えとそれを覆すことが出来る若手選手の未熟と、02年、03年を合わせたような複合型の不振で、こればかりは選手やベンチの奮起を期待するしかない。長い間不在だった左の強打者ビグビーは今のところ期待できそうだが、左投手には弱そうだ。

 提言。選手の競争意識を見出すためにも、固定化されたスタメンにメスを入れるべき。起用法が定かではない石川を2軍に落とし、2軍で5割の打率を大西1軍に上げ、吉村、内川、ビグビー、大西、小関をその時の対戦投手の傾向で起用。特に大西は左腕投手にはめっぽう強いので、ヤクルトの石川やジャイアンツの内海と言った左腕投手の時には起用すべき。吉村もライト固定はせずに内川と併用させるべき。また、内川を外野手として固定させてしまわずに、中日の森野のようにスタメンで出たければどこででも守れるように準備させ、村田やベテラン二遊間と併用していく。

・抑えはマットホワイトに決めて、セットアッパーを若手の桑原と2軍で好投している牛田を併用。頼れる左腕中継ぎがいないなら、無理して使わない。この間にフロントはクルーンに代わる抑えをもう1度探す。ヒューズ、小山田と言った抑え候補が2軍にいる現状はフロントの補強失敗であるから、6月までに抑え投手の補強は並行して行ってもらう。

 と言う感じかなあ。

 写真は昨日届いた「東京少女」の脚本。カバーには優勝のステッカーが貼ってあるが、これは現場での僕のお守みたいなもので、「発狂する唇」以降はずっとこれを貼って現場へ行きます。と言うわけで「東京少女」の準備も始まるし、映画の準備もこれから始まるので野球はあまり見られなくなってしまいますが頑張れ!横浜ベイスターズとオレ!てな感じです。

 さて、今日は渋谷のシアターイメージフォーラームでトークなので皆さん観に来てくださいね!

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「東京少女」と「機械仕掛けのRQ」

夏帆ちゃんの映画ではなく、土曜日から始まったBsiのドラマシリーズ。これが中々面白い。1話目は安藤尋監督で、脚本は篠崎絵里子さん、主演は山下リオ。毎回違うシチュエーションなので、恋の話もあるし友情の話もあるけどかなり自由な設計の枠になっています。僕も来月撮るのですが、非常に楽しみです。その時に来るスタッフにもよるのですが、かなり自由に撮ることが出来る。主役の少女を魅力的に撮るってことでは「ケータイ刑事」も同じコンセプトなのですが、「ケータイ刑事」の場合は推理劇とコメディの要素のバランスが意外に難しくって小手先の遊びに嵌まってしまうと失敗することもある。まあ、失敗を恐れずにいろいろやることも重要だとは思いますが、一定程度のクオリティを残しながら撮るのは大変なことです。
 「東京少女」はラインナップを見る限り、かなり自由な空気が満ち溢れていて、どうやって面白い作品にしていくかと言うモチベーションが上がります。「ダージリン急行」みたいな幸福感を生み出せたら最高ですね。

 ちなみに安藤尋監督は「僕は妹に恋をする」なども撮っていますが、昨年撮った「機械仕掛けのRQ(レースクイーン)」と言うVオリがかなり傑作でした。こちらは脚本が斉藤久志でなんとなく90年代中盤のエロVシネが数多くの傑作を生み出していた時代の香りがします。斉藤久志にはもっと新作を撮ってほしいなあ。
 余談ですが、斉藤久志がぴあフィルムフェスティバルで2回目のスカラシップ作品を撮り終わった頃、斉藤と「ミッドナイト・イーグル」監督の成島出とかで、長崎俊一監督の日活ロマンポルノの企画を練ってクランクイン直前まで行ったことがありました。原作は近藤ようこ。当時僕が近藤ようこが大好きで長崎さんに勧めたことから始まった企画でした。斉藤久志が書いた脚本はかなりの傑作だったと思うのですが、いろいろと女優さんを決めていく中でのハードルが高くって企画が流れてしまった残念な作品でした。成島も「みどり女」とか8ミリ映画ではかなりの傑作を撮っていたんだけどなあ。
 そんな斉藤と安藤監督が組んだ「機械仕掛けのRQ(レースクイーン)」中々観る機会が少ない作品だとは思いますが、もし見かけたら是非ご覧になることをお勧めします。

機械仕掛けのRQ(レースクイーン) DVD 機械仕掛けのRQ(レースクイーン)

販売元:アット エンタテインメント
発売日:2007/03/02
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 あっそうだ。安藤監督、早くアプレの「プラス1」の短編仕上げてね。僕のはもう明後日試写ですよ。

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ダージリン急行をチネチッタで観ました

070927_darjeelinglimted_mai 川崎で某映画の打ち合わせ。その後チネチッタで「ダージリン急行」を観る。こう言う映画がチネチッタでやっているのが嬉しい。川崎は来週から「接吻」も始まるし映画的環境はそんなに悪くない。

映画の方は、とにかく流れる時間を、常に予想を裏切る演出と的確なカメラワークに乗せて過ごすと至福な90分を得られると言う素晴らしい内容。いや、こう言う映画に出会えるとやはり映画をもっともっと知りたくなると言うか、龍車に向かう蟷螂の斧でも頑張って映画を撮らなくてはいけないんじゃないかと奮起を促されます。と言うのは翌日になってからの感想で、映画が終わった時にはとにかく気持ちいい幸せな気分になれる映画です。

この映画を僕が好きなのは、映画的な手法だけではなく、人間の距離感と言うかそこが温かくも覚めていて、ウエス・アンダーソンの人を観るまなざしに親近感を覚えるからなのもしれません。今の自分にとても合っていた映画なのでしょうか?

ところで、この映画で何度も何度も用いられていた、人物を正面に捉えてそこから横移動と言うカメラの動かし方はどこか「立教映画的」なところがあって面白かった。テレビドラマなんかでは平面的だとなかなか置いてくれないカメラポジションですね。どういうことかと言うと、人物を四角い空間に置いて単独ショットを撮る時、カメラマンは大概プロフィール目に一見立体的に見えるように配置するんですが、この映画や黒沢清さんの多くの映画では、カメラが正面に対峙してそこから真横に移動するようなカメラワークが多く見られて、これが結構気持ちいいんですよね。ただ、平面的と言われれば確かにそうなわけなんですが、今回のような登場人物たちが常に移動することで新しい出来事に遭遇していく。それを客観でもない主観でもない曖昧な情報の中で操作していくには絶妙のカメラの置き方だったように思われます。こうした人物を正面に配置するような置き方は、業界用語で「板付き」と言われてあまり喜ばれない気がします。おそらく映画学校なんかでは「平面的で二次元的なダメな配置」とされているのかもしれませんが、そういった手法の制限がいかに意味のないものであるかを考えさせてくれます。

ところで、この映画の予告ではトッド・ヘインズ「アイム・ノット・ゼア」やポール・トーマス・アンダーソン「ゼア・ウイルビー・ブラッド」と言う現代アメリカ映画を知るには外せない監督たちの映画の予告が流れていて、これは狙ったのかなあと思いつつ、最早量だけではなく質でも日本映画はアメリカ映画にかなり遅れをとっているなあと、ロビーに出てから目に入る数々のポスターを観ながら、だからこそ何か新しく切り拓いていく活力が映画に求められるのではないかなと。ちょっと保守的になっていた自分への自戒の念を強く持ちました。

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横浜スタジアム 開幕戦!

Sn340174 Bsiで仕事をするようになって、何が嬉しいって横浜ベイスターズ主催試合のシーズンシート席をいただけると言う、巨人戦とか土日のデーゲームは遠慮しますが、昨日のような平日のヤクルト戦とか広島戦は問題なく余ってしまうようなので、チケットを頂きます。
 
 そして今年のハマスタ開幕戦。この日は、ゲンを担いで今年沖縄で練習試合を初観戦初勝利した時と同じお弁当を作り、妻と2人でスタジアムへ。さらに沖縄で一緒だった鎌倉のベイスターズファン仲間とメールで連絡を取り合い、席は一緒にはなれないがお互い同じスタジアムにいるので縁起を担ぎましょうと想いを確認。

 その甲斐あってか4点差をひっくり返す見事な逆転大勝利!春先の球場は凄く寒くて、負けている時は辛かったが昨日は連打に次ぐ連打で、大きな声援を送るうちに体も温まり、仁志の逆転タイムリーでスタンディングオーベーション。いやあ、気持良かったあ!

 今年優勝は難しいかもしれないが、こうしてスタジアム観戦した試合はとにかく勝ってほしいです。チケットを譲っていただいたドリマックスの小板さんには心から感謝いたします。

 写真は勝利の瞬間!

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ロバート・オルドリッチ「甘い抱擁」

  

昼間、某社で某映画の脚本打ち合わせ。これから3本同時進行で5月から一気に撮影しなくてはいけないので気持ちは焦る。
 帰ってアスレチックス対レッドソックス戦を見る。アスレチックスのハラデーは凄い投手だ。でも、この箱庭球場でMLBの選手がホームランをかっと飛ばしても感慨が薄い。この2チームは帰ったら、またオープン戦をやるんだそうだ。よくわかりませんねえ。
 試合終了後オルドリッチの「甘い抱擁」をDVD鑑賞。凄い映画ですねえ。オルドリッチと言うのは、「ヴェラクスルス」とか「ロンゲストヤード」「特攻大作戦」なんかの印象が強いから「骨太い男の映画」の監督と言うイメージがあるけど、僕にとっては50年代の暗く重たいアメリカ映画を最後まで撮った人ではないかと思われる。この映画は60年代の人気舞台劇だが、年輩の痛い老女を醜悪に描き切り映画自体もきわめて救いようのない内容のものになっている。そう言った意味では「なにがジェーンに起こったか?」や「ふるえて眠れ」のような狂った老女のサスペンス劇に似てなくもないが、ベティ・デイビス映画ほどジャンル性はない。アル中でレズビアンの老女優が、若い恋人との関係をテレビ局の中年女プロデューサーに引き裂かれつつ、さらに老いて人気が無くなっていると言う理由で仕事を奪われ、最後はテレビ局のセットに深夜に忍び込んでセットをめちゃくちゃに破壊すると。簡単に書くとこんな物語だが、とにかく過剰な芝居の応酬と醜悪な人物設定の巧みさが光る。「攻撃」や「ハッスル」と言う映画もなんの救いもない映画だったが、この映画もそうだった。
 オルドリッチは決して爽快なアクション映画の監督ではない。むしろ、暗く重たい救いようのない人間を重厚に描き切る暗黒映画の監督だと断言できる。そして、どこか狂気じみた芝居を演じるベリル・リードやベティ・ディビスと言う老女優たちに偏執じみた愛情を注いでいるのがわかる。そう、オルドリッ